第43話 おじいさまは情報通すぎると思います
お披露目パーティーに呼べって言われて、ルーシュさまのお顔がめちゃくちゃ嫌がってるんですけど! うける!
おじいさまが「未来の夫」って言ってから、ルーシュさまってばあからさまに狼狽えてて面白いんですよね。いつも怖い顔する人だと思ってたけど、慣れてくると結構表情豊かというか。
まぁまさか吸血鬼の王に向かって「あなたの孫との関係は期間限定です」とか言えないですもんね。それこそ全面的な戦争になりそう。
ルーシュさまは眉を顰めたまま天を仰ぎ、「待て待て」と呟きました。
「披露目に参列とは、まさか本当に城に入れるのか?」
「お前たちリュパン家と我々の蜜月は長いのだぞ? 何度語り合い夜を明かしたことか!」
「夜が明けたら帰れないじゃん」
「エリス、ミネットは淑女の言葉遣いを教えなかったのか?」
「ごめんなさい」
まさかおじいさまの口から淑女って単語が出て来るとは思いませんでした! 私のせいでママンを悪く言われたらかなわないので頑張ります……。
「城の地下に厳重に鍵のかかった鉄扉はないか。その部屋が夜明かしをした際の私の寝床だった」
「……今は物置きに」
「わたしの部屋だが?」
おじいさまが拗ねたように口を尖らせました。ジジイなのか子どもなのかわかんないな。
ルーシュさまは難しいお顔のままおじいさまに向き直りました。
「オーギュスト、確認しておくべきことがいくつかあるんだが――」
「シッ、ちょっと待っておれ」
ルーシュさまの言葉を遮ったおじいさまは、パッと姿を消してしまいました。私にはどこにいるかわかるけど、ルーシュさまやベルは大慌てです。もちろん、他の騎士さんたちも。
「おい、どこに行った?」
「や、僕にわかるわけないじゃない」
ふたりの視線がこちらに。
奥の林を指さして教えてあげました。
「あっちに。あ、でももう戻って来てるような」
そう言う間にも、おじいさまは凄まじい速度で戻っていらっしゃいました。男の人を小脇に抱えていますが、大丈夫かな、意識がないように見えます。死んではなさそう。
「オーギュスト、その男は」
ルーシュさまが問うとおじいさまは男を放り投げて左手を差し出しました。その手にはクロスボウが握られています。
「ご丁寧に銀が混じった矢だ。十中八九、致死性の毒も塗ってあろうよ。エリスを狙ったものだな」
「私? え、怖。そんなの毒とか関係なく死ぬけど」
「わたしの情報によると、暗殺者はずいぶん前にこの城に潜入しておるらしいな? エリスの周りをうろつく痴れ者もこの男だけではあるまい。なぜ放置している?」
ほんとになんでも知ってるな!
おじいさまが異様に物知りなのは恐らく、眷属からもたらされた情報によるものだと思います。ネズミなどの小動物を眷属化して意のままに操るというスキルがあるそうです。誰でもできるものではないし、ママンはそういうの好きじゃないって言ってやらなかったから、実際に見たことはないけど。
ルーシュさまは不本意そうに下唇を噛みながら頭を掻きました。言葉を探しているという感じ。
「エリスの暗殺計画を知ったのがつい最近だ、警護を強化しながら手がかりを探していた」
「だがこやつの存在にさえ気づかなかった」
「ああ、その通りだ。すまない」
「えー! ルーシュさまが謝ることなくない?」
「言葉遣い」
「あ、はい。でも、しかし、けれども? 今は急におじいさまがいらっしゃったわけで、より脅威度が高いほうの対応に追われるのは仕方ないと思いま存じます!」
淑女の言葉遣いって難しいですね! まだ読書が足りないみたいです。
ルーシュさまは小さく息を吐いて私に首を振って見せました。
「それは言い訳にさえならないし、オーギュストの指摘は正しい。改めて警備を強化しつつ、この男から情報を得て――」
「それは意味があるのか」
「これは暗殺ギルドの人間だ。依頼者を特定しないことには」
「指示したのはカツーハだろう? なぜ直接叩かぬのだ」
おじいさまはルーシュさまのやり方がのんびりしてるように見えるのかしら。時間の感覚は雑なくせに、変なところでせっかちです。ですわ。
と思ったら、おじいさまが突然いたずらっ子みたいにニカっと笑いました。
「呼べ、奴らを。この地が雪に埋もれるまでまだ時間はあろう?」
「それは、確かに効率的ではあるか……」
「そうであろう。では、カツーハの人間が到着したらわたしも同席しよう」
「えっ、おじいさまがあの人たちに会ってどうするんですか」
「孫を可愛がってくれたのだから挨拶くらいせんと失礼ではないか」
あー絶対ダメなやつな気がします。その挨拶きっと友好的なやつじゃないですよね。断ったほうがいいよねってルーシュさまを見上げたら、彼は何かすごく熟考している様子。
深い思索っていうんですか、自分の世界から戻って来たルーシュさまが言ったことには。
「明日、城に入れるのだということを証明して見せてくれ。そのときにまた話をしよう」
「よかろう。では明日」
おじいさまは不敵に笑って頷き、闇の中に姿を消してしまいました。庭に出ていた全ての人間たちが一斉に溜め息をついて、ぴりぴりしていた空気が弛緩していきます。
ルーシュさまは騎士たちに解散を命じて席を立ちました。ベルもまたルーシュさまの肩を叩いて暗殺者さんを引きずりながら宿舎のほうへ。
「あー、なんて言ったらいいか」
「祖父が突然申し訳ありません」
「よそ行きの言葉もわかるのか」
「なにその人間の言葉がわかるのかみたいな反応」
ルーシュさまは「いや」と苦笑しながら、私を立たせて城内へ戻るよう促します。なんだかちょっと、いえすごく疲れた顔してる。
「立場上、吸血鬼の言葉をそのまま信じるのは難しい。まぁ嘘をついているとも思えないが……、だとすればそれはそれで俺は今まで築いた自分の、いやこの土地に生きる全ての民の人生観が崩れてしまう」
「敵だと思ってたら違ったってこと?」
「まぁ単純に言えばそうなるか。もう少し時間をかけて考えたい問題だ。何もかもが複雑になってしまった」
城内へ続く出入口からアニェスが不安そうに顔を出していました。私が手を振って見せると、安心した様子でこちらへと歩いて来ます。
「心配しなくても大丈夫だよ」
「なにが」
「婚約破棄なのか離婚になるのかわかんないけどさ、どっちになってもおじいさまには私から説明する。誰も傷つけさせないからさ」
「エリス、それは――」
「エリス様! んもうー勝手に危険な場所へ行かれませんよう!」
ルーシュさまが何か言うよりも先に、こちらへやって来たアニェスが私を叱り飛ばしました。はい、ごめんなさい。




