第53話 暗い森は昼間でも真っ暗です!
おはようございます、こんにちは。お昼を前に暗い森に来ています。森で作業をする領民たちが休憩に使うという、簡素な椅子とテーブルで私たちも一休みです。
私たちというのは私とカツーハの三人のことで……あと少ないながら護衛の騎士も一緒です。ルーシュさまは人を待っているとのことで、少し遅れていらっしゃるとか。おじいさまは……昼間ですからね。ていうか、護衛がいるとはいえ私を殺そうとしているっぽい人たちのところに私だけで行かせるなんてひどいです。せめてベルがいてくれれば安心できるというのに。
そういえば最近ベルに会ってませんね。あの笑い声が聞こえないだけでお城もずいぶんと静かに感じます。でもいつから見てないのかしら。遠征などもあるので姿を見ないことは今までも度々ありましたけど……。
などと物思いに耽っていると、森のどこかでギャオウと獣の鳴き声がしました。これが吸血鬼でないのは確かですが、人狼やその他の魔獣である可能性は高いです。
「な、なんの声……?」
義母が自分で自分の身を抱きながら周囲を窺います。マリエラは顔を真っ青にして震え、叔父さまはそばに控えている騎士に様子を見に行くよう命じました。
同行する騎士は総勢六名。内四名が二人一組となって周囲の警戒にあたっていて、そばにいるのは二人だけです。その二人を偵察に向かわせてしまったらここに誰もいなくなるわけですが。
許可を求めるように私を見る騎士たちに、「行って」と頷きました。もし私をダスティーユの人間から引き離そうとすることがあれば、その思惑に乗ってやれとルーシュさまに言われているので!
つまりルーシュさまにはお考えがあるということです。うう、信じますからね……!
騎士たちがいなくなって、森の一角には私とカツーハの面々だけとなりました。ぎゃーと鳴く得体の知れない鳥の声に義母が身体を震わせます。
「真っ暗で気味の悪い森! 昼間だというのにランタンが必要だなんて」
「本当に。あーセルシュティアン様はやく来ないかな。ねぇお姉さま、あたしセルシュティアン様にはお姉さまよりあたしのほうが似合うと思うんだけど」
「貴族の結婚に似合うとか似合わないとかあるの?」
「あるに決まってるじゃない、あんたみたいな平民が公爵夫人なんて普通有り得ないわ。しかもオーギュストさまにまで色目を使うなんて。平民は本当に下品なんだから」
まさかマリエラは鏡に話しかけているのでしょうか?
大体、ルーシュさまもおじいさまも名前で呼ぶことを許可していないのに……貴族のマナーなんて守らなくていいのかしら、ベッカ夫人に聞いてみなくちゃ。
「では、お父さまとお義母さまの結婚は? それも似合わなかったの? だから殺したの?」
「……は?」
マリエラはその辺りのことを何も知らないみたいです。ということは叔父さまが自分の父親だということも知らないのでしょうね。叔父さまとお義母さまは慌てて私の言葉を遮ります。
「そそそそそうだエリス、少し話があるんだ。ちょっと向こうへ行かないか」
「そうね、話をしましょう。マリエラはここで少し待っていてちょうだい」
彼らが指したのは森の奥。まだ人間のテリトリーですから、少しくらいなら奥へ行ったところでどうということはないと思いますけど、さてどこまで連れて行くつもりなのでしょうか。
「あたしだけ置いて行かないでよ」
マリエラが今にも泣きそうな声を出すと、耳あたりのいい若い男の声がしました。
「おや、ではわたしと一緒にお喋りでもして気を紛らわせましょうか?」
「きゃー、オーギュストさま!」
なんとおじいさまがいました。気配を殺すのがうますぎます。せめて私にはわかるようにしてほしい、すごくびっくりしました。
森の中は光が差さないから昼間でも動けるんですね……勉強になります。でも心なしかちょっと眠そう。
叔父さまはおじいさまの気遣いに感謝しつつ、お義母さまとともに私の手を引いて森の奥へ向かいました。絶対にこの手を離さんという強い意志を感じます。
「マリエラはギーレン辺境伯にも興味を持っているようだ」
歩きながら叔父さまが世間話みたいなことを始めました。ちょっと拍子抜けです。ギーレンって確かおじいさまの名乗った家名ですよね。偽名なのか本名なのか知らないけど。
「そうみたいですね」
「元々はダスティーユ公爵夫人になりたがっていた。令息のセルシュティアン氏とお会いして一層その思いが強くなったようだ」
ルーシュさまって顔は確かにいいですもんね。かなり身近な一部の人にしか素の笑顔を見せないし口は悪いしカタブツだし頑固だけど。
「へぇ。でも私がいます」
「そう、エリスがいる。だから辺境伯との出会いは幸いだった。ところでお前は本当に父から何も預かっていないのか? 金の指輪だ。宝石の置かれた台座を外せば印章になっている」
「知りません。お父さまがくれたのは、何に使うのかもわからないボロくて小さな鍵だけです」
嘘はついてません。指輪はママンの形見であって、お父さまからもらったわけではないので。
舌打ちした叔父さまに代わり、お義母さまが口を開きます。
「マリエラちゃんがギーレン辺境伯に興味を持ったことだしね、娘ふたりが公爵家や辺境伯家へ嫁げばわたくしも鼻が高いわ。そして指輪があれば全員が幸せになれるのよ。だからどこにあるのか思い出してちょうだい。そうでないと」
「ほんとに心当たりないんだけど、そうでないと何?」
「……正直に言ったほうが身のためよ?」
じり、とお義母さまが近づきます。そのただならぬ気配に驚いて一歩下がろうとしたのだけど、叔父さまが私の手首を掴んだままだから駄目でした。




