第46話 情報が多すぎて耳から溢れそう
最初に出て来たのはブーダンでした。豚の血の腸詰めなのですが、でもこれは何か違います。そもそも腸に詰まってない! どっちかというとテリーヌみたいな。
口に入れた瞬間はふわっとしてるけど舌の上ではもったりした食感です。バゲットに載せていただきます。美味しい、さすがです!
「あ、これならママンも味がわかるのかも!」
鼻に抜ける風味の中に微かに血液の存在を感じます。血液以外の味があんまりわからない吸血鬼なら、より鮮明に感じられるかもしれません。火が通ってるから栄養として摂取することはできないでしょうけど。
美味しくてパクパク食べていたら、料理長のおじさんがホコホコの浅いお鍋を持って来ました。そしてテーブルの真ん中に置かれた赤褐色のお料理。
「これ、知ってます。ママンがよく作ってくれたやつ」
「そうでしたか。レシピを教えてくれって言われてね、それから来なくなっちまったんでどうしたかと思ってたが」
おじさんがお皿に取り分けてくれたものをスプーンで掬って口へ。お肉と豆をハーブと一緒によく煮込んで、最後に焼くというような手順だったと思います。豆の甘さと香辛料のぴりっとしたお味をハーブが綺麗にまとめてて。
「ママンと同じ味だ……」
ママンにはこの味がわかるはずありません。でも習ったレシピの通りに、ひと匙も違えることなく作っていたんだと思います。だから同じ味になるのかなって。
「これはカスレといってね、ふたりはここに来ると必ず頼んでましたよ。あー、でももしかしたらミネットさんじゃなくてアロンソの好物だったのかもしれないな」
「お父さまもママンが作るこれが好きだって言ってました」
「ゆっくり食ってってください」
おじさんが小さくお辞儀をしてまた厨房へ戻って行きました。私はママンの味がまた食べられたのが嬉しくて、でも泣いたらアニェスたちに叱られるから眉間にぎゅっと力を入れます。
「ずいぶん愉快な顔で食べるじゃないか」
「はぁ? 女性の顔の話するとかそういうのレガシーがないって言うんですよ」
「たぶんデリカシーのことだな、それ」
「間違えた」
語彙が増えたと思ったのは勘違いだったみたいです。
でも楽しそうに食べてるルーシュさまを見てたら胸のあたりがホクホクして、私も嬉しい気持ちになりました。きっとママンもお父さまに笑ってほしくてレシピを習ったんだろうな。
お皿が空になった頃、ルーシュさまが口元を拭きながら「そういえば」と。
「レガシーと言えば」
「引っ張りますね」
「いや……ここに連れて来たのはもうひとつ理由があって」
もうひとつってことは、ルーシュさまはこのお店にママンが通ってたことはご存じだったんですね。よく考えたら、ママンがこの土地にいた頃ってルーシュさまはもう生まれてるはず。たぶんその辺を走り回っているような年だったんじゃないかしら。
首を傾げながら話の続きを催促すると、彼は窓の外を指さしました。
「森の入り口、見えるか?」
一般の人々も頻繁に行き来する場所なので、ここまでの道のりは馬車が快適に走れるほど整備されてるし、森へ入るところも草なんてなくてとても綺麗です。
ルーシュさまの長い指が指し示す先を追うと、森の奥へ続く道の脇に何か大きな石が置かれているようでした。
「あの石が何か?」
「レガシーだ。古い遺物だよ」
ルーシュさまに手を引かれて店を出て、私たちは石の前に立ちました。近くで見ると平べったい石碑のようなものだというのがわかります。私の腰くらいまでの高さで、何か文字が刻まれています。読めないけど。
「なんて書いてあるんですか」
「左側の文字は掠れて読めない。内容としては『誰かとエドメは約束した。証としてここに記す』といった感じだな。エドメは我がリュパン家の初代だと言われている」
「うわ、ほんとにレガシーだった」
「だろ。それで先日オーギュストにこの掠れた文字について確認したんだが、どうやら当時彼が名乗っていた名が彫られているそうだ」
ルーシュさまの言葉を理解するのにちょっと時間が必要でした。情報をもっと分割してお出ししてほしい。
「おじいさまは名前を変えたの?」
「長く生きてると、そのうち名前があまりにも古臭くて偽名を疑われるようになるらしい。それで、たまに流行りの名前に変えるんだと言っていたな」
「吸血鬼専用のお悩みだ」
「ここで重要なのは人間、正しくは混血だが、そのエドメと――」
「待って待って待って! すっごい重要なとこサラッと流そうとしないでもらえますかね。エドメは混血なの? だってルーシュさまのご先祖様なんでしょ?」
情報は分割するだけじゃなくて順を追って開示してもらいたいんですけど!
ルーシュさまはきょとんとしたお顔。「言ってなかったか」じゃないんですよ、なんか今日のルーシュさまおかしくないですか? ぼんやりしているというか、心ここにあらずというか。
「エドメはオーギュストの子だそうだ。ミネットの弟ということになるのか」
「頭が理解することを拒んでます」
「理解しなくてもいい、ただ、リュパン家の本来の始祖は吸血鬼だったということだ」
――俺は吸血鬼をこの世から一匹残らず消すと誓った。
以前、ルーシュさまは確かにそうおっしゃいました。ママを目の前で亡くして、仲間をたくさん奪われて、だから吸血鬼を憎んでるはずなのに。大嫌いな吸血鬼の血が自分にも流れてるなんて耐えられないんじゃないかなって。
真っ直ぐに石碑を見つめるルーシュさまの表情はよくわかりませんでした。そのまま、彼は話を続けます。




