第49話 複雑すぎて理解が難しいけど腹は立ってます
「エリスの妹マリエラはアロンソの子ではない、ともあるな」
「はい? だって義母とお父さまの間に生まれた子ですよね」
「アロンソは政略結婚だ。つまり、奥方はカツーハ伯爵家に嫁いだのであってアロンソに嫁いだわけではないのだよ。彼女は弟と恋仲にあったと書いてある」
言ってる意味がわかりません。
ぐぬぬと唸っているとルーシュさまが日記に素早く目を通したうえで、もう少し優しく説明してくれました。
義母は元々、三兄弟の末弟である叔父さまと恋人同士だった。でもカツーハ伯爵である長兄と義母の縁談がまとまり、ふたりはお別れすることに。
しかし納得のいかない叔父さまは長兄を殺して自分が伯爵位に就こうとした。次兄であるお父さまに爵位を継ぐ気がなかったから、それで万事うまくいくと。
でも、長兄殺害をお父さまに勘づかれてしまい、お父さまのお情けで事件を明るみにしない代わりに爵位を継ぐことも許されなくなった……。
「義母は結婚後も叔父さまと関係が続いてたということ?」
「アロンソにもミネットという存在がいたから、それはお互い様だったのだろうね。現に日記にも二人のことは二人に任せるし、彼らの娘マリエラは伯爵令嬢として育てたとあるよ」
公爵さまがそう言ってお水を飲みました。なんでもないことのように言うけど、貴族ならよくあることなんでしょうか?
あ、でも。
「前に言ったと思うんですけど、お父さまの喪があけて少しした頃に叔父さまとお義母さまが婚約したんです。お二人はやっと結ばれ……え、もしかして」
「今度こそ、殺人の証拠を残さないよう時間をかけてアロンソを弱らせていったようだよ。アロンソが気付いたときにはもう手遅れというわけだ」
「信じられない……っ!」
全身がぞわぞわします。怒りなのか悲しみなのかわからないけど、居ても立っても居られないような気持ち。
ルーシュさまは険しいお顔で日記を読み進めていますが、その目がどんどん怒りに満ちていくのが見てて辛い。これ以上何があるって言うんでしょう、もう十分ひどい話を聞かされたのに!
「エリスを馬車で轢こうとしたのは義母だそうだ」
「え、なんで?」
「アロンソが口で何を言おうとも、血の繋がった娘のほうが大事に決まっていると度々口論があったらしい。マリエラよりエリスを優遇するに違いないと考えたのかもしれん」
「当時、私ただの平民だよ? 伯爵家の養女ですらなかったのに!」
「だが結局アロンソはお前を養女にしたし、ダスティーユへ送り出すことに成功した。ある意味で義母たちの不安は当たっていたわけだ」
そんな卑劣な人たちのせいでママンが死んだって言うんですか? 私もママンも貴族の生活なんて求めてなかったのに?
コホコホと乾いた咳をした公爵さまが、私たちに部屋を出るよう言いました。
「日記はお前たちに託す。また、どのような対応をとるかも任せる。伯爵家ひとつ潰したとてこの家にはなんの影響もないからね」
というわけで、私たちはお父さまの日記を抱えて部屋に戻って来ました。
「叔父さまは自分の兄ふたりを殺したわけでしょ。んで私のことは義母が殺そうとした。結果的に死んだのはママンだったけど。でももう私を殺す理由なくない?」
部屋に戻るとアニェスがお茶を淹れなおしてくれました。
ルーシュさまは私の対面に座り、腕を組んで唸ります。
「王国貴族法に拠ればカツーハを継げるのは叔父か妹のマリエラのどちらかということになる。義母と叔父が婚約したということは、叔父が家を継ぐつもりだろうが……まだ伯爵代理のままだな」
「喪が明けたらって言ってたのに、ずっと代理のままなんだよねぇ」
「それなんだが、さっきの箱をもう一度見せろ」
箱って、ママンの宝箱ですよね。
鍵とママンの指輪しか入ってないのに、一体どうしたのかしらって思いつつ箱を差し出すと、ルーシュさまは中から指輪を取り出しました。
矯めつ眇めつそれを見つめ、石の嵌まった台座をくるくると回して……。え、なんか取れた。
「やっぱり。これはカツーハの印章だ」
「印章?」
「伯爵家の紋章を紙に印字できるというものだな。持ち主の正統性を証明するという意味で封蝋に使う印璽と似たようなものだ。いまはもう一般的に使われなくなったものの、唯一と言っていいほど特別な書類にだけ用いられている」
「なんですか」
「爵位の引継ぎにかかる書類。それがなければ正式に認められないんだ」
ルーシュさまから受け取った指輪は、宝石の嵌まっていた部分が取れてカツーハの紋章が描かれていました。
「作り直すことはできないの?」
「紛失による再作成はもちろん可能だが、前の持ち主が死んだタイミングでそれをやると徹底的に調査される」
「私を殺すこととどうつながるの?」
「死んだお前の荷物を引き取って探すつもりだろう。屋敷は虱潰しに探しただろうからな。仮にその荷物の中に見つけられなくても、お前さえ死ねば奴らの野望を打ち砕く可能性がある存在はもういない」
「私なにも知らないし、なにもするつもりなかったのに!」
ルーシュさまはお父さまの日記をぽんぽんと優しく叩きました。
「でも真実を知ったろ。真実を知ったお前はあいつらを放っておくか?」
「……おかない」
「だろう。だからあいつらにとってお前はいつ溢れるかわからない氾濫直前の川みたいなもんだ」
お父さまを殺して、ママンを死なせて、私を殺そうとしてる奴ら!
絶対許さないんだから、と日記をペラペラめくったらお父さまのメモが落ちました。「この日記をどうやって開けたのか?」って、どういうことかしら。
ルーシュさまはメモを拾って、苦々しく笑います。
「どうやって開けたか、っていう問いの意味がわからないか」
「ん」
「鍵がなければ壊して開けるだろ。鍵がないのなら、それはエリスが俺たちのそばにいないってことだ。もしエリスが幸せにしているのなら、そっとしておいていいと言いたいんだろう。結局アロンソにとっては最後まで可愛い弟だった。罪を見逃してやってくれとな」
「お父さまは公爵さまのこと信頼してたんだ。全部の判断を任せるってことでしょ」
たぶん、叔父さまのことも信頼しようとしてたと思う。だけど、叔父さまはお父さまの信頼を裏切った。許さない、絶対に。
今日一日、ずっと我慢してた涙がここですっかり溢れてしまいました。




