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伯爵家の離れに追いやられていた黄昏の姫君は、公爵令息の期限つき婚約者になりました。  作者: 伊賀海栗


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第38話 すごく優秀ですごいです


 城に戻った私たちを出迎えてくれたのは、綺麗なお姉さんでした。お人形のような真っ直ぐで真っ白な髪をさらさらとなびかせて、お手本のような淑女の礼で。


「初めてお目にかかります。ロシュ男爵が長女アニェス、エリス様へお仕えするべく馳せ参じました」


「ベルそっくり……。じゃなくて、えっと、ええ、よろしくねアニェス」


 丸一日かけてベッカ夫人に叩き込まれましたからね! ご挨拶だけならもうちょっとした公爵夫人です。

 でもなんでベルと同じ顔なの! って振り返ると、ルーシュさまは何食わぬ顔で「言ったよな」って。


「言ってましたっけ?」


「言った。『念のためもうひとり侍女を呼ぶことにした』とな。別の家で行儀見習いをしていたものだから到着に時間がかかってしまったが」


「聞いたような。まさかそれがベルの……妹? お姉さん?」


「妹だよ。二年後に結婚を控えてるんで、長くてもそれまでってことになるけどね」


 にっこり笑ったアニェスさんは「お疲れでしょう」って私のカバンとコートを持つと半歩前を歩きながら客室へ向かいました。

 綺麗に整えられた部屋もすでに準備できてるお風呂も、ブリテさんのときにはなかったものです。すごい!


「エリス様の血筋については兄から聞き及んでおります。ここにいるメイド二名も同様ですのでご安心ください。また、前任のブリテ様の手足として働いていたメイドもその身柄を拘束して事情を聴いているところです。もう泳がせておく必要がなくなりましたので」


「優秀が過ぎる」


「ブリテ様およびその配下のメイドから受けた嫌がらせなどがありましたらお聞かせいただけますでしょうか」


 アニェスさんはテキパキ私のドレスを脱がせながらそう言います。脱ぎ終えるといつものメイドさんが袖をまくって私がバスタブに浸かるのを手伝ってくれました。


「んー。嫌味言われるくらいでそんなに意地悪はされてないよ。スープに毒が混じってたのが二回と、ナイフで刺されかけたのが一回、部屋を荒らされたのが一回。あ、灰を被ったのが一回か、あれ大変だったねー」


 指を折りながら数えてみましたけど、たぶんそれくらいだと思います。タオルで私の腕をこすっていたメイドさんが灰かぶりの話題に大きく頷きました。ね、掃除大変だったね。


 アニェスさんは首を傾げながら私の言葉を繰り返します。


「毒の混入は二回でお間違いありませんか」


「灰かぶり事件の前夜と、当日のお昼の二回だね。二回目のほうなんてあからさまに毒の量が増えてて殺意が凄かったよ」


 ちょっと不思議そうな顔をしてたけど、もうその話題に触れることはないままでした。

 ベッカ夫人から預かったカバンのお手入れも後回しにしてベッドに転がると、あっという間に睡魔に襲われました。そうだよね、昨日ほとんど寝てないし……。



 そして朝。新しい朝です。

 ヴィクトーのいない朝、ブリテさんのいない朝。居場所のある朝。


 ベッカ夫人の授業は今日までお休みでいいとのことなので、ゆっくり過ごそうと思います!


 ヴィクトーの血や灰に汚れた道具たちを掃除して、銃も分解してお手入れして――。

 聖水や銀の弾丸の補給についてはあとでベルに聞けばいいかなぁ。ルーシュさまでもいっか。


 ふふ。昨夜はベッカ夫人のご主人の愛情に助けられちゃったなー。やっぱそういうのが夫婦って感じですよね。

 あ、私もイヤリングしよう。仲良し婚約者の振りをしないといけませんからね!


 ルーシュさまの瞳とそっくりな色のイヤリングをして、鏡に映る自分にニヨニヨしたところで家令さんがやって来ました。彼の持つ銀のトレイの上にはシンプルな白い封筒が乗っています。


「カツーハからのお便りでございます。ただ、差出人が……」


 封筒を受け取って裏を返すと、そこには「マダム」の文字。マダムだ! お手紙だと自分でマダムって言うんだ……。


「ありがとう。問題ないです」


 私がそう言うと、家令さんはホッとしたように微笑んで一礼して出て行きました。そりゃね、マダムとかよくわからない人から手紙が来たら不安になりますよね。


 鼻歌まじりに封を開けます。大丈夫、ペーパーナイフを使いましたよ、淑女ですからね!


「えーっと、『かわいいエリスへ』。はいかわいいエリスですよ。『単刀直入に言うけど』。はいどうぞ。『伯爵家のくそったれどもがアンタを殺そうとしてる』……は?」


 いやちょっとよくわかんないです。私を殺……え、なんで?

 再びマダムの手紙を頭から読んでいると、ノックの音が。


「エリス、ちょっといいか」


 ルーシュさまの声です。扉を開けるとルーシュさまのほかにベルもいました。

 部屋の中央にあるソファーを案内して、私は彼らの向かい側に座ります。


「毒の混入が二度あったと」


「はい。どっちもスープに入ってました。最初のは舌がぴりぴりする感じで、二回目のは喉が焼けるような感じ。だから多分違う種類の毒ですね」


「おかしいね、ブリテ嬢の命令で動いてたメイドたちは一回しかやってないって言ってたケド」


「本人が死んでしまった以上確かなことはわからないが、少なくとも食事を運ぶにあたってメイドたちは食事のそばを離れてはいないらしい」


 自分が手足として使うメイドさんに隠れて毒を仕込む理由もないでしょうしね。つまり。


「メイドさんの言葉を信じるなら、ブリテさん一派とは別の人が何かしたって――あ。そうだ、これ見てください」


 ルーシュさまにマダムからの手紙を渡しました。彼女が吸血鬼だとわかるような内容は書かれてないので大丈夫のはず。たぶん。


 手紙に視線を走らせたルーシュさまとベルは、それぞれ「うわぁ」と難しいお顔。


「すでにダスティーユ領に暗殺者がいるはずって……この情報は確かなのか?」


「彼女は情報通だから、たぶん」


 私が伯爵家の養女になってから、マダムはお父さまと一緒に何かを調べているようでした。吸血鬼である彼女は人間に見つからず移動できるから。


 でもなんで私を……?





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― 新着の感想 ―
[一言] バラモスを倒したと思ったら、裏にゾーマが控えていたでござる( ˘ω˘ )
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