第47話 そういえばママンは歌がうまかったなって
ゆっくりと、一語一語を確かめるようにルーシュさまは言葉を発します。
「この場所で人間と吸血鬼は永遠の平和を願って契約した。その後リュパンは吸血鬼狩りの腕を買われて爵位を与えられ、長い年月の中で公爵を賜るまでになった」
本当のところはわからないけど、リュパン家が王様の犬になったのは吸血鬼を守るためでもあったのかもしれません。吸血鬼狩りに関する全権を持っていれば、狩っていい吸血鬼とそうでない吸血鬼をリュパン家が判断できますから。
小さな羽音をたててシジュウカラが石碑に降り立ちました。一年中どこにでもいる鳥ですが、自分からこんなに人間のそばに来るのは珍しい気がします。くりっと首を傾げる姿はまるで私たちを見上げているみたい。
「アロンソとミネットは」
ルーシュさまの声に慌てて耳をそばだてました。危うく鳥に集中するとこだった。
「ここで愛を誓ったそうだ」
「そうなんだ」
「お前のことだから『でも結婚しなかったじゃん』などと言うかと思ったが」
「それが貴族なんでしょ。お互いがお互いを好きだったのはわかってるから」
どうして両親が結婚していないのか不思議に思ったこともありますが、吸血鬼とは人間社会に入ることのできない存在なのだと理解したとき、そんな疑問はなくなりました。と言ってもダスティーユに来てから知った真実は「吸血鬼だから」ではなくて「貴族だから」でしたけどね!
シジュウカラがもう一羽、パタタと音をさせながらやって来ました。最初からいる子より胸の黒色の面積が大きいので、新しい子が雄だと思います。シジュウカラの雌雄はそんな風に見分けるんだってママンが言ってたから。
「俺もお前のご両親に倣おうと思う」
「ティピティピティピ」
「鳴いた! 可愛い! あ。はいごめん、どうぞ」
綺麗な声で少しだけ鳴いたシジュウカラですが、二羽とも石碑の端に止まってこちらを見ています。まるで何か私たちに言いたいことがあるみたいに見えて可愛い。
ルーシュさまは困ったように髪をかきあげて息を吐き、私の前に跪きました。この光景、最近よく見る気がするんですけど、えっと、あ、ヴィクトーだ!
「エリス。改めて伝えておきたいことがある」
「どうぞ」
彼はお店から出るとき適当に羽織ったコートから小さな箱を取り出しました。よく磨かれた木の箱で驚くほど細かな装飾が彫られています。この箱だけでも結構な価値がある、というのがわかるくらいには私の目も肥えてきました。
私と二羽はその箱をじっと見つめながらルーシュさまの言葉を待ちます。
「結婚しよう」
「え。今さらどうしたの、するでしょ? 公爵さまのご体調次第だけど――」
公爵さまが今の小康状態を保ったりもっと健康になるようなら、表向きに設定した通り私たちは夫婦となるはずです。お亡くなりになればその関係もおしまいだけど。
ルーシュさまは小さく首を横に振り、手の中の箱を開けました。そこにあったのは指輪です。私の耳で揺れるイヤリングと同じ、金茶色のトパーズが載った指輪。
「父は関係なく、本来の意味で結婚したい。お前を公爵家へ正式に迎え入れたいと考えてるんだ、永遠に」
「えっと。別にそんな、混血の能力が必要なら普通に協力するっていうか」
「そうじゃない、お前の血は関係ない」
ちょっと言っている意味がわかりません。
いや言っていることは理解できます、わかります。さすがの私もわかりますけど、そうじゃなくてさぁ!
「なんでそうなったの……。だって血が関係ないとか言えないでしょ。あなたはダスティーユ公爵を継ぐ人で、吸血鬼狩りで、王さまの犬で。私は、私には吸血鬼の血が流れてるんだよ」
「今の話を聞いてなかったのか? 俺にもそれが流れてるんだ。リュパン家はずっと吸血鬼と共に生きて来た」
少しだけ乱暴に私の手をとって、ルーシュさまは指輪をさっと薬指に嵌めてしまいました。その手を握ったまま私を見つめる彼の目は、なんだか怒ってるみたいで。
「こっちに連れて来たから申し訳ないと思ってる? 変な吸血鬼に絡まれたり侍女に裏切られたり実家から暗殺されかけるようになって、可哀想だと思った?」
「なんでそういう発想になるんだ」
手を握るルーシュさまの手に力が入りました。私もそれを強く握り返します。いま私はすごく感情的になってるけど、でもこの手を離してほしくないのです。
「だから! 言わないとわかんないってば!」
「ティピ!」
シジュウカラの声が響いてルーシュさまが立ち上がりました。
「好きだ。愛してる。お前がいればそれでいい。生涯をお前に捧げたい。あー、ほかにどんな言葉がほしい?」
「そんなにいらない」
「わがままだな!」
「最初の……から二番目のだけもう一回」
握っていた手を引いて私の身体を引き寄せ、ルーシュさまが抱きしめてくれました。「ティピピ」とシジュウカラが鳴いています。
「愛してる。ずっと守り続ける。俺の血だけ飲んでろ」
「ね、愛してるだけでいいって言ったじゃん」
「もうひとつ。誕生日おめでとう」
そうでした。今日は私の誕生日だった!
言われてやっと気づきました。そっか、誕生日か……。ママンが亡くなってからは、気を遣った領地のみんなが会いに来てくれたり小さなパーティーを開いてくれたりしたんだけど。いつも申し訳ない気持ちのほうが大きくて。
おめでとうのたった一言がこんなに嬉しいなんて気づかなかったなあ。
ルーシュさまの腕の中で返事をする代わりに頷きました。ありがとうって。
「……ずっと毎年祝ってほしい」
「もちろんだ」
「ティーピピティーピピティーピピ」
私たちがえへへって照れ笑いを浮かべると、ずっとそばにいた二羽のシジュウカラが歌うように鳴いて飛び立ちました。
私たちの頭上をくるくると回ってから、青い空の下を東へ飛んでいきます。淡い黄色の羽根がママンの髪みたいに見えたので、そういうことにしとく。きっとママンもお祝いに来てくれたんだって。




