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伯爵家の離れに追いやられていた黄昏の姫君は、公爵令息の期限つき婚約者になりました。  作者: 伊賀海栗


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第37話 そういう考えだから振られたんじゃないですかね


 私の出番ではあったんですけど、苦戦しています。何と言っても動きが速いから。そして彼の変化(へんげ)はありがちなコウモリに限らないのです。


 霧、狼、カラス、猫、虫、などなど。狼や猫は見つけやすいですが実態のままこちらに攻撃できるという点で厄介でした。あと猫かわいい。

 カラスはベルに頼らざるを得ないのだけど、闇に溶けてしまうので狙いをつけづらい。虫はそもそも小さくて私が場所を指しても見つけづらい……。あと猫かわいい。


 翻弄されっぱなしの騎士団のみなさんの顔に疲労の色が見えてきました。


「埒が明かないな……」


 そう呟いたルーシュさまも例外ではありません。どうしたものかと途方に暮れかけたとき、私たちからは少し離れた場所でヴィクトーが姿を現しました。


「わたしの元にいらっしゃい、エリス。貴女がわたしのものとなるのなら、その男だけは殺さずにいてあげます」


「ずっと猫の姿でいてくれたらちょっと考えるかも……」


「考えるな」

「駄目でしょ」


 ルーシュさまとベルが即座に否定しました。駄目だそうです。ですよね。そんな気はしてた。


「ではあらためて、力づくで連れて帰るといたしましょう」


 ヴィクトーは被っていたトップハットをルーシュさまのほうへ放り投げ、その隙をついて目にもとまらぬ速さで私の元へやって来ました。

 トップハットを剣で叩き落したルーシュさまが振り返ったときにはもう、私の身体は背後から拘束されていたのです。面目ないです、はい。


「私ごと切っていただくわけには」


「できるわけないだろう」


「ですよね」


「僕なら撃てるけど?」


「黙ってろ」


 拘束と言っても苦しかったり痛かったりするわけではありません。ヴィクトーは騎士団からの攻撃に対応できるよう右手は空けてあるし、私の左腕を背中側でひねっている状態……なので、なんと私の右腕も自由です! 舐められたものですね!


 ヴィクトーはたぶん、ベルをどうにかしたいはず。上空へ逃げようにも彼の攻撃範囲は広いですからね。すぐに動かないのはそういうことなのだと思います。


 でもねー、ベルの銃の中にはもうあと一発くらいしかないんじゃないかなと思うんですよね。だから銃を構えてはいるけどすぐには撃たない。


 つまるところ、チャンスは一回だけってことですね。


「ルーシュさまのプレゼントすっごい嬉しくてー」


 突然始めた私の語りに誰もが怪訝な表情を浮かべます。でも気にしない。


「もうひとつ使っちゃったんですけどー、でもあれのおかげで今があるっていうかー」


 ポケットから聖水瓶を取り出して見せました。ルーシュさまは表情を変えないまま頷きます。あとはジェスチャーで意図を伝えてるつもりだけど、ちゃんと伝わったかは微妙。まぁ、失敗しても私はそう簡単には死にませんからね!


 ヴィクトーは今する話なのかって言ってるけど無視です。拉致しようとしてるくせに、今じゃなかったらいつ話せって言うのか。まったく。


「ベッカ夫人の旦那さんって三つ上だっけ」


 聖水瓶の蓋を片手でちょっとずつ開けます。本体のほうを落とさないように、中身をこぼさないように、慎重に。


「いや」


「じゃふたつ」


 ルーシュさまは横に小さく首を振って。


「ひとつ」


 ルーシュさまとベルがふたりとも頷きました。

 私の指の間からこぼれ落ちたガラス細工の栓が地面でコツンと音を立てるのを合図に、私は聖水を背後にぶちまけて頭を下へ。


 私という障害がなくなった瞬間、ルーシュさまとベルが動きました。銃声と風切り音を聞きながらカバンの中身を漁って。


 あった、銀の杭!


 ヴィクトーが変な声をあげ、私の左手が自由になりました。背後を振り返ってみれば火傷のように顔が爛れたヴィクトーが右手でこめかみを押さえ、左手では首を切ろうとするルーシュさまの剣を必死に防いでいました。が、手首は落ちかけているし首に刃が刺さってる。


 やっぱりそうだ! どうして新月だというのにルーシュさまのナイフが彼の口をすっぱり切ったのか、なぜルーシュさまの剣やベルの銃を警戒するのか。それは、教会で祝福を受けているからに違いありません。


 銀は彼らの弱点だけど新月の力で克服できる。でも聖なる力までを克服することなんてできないんです。使い捨てのような側面のある騎士たちの汎用剣を一本一本祝福することなんてできませんからね。なんせお金がかかるので。

 そして、亡きベッカ元男爵が最愛の妻のために用意した道具が祝福を授けられていないはずがなく。

 私はルーシュさまの邪魔にならないようヴィクトーの背後へまわり、手の中の杭を彼の心臓へ突き立てました。ほら刺さった!


 死を予感したのか、ヴィクトーがさらに大きく暴れ始めます。私はカバンの中をいまひとたび漁りながらベルの名を呼びました。


「ベル、そこの銃を!」


 祝福の有無に気付いたのは、私が持っていた銃のおかげです。ヴィクトーは私の手から銃を取り上げたから。ベル以外のすべての攻撃を気にしていなかったのに、私の銃だけ気にしてた。


 カバンの中で探り当てた木槌で杭をさらに深くへと打ち付けて。ベルの撃った弾はヴィクトーの額のど真ん中をぶち抜いて。断末魔の中、ルーシュさまの剣が彼の首を落としました。


 ぐずぐずと灰になっていくヴィクトーの口元が小さく動いて掠れた声が。


「愛してた、ミネット様……」


「好きな人の娘に手を出すとか倫理観おかしい」


 私の声が聞こえたかは知りませんけど、ヴィクトーは死にました。


「ちょ、吸血鬼に倫理観問うの?」


 ベルがお腹を抱えて大笑いするから、ああやっと終わったんだなって。ルーシュさまがめちゃくちゃ強く抱きしめてくれたから急にホッとして、我慢してた涙がぼろぼろ出てきてしまいました。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 「好きな人の娘に手を出すとか倫理観おかしい」 なんて的確なツッコミ! 戦場では冷静でなければ生き残れませんからな!
[一言] 好きな人の娘に手を出す。 豊臣秀吉みたい。 ある種の、男の夢?
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