第48話 雲行きが怪しくなってきました
このランチデートの前後で表向きの関係が変わったわけじゃないんです。婚約者だったものが婚約者になったわけなので。もう何言ってるかわかんないけど。
でも私とルーシュさまの距離は確実に変わってて、近くなった気もするし、遠くなった気もする。公爵さまがお元気な間だけ仲良しな振りをするただの協力者だったのに、今はもっと近づいていいし近づかれる可能性だってあるんですよ。それってどうしたらいいの? 触っていいの? 抱き着いていいの? え、わかんないんだけど。
という感じでモジモジしながらお城に戻ると、家令が慌てた様子でやって来ました。
「お、お帰りなさいませ! あの、旦那様よりこちらを開錠する鍵を探すようにと」
最近はあまり公爵さまのお姿を見ていなかったので、ベッドに臥せっていらしたんだと思います。それが突然どうしたのかしら。
家令の手にあるのは本のようですが、よく見れば小さな鍵がかかっていて日記帳だというのがわかりました。
「こんなもの初めて見たが……いや待て、これはアロンソのか」
「表紙のこの字は確かにお父さまのですね。鍵……鍵って言われてもこんな――」
ハッとしました。確かに私はお父さまから鍵を預かってた!
お行儀なんて二の次でパタパタ走ってお部屋へ。ルーシュさまと家令もそれに続きます。ママンからもらった古い宝箱を掴み上げ、ふたりの前でパコっと開けて。
中に入っていたボロっちい小さな鍵をそっと日記帳の鍵穴に差し込むと、ほとんど抵抗を感じないままカチャと音がしました。
「開き……ました」
「先日、お部屋を替えたことで旦那様のお荷物から出て来たそうです。旦那様もすっかり忘れていたと。お読みになりますか」
「公爵さまに渡されたものですから、私は読みません。公爵さまが読んでもいいと判断されたら貸してください」
家令は頷いて公爵さまの元へ向かいました。
私とルーシュさまはなんとなく別れるタイミングを失ってしまい、アニェスに勧められるままお茶を飲むことにします。
「お前を狙っていた暗殺ギルドとは話をつけた」
「話ってつけられるもんなんですか」
「相手もどっちにつく方が得なのかという計算くらいはできる。依頼をこなせない、または依頼者を裏切るという風評がまずいだけだから、その点をクリアにしてやればたいした問題ではない」
そこの話をつけるのが難しいよねって話だと思うんですけど、ルーシュさまは詳細について語るつもりはないようでした。とにかく私の命が「ギルドによって」狙われることはない、と。
「暗殺ギルドは大丈夫だけど、依頼主はそうじゃないってこと?」
「今日まで依頼が達成されなかったのだから、自分たちの手で何か仕掛けてくる可能性は高い。しかも、春までこっちにいるんだからチャンスはいくらでもあるだろう」
「よっぽどルーシュさまと結婚したいんだね」
「ダスティーユ公爵夫人ともなれば……いや、そういえばお前さっき――」
ルーシュさまが何か言いかけたのですが、ノックの音が響いてそれ以上は続きませんでした。
どうやら公爵さまが私たちを呼んでいるとのこと。何か胸騒ぎを感じたまま、私たちは公爵さまのお部屋へ向かいます。
「ああ、来たか」
こんな状態ですまないと言いながら迎えてくれた公爵さまはベッドの上で半身を起こしていました。
私とルーシュさまがベッドの脇に椅子を持ち寄って座ると、公爵さまはまず一通の手紙を差し出しました。
「日記に添えられていた手紙だよ」
中を開くと、信頼できる知人に自分が死んだら公爵さまに送るように指示したと書かれていました。もう長くないだろうということや、鍵は私が持っているというようなことも。
「お父さまは病死でした。死を予見して公爵さまに一体何を託したのでしょうか?」
「エリスのことは日記を読むより前に頼まれてたんだもんな」
公爵さまは小さく首を振って日記を開きます。
「最初のページにメモが挟んである。『この日記をどうやって開けたのか?』と一言だけのメモがね。ミステリみたいだろう? でも読み進めてわかった。どうやって開けたのかも含めて状況をよく考え、より良い判断を下してほしいということなんだろう」
公爵さまの言葉はよくわからなくて、私とルーシュさまは顔を見合わせて首を傾げました。
でも時間がないとでもいう風に、公爵さまは私たちの理解なんてそっちのけでページをめくりながら話し始めます。
「アロンソは弟が当主向きの人間であると認めていた。だから兄が亡くなったときに伯爵家は弟に譲るつもりだったんだね」
「私がここへ来た日も公爵さまはそうおっしゃってました。お父さまはすぐママンのところに戻って来るつもりだったって」
確か公爵さまの説明によると、三兄弟の真ん中だったお父さまは長男が伯爵家を継いだため騎士として身をたてたと。
兄の訃報を聞いたときには、伯爵家は弟に譲るつもりだと言って葬儀のためカツーハへ。けれどなぜか急にお父さまが爵位を継ぐことになったと言ってママンを置いて行ったんですよね。
公爵さまは日記のあるページを私たちに見せながら「だが」と言葉を続けます。
「兄の死は弟によって仕組まれたものだった。カツーハ伯爵家を守るためにこの事実は闇に葬らなければならない。一方で予定通り弟を当主に据えることもできない」
「叔父さまが殺したのっ?」
「そうらしい。この時点でアロンソはまだ弟を信じようと、証拠は破棄している。罪を明らかにするつもりがなかったのだから、証拠を保存する意味もなかったのだろう」
それから日記に綴られた内容は予想外の連続、驚きの連続でした。




