第40話 ペパンは真実を伝えないままだったみたいです
おはようございます。朝です。
記憶がありません。
確かにねーたくさん飲んだんですよね、お酒。美味しかったし、それに飲みたい気持ちだったんで! ルーシュさまとふたりっきりで飲むなんて初めてだし、私の将来を考えてくれるの嬉しかったし、でもなんかこう言葉にならないモヤっとしたものもあって。
でね、その記憶がない間に何かをやらかしたっぽいんですよね……。
「昨夜はたくさんお飲みになったとか。何かお薬をお持ちしましょうか?」
「元気だから大丈夫……。でもなんで知ってるの」
アニェスさんは笑うの我慢しながら支度を手伝ってくれるの。兄妹そろって笑い上戸なのか、それとも私がよっぽどのことをやらかしたのか判断が難しいです。
「ぐでっとなったエリス様をベッドにお連れしようとしたら、強く抱き着いて離れなくなってしまって」
「えっ! それはごめんなさい!」
「いえ。わたくしにではなく、セルシュティアン様に……ぷふー!」
あっ、こらえきれなくなってる!
じゃなくて!
「ル、え、ルーシュさまに? え、またまた御冗談を」
「どうにかベッドに寝かせたあとも腕に抱き着いたままだったため、力が抜けるまでしばらくそのままの体勢で耐えていたと伺いました」
「この手が悪いのか……切り落とすか……」
「駄目です。それに悪いのは手ではなく飲み過ぎたエリス様と、途中でやめさせないセルシュティアン様です。おふたりとも自業自得ですわ」
「ごもっとも」
着替えを終えて髪の毛を結って。耳にはルーシュさまのイヤリングで完璧です!
「本日の予定は、午前中にペパン様のご来訪でそれまでは読書。午後はベッカ夫人とのお勉強会でございます。合間にお散歩などを挟むとよろしいかと」
「スケジュール確認してもらうの初めて……」
「事件などなくとも、ブリテ様はすぐに放逐しておくべきでしたね」
スンと鼻を鳴らしたアニェスさんの表情が、こんなの侍女の基本でしょうって言ってるみたいでした。私は侍女の仕事を知らないから気付かなかったなぁー。
ルーシュさまはそんなこんなで朝寝をしてるそうなので朝食はひとり。本を読んだりお散歩をしたりしてペパンを待ってるんですけど、まだ来ません。
この数日の間に私が城を追放されてさまよって、さらには吸血鬼をこの手で殺しただなんてまるで想像してないような、平和そのものの顔で来るのを楽しみにしてるんですけども!
「ペパン、遅くない? いつもならもうとっくに来てるのに」
「あ……ペパン様はその」
どうもはっきりしない感じのアニェスさんです。何か知ってるのかなって思ったらルーシュさまがやって来ました。
「ペパンはもう帰った」
「はい?」
「ペパンの役目は終わった。様々な観点から二人だけでほっつき歩くのは駄目ってことだ」
様々な観点というと、殺されそうになってるからってことでしょうか。まぁそれは理解できます。私を守るために騎士さんたちが付かず離れずで頑張ってますからね!
とはいえ。私はどうすれば……。
「もう元気だからすぐにはいらないけど、週一くらいでどうにかしたほうが健康的だって言われて、それで」
私がこの城を離れるまではペパンにいて欲しかったんだけどなー!
やっぱり自分で獲るしかないですかね、ウサギ。これから冬真っ盛りだっていうのに、ウサギを求めて彷徨うのか……。いやそれをペパンにやらせようと思ってたことにつきましては誠に申し開きもございませんけれども。
と、ルーシュさまがアニェスさんに目配せをしました。アニェスさんは何も言わずに部屋を出て行きます。
「俺が代わる」
「はい?」
え、今なんて言いましたって聞いてる目の前でルーシュさまが袖をまくり上げていきます。
「あの、まさかとは思いますけども、え? いや待って、待って」
「昨日、俺の怪我を舐めたときに、他の奴にするなと言った」
「え、うん」
「そう命じたからにはペパンに役目を持たせておくべきではないだろ」
ルーシュさまはそれだけ言ってナイフを手にしました。
「待っ、ちょ、なんかおかしい。ペパンのこと舐めたりしてないしこれからも舐めないし!」
「貴族令嬢が婚約者以外の男と二人だけの時間を持つのは許されることではない」
「それはそ――そうなんだけど! 待って! 待っ」
なんでナイフ構えるの! おかしい、思考がおかしい!
彼の左腕に添えられたナイフが肌を傷つける前に、右腕にダイブして阻止しました。阻止できた、すごい。えらい。私とても有能。
「なにをする」
「なにをするじゃないんですよ、私のセリフでしょそれ!」
「だってお前そうしないと飲めないだろう!」
「ウサギ! いっつもウサギ狩ってたの! ペパンは狩りがうまいから!」
「……は?」
やっとルーシュさまの動きが止まりました。理解が得られた。
「だから、林にいるウサギを狩ってそれを飲んでたの。足はペパンの夕ご飯で、その他の部位は鳶にあげてて」
「人間じゃなくていいのか……?」
「混血だから。動物の血は美味しくないけど大丈夫。吸血鬼は人間の血じゃないと栄養価が足りなくて駄目って聞いた」
他に手段がなければ吸血鬼も動物の血で飢えをしのぐそうですけどね。ずっと動物の血だけだと動けなくなっちゃうんだって。
「じゃあ今までもあの男の血を舐めてたわけじゃ」
「そうだって言ってるじゃん!」
私が抱きかかえているルーシュさまの右手からナイフが落ちました。危ないな! いや怪我とかしないからいいけど。
見上げたルーシュさまは、目が合うなりみるみるお顔が真っ赤になりました。
「勘違い……した」
そう言って左腕で顔を隠したルーシュさまがめちゃくちゃ可愛くて! いっつも怖い顔してる人を可愛いと思う日が来ると思わなかった! かわいい!
「ルーシュさまの血は美味しいからまた舐めてあげてもいいですけど」
「美味しいってなんだ、いやもうやめろ、ごめん、悪かった」
私の身体ごと右腕を引き寄せて、背中から抱え込むようにしてぎゅってされました。何をするんだって顔を上げようとしたんですけど、ルーシュさまは私の肩に顔をうずめてしまったのでできませんでした。




