第41話 これは餌付けですよ、いいんですか
結局、私の必須栄養素については料理長に手配させるってことになりました。と言っても鮮度が命なので、鶏やウサギを締めるのを料理長が手ずからやれるときだけですけど。それさえ普段やることじゃないから怪しまれないようにするのは大変だそうです。
城内で女主人になろうという立場の人が血を所望してるって噂になったら大変ですからね、わかりますよ。ここはなんて言っても吸血鬼を忌避する場所だしね。
「やっぱお城の外に屠畜場を作って飲みに行くとかー、あ、私は狩りが趣味ってことにするとかー」
「それで毎週必ず屠畜場に出掛けるのか? 冬場も欠かさず狩場に出掛けると? それは立派な公爵夫人だな!」
「なにしたって血を求める奥様のイメージはついてまわるんだからさぁ!」
ぶーぶーと文句を言っちゃうのは多分、ペパンを勝手に帰したことにイラっとしたせいだと思います。ルーシュさまの言ってることは理解できるんですけど、ルーシュさまが私の秘密を隠そうとすればするほど肩身が狭いような気持ちになるって言うか。
自分でペパンをいらないって言って、なのに私に不自由ばかり押し付けるなんて勝手じゃないですか!
ルーシュさまは小さく息をついてナイフをくるくる回しました。器用だな。
「やはり当面は俺の血でも飲んでろ」
「は?」
「遠征で一週間以上離れるときには厨房を頼れ」
「いや、おかしいじゃん。なんでそういう話になるんですか」
ヤケか、ヤケになったんですねこの人は!
あ、ほら、服脱ぎ始めたし! なんで!
「見ろ、昨夜お前が舐めた怪我だ」
ずいっと私の目の前に差し出したのは左腕でした。昨日ヴィクトーの爪で負傷したところで、私が欲望に抗えず舐めちゃったとこ。なんか急に恥ずかしくなってきちゃったな。
「もう治りかけてる……。出血量の割にはたいした怪我じゃなかった?」
「そうじゃない、治りが早いんだ」
「超人じゃん」
「お前の唾液の効能だろう」
ん?
それは初耳。
「え、私が舐めたから早く治ったっておっしゃりたい?」
「俺の治癒能力は普通の人間並だ。普通の人間だからな」
「へぇー!」
「へぇじゃなくてな……。だから、週に一度くらい切り傷を作っても問題ないと言ってる。あまり前線に出るなとベランジェもうるさいし、その程度の傷が問題になることはないだろう」
自ら傷つけるとかやばいでしょって思う私と、あの美味しいのが飲み放題ですかって歓喜する私がいて、なんて答えたらいいかわかりません。
言いかけては黙ってを繰り返す私を横目に、服の乱れを直したルーシュさまは爪を磨くみたいに軽率に指先をナイフですぱっと切りました。真っ赤な血が溢れ流れていきます。
「ぎゃああああ! なんてこと! もったいない! じゃなくて!」
「ほら」
「もー! おいしい! くやしい!」
差し出された指をぱくっと咥えるとなんだか餌付けされている気分です。
頭を撫でるな! 犬になった気分になる!
夜になってぼんやりしていたら、アニェスさんがお茶を淹れてくれました。
「なんだかお疲れのご様子ですが」
「久しぶりのベッカ夫人すごい怖かった……」
「でしょうね」
アニェスさんが力強く頷きました。
私の淑女力では怒られるに決まってるということ……!
「アニェスさんがいじめる!」
「いじめてません。ベッカ夫人はご自身を含めてどなたにもお厳しい方ですから」
「なるほど」
でも再会を喜んでくれたし、私を匿ってたってルーシュさまに報告してくれたみたい。アレですよね、若い女性が朝帰りはいけないみたいな話。
ベッカ夫人に拾われた時点で朝だったんですけども、そこはもうしょうがない。
「あと、わたくしのことは『アニェス』と呼び捨ててくださいませ」
「ぁい」
苦笑を浮かべたアニェスさん。いや、アニェスが部屋を出て行こうとしたときです。私の本能が吸血鬼の到来を感知しました。
「え」
めちゃくちゃ強大な気配。なにこれヴィクトーとか目じゃないです。
「どうかなさいましたか?」
アニェスに説明してる場合じゃない。慌ててルーシュさまの部屋と繋がる扉まで駆けて、ドアを乱暴に叩きました。
「なんだ、ベッカ夫人はノックの仕方も教えないのか」
すっごい面倒くさそうっていうか不機嫌な顔が出てきた!
「外、吸血鬼、来た。庭、いる」
「なんだって?」
あらためて私の表情を見て、ルーシュさまは剣を手に走り出しました。
「アニェス、ベランジェに連絡!」
「はい!」
ふたりがバタバタと部屋から出て行って。取り残された私は。
もちろん行きますとも!
というわけでルーシュさまに貰った銀の刃のナイフと聖水のセットを腰にくくりつけて、ベッカ夫人に貰ったコートを羽織って出発です。カバン、返さないほうが良かったかしらってチラっと頭をよぎりましたが、後悔先に立たず!
庭に出るとルーシュさまが剣を構えながら周囲を警戒してました。連絡を受けたと思しき騎士の人たちや、ベルもそれぞれやって来ます。
「エリス、なんで来た?」
「え、私の力がご入り用かと思って」
「ご入り用じゃない、戻れ!」
ルーシュさまがそう言った瞬間、地響きみたいなしわがれた声がどこからか聞こえて来ました。
「こちらはエリスに用がある。剣をおさめよ」
姿を現したのは若い男性でした。後ろに撫でつけた髪は夜空のようでルーシュさまによく似た色。瞳は私と同じ赤紫で。
「おじいさま」
直感的にわかりました。おじいさまです。ママンのお父さま。
私の言葉に、その場にいた誰もが息を吞んだ気配です。
「ああ、なるほどミネットにそっくりじゃないか」
慈愛に満ちた瞳が柔らかく細められました。ママンと同じ表情だわ。
おじいさまはぐるりとルーシュさまや騎士団のみなさんを見回すと、それはもうお手本のような綺麗な紳士の礼をとりました。
「我が名はオーギュスト。暗い森の主にして最古の吸血鬼だ。ヴィクトー……こちらの若いのが迷惑をかけたようですまなかった」




