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伯爵家の離れに追いやられていた黄昏の姫君は、公爵令息の期限つき婚約者になりました。  作者: 伊賀海栗


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第45話 ママンが確かに存在した証っていうか


 ルーシュさまとおじいさまの間でどんな話が持たれたのか知りませんが、カツーハからお義母さまや妹、それに叔父さまを招待することにしたのだそうです。


 心なしかベッカ夫人も輪をかけて厳しくなったし、アニェスやメイドたちは私の肌とか髪とかを磨くのに真剣に向き合ってるし、みんな一体なにと戦ってるの?


「お疲れですか?」


 アニェスがお茶を淹れながら首を傾げました。白いおくれ毛がふわっと揺れるのをぼんやり眺めながら「いや……」とお返事。上の空だったという意味では疲れてるのかもしれないけど。


「みんな、どんな顔してこっちに来るのかなと思って」


「伯爵家の方々ですか? わたくしも気になります!」


 ダスティーユとカツーハは普通に移動すると十日かかりますが、お手紙を持たせて最速で走らせると片道二日程度で行けるんですって。もちろん頻繁に馬の乗り換えをするわけですけど。


 もう何日もしたらちらほらと雪が降り始める頃だとのことですので、すぐに来て春までこっちで過ごしませんかというお誘いをしたと聞きました。で、昨日の夜遅くに行きますってお返事が来たそうな。

 つまり、半月くらいしたらあの人たちがここへ来るんですよね。


「ていうか、私がどんな顔したらいいかわかんないや」


「何をおっしゃいます。偉そうにしてくださいませ。セルシュティアン様みたいに」


「それはかなり偉そう!」


 アニェスが満面の笑みで頷いたその瞬間、隣のルーシュさまのお部屋からノックが。アニェスとふたり、身体がぴょんと跳ねるほど驚きながら顔を見合わせました。なんというタイミング。まるで聞こえてたみたい。


 お返事をして入っていらっしゃったルーシュさまは「出掛けよう」と一言。アニェスは珍しく「きゃー」と歓声をあげました。


「準備いたしますのでお待ちくださいませ!」


 そう言ってルーシュさまを追い出します。続いて呼び鈴を鳴らしてメイドを呼び集めたのですが、みんな胸の前で広げた両手の指をわきわきと動かして獲物を狙う捕食動物みたいな目をしています。怖い! さながら私はうさぎですね! 私の命はおしまいです!


 というわけで。捕食動物たちによって着せられたのはバーガンディ色のベルベットのドレスでした。緻密な金の刺繍が袖や裾に入っていて大人っぽくて素敵。こんなのちんちくりんな私に似合うはずないって思ったのに、鏡の中の私は自分で二度見するくらい綺麗で。


「私、ちょっと太った?」


「まだ細すぎるくらいでございます。ですが以前より健康的になられたと聞いておりますわ」


 最近こちらに来たばかりのアニェスは私の変化がわからないんですよね。それでも細すぎって言われたのでもっと食べていいみたいです。よかった、ここのご飯美味しいので控えろと言われたら困ってしまいますからね。


「なんだかママンに似てる」


「先日わたくしも肖像画を拝見しました。瓜二つでいらっしゃいます」


 え。

 まさかそんな言葉が返ってくると思ってなかったから驚いちゃいました。アニェスは鏡越しに目を合わせて「そっくりでいらっしゃいますよ」って重ねて言ってくれて。

 泣きそうになったんだけど、アニェスやメイドたちが必死で止めるのが面白くて涙も引っ込みました。泣いたら化粧が落ちるんですって。


 エントランスでルーシュさまと合流して馬車へ。どこへ行くのかしら?


「そういえば馬車に乗るたびにそうやって窓に張り付くのは一体なんなんだ」


「馬車ってカツーハ出るまで乗ったことなかったから。区切られた視界の中で景色が動いて行くのって新鮮でしょ」


「そうか?」


「そうだよ」


 視線が高くて、外をせかせか歩く人たちがちっぽけなものに見えちゃう。スピードを出したらなおさらそう思うんだろうなって。だから()()()()は私の姿に気付かなかったのかな。気付いてたけどちっぽけだから轢いていいと思ったのかな。


 馬車に乗る側になっても、あの暴走馬車のことはよく理解できません。私がもっと目立っていれば、身体が大きくて存在感があったらあんな事故はおきなかったでしょうか? ママンは今も生きていたでしょうか?


 ぼんやりとそんなことを考えているうちに馬車が停まりました。全然周り見てなかった!


「昼飯にしよう」


 ルーシュさまがそう言って馬車から降り、手を差し伸べてくれます。お姫様になった気がしてこの瞬間が大好き。

 外に出ると木に囲まれた広い土地と一軒のロッジがありました。ロッジからはすごくいい香りが漂っててお腹がぎゅるるっと鳴ります。ルーシュさまは「ふっ」って鼻で笑って私の手をとったまま歩き出しました。


「やっぱり笑うんですね」


「腹の虫には慣れた。慣れたら逆に愛着を感じるようになったのが面白いと思っただけだ」


 何言ってんのかよくわかんないけど、叱られないならなんでもいいです。


 ここは「暗い森」の暗くないとこなんですって。暗い森って一口に言ってもすごく広大なので、一般の人が立ち入って狩りをしたり山菜を採ったりできる場所もあるとか。それでこのロッジは森に入る人のための休憩所や避難所になればいいって、ダスティーユ城の元料理長が作ったご飯屋さんだそうです。看板も何もないけど。


「あっちにも建物があるだろう。あれが『銀の暁光騎士団』の駐留所。魔物が出ることも少ないし美味い飯が食えるとあって、ここの勤務が一番人気なんだそうだ」


 ちょっと呆れた口調だけど優しい顔でルーシュさまはそう言いました。


 お城の元料理長さんはひょろっとしたおじさんですが、声が大きくてびっくりしちゃった。開口一番「坊ちゃま!」って叫んでた。


「……あなたはミネットさんの娘か?」


「ママンを知ってるんですか」


「アロンソって騎士がいたんだが、そいつとよくこの店に来ましたよ。吸血鬼だったろう? 初めて来た日、招いてやらんとここに入れなくてすぐにわかった」


 おじさんの笑顔からはママンのこと好きって言うのが伝わってきて、ちょっとホッとしました。


「ミネットの好物作ってやりましょうか!」


 大きな声でそう言って厨房へ。

 ママン、吸血鬼だから普通のご飯の味とかわかんないと思うんだけどな?





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