第5話 美人の騎士さまはよく笑う人でした
公爵さまはお話を続けます。ママンやお父さまとはそれからしばらく連絡をとっていなかったとか。もちろん伯爵であるお父さまとは顔を合わせる機会がないわけではないけれど、ママンの話にはならなかったって。そりゃ、できないですよね。顔を合わせるなら社交の場だろうし、お義母さまや周囲の目もあったと思います。
ただ、ママンが亡くなってからはたまに手紙が届くようになったそうです。
「事故でミネットが亡くなったと聞いてね。君を養女に迎えたことや伯爵夫人がそれを良く思っていないことも。だから、時が来たらメイドで構わないからエリスを引き取ってくれと」
「えぇ……」
「酷い話だと憤慨したものだよ。仕方ないと頭でわかってても、ミネットを幸せにしてやらなかった上に娘まで捨てるのかと。彼が死んだと聞いてすぐ君を連れて来ようと思ったんだが、わたしも大きな怪我をしたものでね」
公爵さまはそう言って左のお腹をささっと撫でました。片方が義足であることは見ればわかるのですけど、生きるのに必要な器官も傷つけてるみたいだわ。
「死の淵をさまよって、わたしは君をセルシュティアンの嫁として迎えることを決めた。ミネットを送り出した引け目かもしれないし、アロンソには何か事情があったんだと親友を信じたいせいかもしれない。……ミネットの身には一体何が?」
「あれは……秋の収穫の時期でした。みんな忙しくしてて、私もそれをお手伝いしてました。ママンはカツーハでも酒場で働いてたから、昼間は寝てたはずなんだけど。暴走した馬車が私の方に突っ込んできて、助けようとママンが家を飛び出したの」
私を突き飛ばして馬車から守ったママンは、そのまま太陽に焼かれて灰になってしまった。一瞬だったわ。振り返ったらもうほとんど灰だった。
馬車はそのままどこかへ行ってしまったし、私は夜になってマダムたちが起きてくるまでずっとそこで泣いてたの。夜になったら何か変わるかもしれないって思ったから。でもそのときにはもうママンだった灰は欠片も残ってなかった。
横に座るルーシュさまが膝の上の拳をぐっと握りこみました。公爵さまは「ああ」と悲痛な声をあげます。
「すまない、辛いことを思い出させてしまった。ミネットもきっともっと君と過ごしたかったことだろう。どうか、ミネットの分までわたしに君を見守らせてくれないだろうか」
そっとルーシュさまを見上げると、彼は小さく頷きました。公爵さまが亡くなるまでは、そういうことにしておいてくれってことですよね。大丈夫です、わかってます。
「ありがとうございます。よろしくおねがいします」
「うん。それじゃあまずは次の春か夏に親族を招いてお披露目をしよう。王都にはその後で行くとして、とにかく淑女教育が急務だな」
そこまで言って公爵さまは突然咳き込みました。ルーシュさまが呼んだ従者に支えられながら、彼は応接室を出て行ったのです。うん、確かに容態はそんなに良くなさそう。
ルーシュさまが言うには、淑女教育のための手配ももうしてあるので近いうちに家庭教師が来るそうです。なんだかえらいことになってきたなぁって感じ。
だってちょっと前まで私、ペパンの家で四人兄妹と一緒に小さなお肉の取り合いをしてたんですよ? それが淑女教育って!
公爵さまと入れ替わりみたいにして、白髪の美人な騎士さまが応接室に入ってきました。ノックくらいしろってルーシュさまが美人さんを睨みつけます。
「やぁ、おはようエリス嬢。あははははは、ルーシュは相変わらずチェストの角に小指をぶつけたみたいな顔をしているね」
確かにって頷いたら私まで睨まれたので、誤魔化しがてらご挨拶です。
「美人さんおはようございます!」
「ん、美人さんって僕のことかな? んっふ。いいね、悪い気はしない」
「名乗らないからそうなる。お前が礼儀を失するな」
「それはそうだ。あらためまして、レディ。僕はベランジェ・ラ・ロシュ。ロシュ男爵家の長男で……まぁ要するに公爵家の家臣さ。お見知りおきを」
右手を胸に添えてお辞儀するの、これ、えっと紳士の礼! すごい。お姫さまっぽいアレ再びですね!
私も立ち上がって淑女の礼を返そうと思ったんですけど、ルーシュさまに止められました。どうして。
「で、なんの用だ。昨日の奴は見つかったのか?」
「いや、見つからなかったけど被害報告もなかったし、本当に帰ったようだよ。すごいね。吸血鬼に命令、使役する公爵夫人の爆誕だ!」
「笑い事じゃない。……ったく、なんだってこんなことに」
大きな手で口元を覆っても隠し切れないくらい笑ってるベランジェさんに、ルーシュさまがため息をついて見せました。でもベランジェさんはルーシュさまの様子とかまるで無視です。家臣ってそんな感じでいいんだ……。
「でも家庭教師ってベッカ夫人に依頼したのだったね? あの頑固ババ……真面目なご婦人のことだから、ドレスくらいちゃんと着せておかないとルーシュまで文句を言われかねないと思うなぁ」
「はぁぁ、面倒が面倒を呼ぶ……」
ルーシュさまは頭を抱えてしまいました。
このお花柄の服では叱られてしまうみたいです。お花じゃないけど。貴族って難しいですね。
「というわけだから、買い物に行こう。領都のドレスショップは中古ではあるけど、王都から直接流れてきているから『ほぼ』流行最先端だ。ベッカ夫人にどやされることもないはずだよ」
「私、お金ありません!」
「ぷふーっ! 大丈夫、もちろん知っているし全部ルーシュが買うからエリス嬢は何も気にする必要はないよ」
面倒くさがるルーシュさまを引きずるようにして、私たちは領都へ向かったのでした。