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伯爵家の離れに追いやられていた黄昏の姫君は、公爵令息の期限つき婚約者になりました。  作者: 伊賀海栗


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第36話 グルメなつもりはなかったのですけど


 迫って来る鋭い牙。

 えっと、ベッカ夫人から借りたカバンには他に何があったっけ? あ、聖水! たしかひとつはポッケに放り込んでたはず……!


 って、もう間に合わなくないっ? そもそも効くかどうかもわかんないし!


「無理ムリむりっ! ルーシュさま助けてルーシュさま!」


「仰せのままに、だな」


 耳元で再びルーシュさまの声がしました。私の首を狙っていたヴィクトーの口にはルーシュさまの差し出した銀の刃のナイフが。


「ぎゃあっ!」


 口の両端がすぱっと切れたヴィクトーは、威嚇するみたいに左腕を振り回しながら大きく一歩後退しました。武器を手にする吸血鬼もいるらしいと聞きますが、彼らの主な武器は爪なので彼の振り回す左腕に触れてはいけません。


 ルーシュさまもまた私の身体を抱えてヴィクトーから離れるように距離をとってくれました。よかった、ルーシュさまが来たならもう大丈夫。だいじょ……。


「ルーシュさま? ね、その血は」


 くらくらするような甘い香り。血の匂いなんて飽きるほど嗅いだと思ってたのに、ルーシュさまの腕から流れるそれは血なのに血じゃないみたいに芳醇な、その、食欲をそそる香りで。


 いけない、何考えてるの私!

 ぷるると首を振って、なんなら自分で自分のほっぺを叩いて正気を取り戻しましょう。


「少々失敗した。止血を頼めるだろうか」


「も、もちろんです。でもヴィクトーが」


 どうしてルーシュさまのナイフは新月でもあんなに切れるのかわかりません。とはいえ吸血鬼の治癒力をもってすればヴィクトーはもうとっくに態勢を立て直してるはず。


「ヴィクトー? ああ、あの吸血鬼のことならイアソンが相手をしてる。多少は時間稼ぎになるだろう」


 ルーシュさまが顎で指し示した先では、確かに眉毛がガジガジの偉そうな騎士の人がヴィクトーと向かい合っていました。

 確かに偉そうというかベテランなだけあって、他の若い騎士の人たちより動きも気迫も違いますね。


 それならと彼らの様子を横目に止血のためにドレスの裾を引き裂きました。腕の付け根にそれを巻き付けて……あーもー本当に腹が立つくらい香りがいい! なんなのこの血!


「飲むか?」


「へぁっ?」


「ふ、そういう顔をしてるように見えた。お前の糧になるなら俺は構わんが」


「ななななななっなんてことを……! もうばかばかごめんなさいちょっとだけ!」


 ううう、舐めちゃいました。

 だってあまりにいい匂いだったから! ルーシュさまが腕を差し出すから! 味も最高でした、本当にありがとうございました!

 顔を上げて目が合ったルーシュさまの表情はやっぱりちょっと怖い。


「……お前、あの幼馴染の男にもそうやって?」


「え? まさか。んー、子どもの頃ならそうしたときもあったかもしれないけど」


「今は」


「しません」


「絶対するなよ絶対だぞ、いいか絶対だぞ」


 よくわかんないけどルーシュさまがすごく怖いお顔なので約束しました。はい、舐めませんごめんなさい。


 と、人間の血は舐めたりしないぞと心に決めたところでけたたましい金属音が聞こえて来ました。びっくりして音のした方を見たら、眉毛ガジガジのイアソンが剣を取り落としたところで……って、なんでヴィクトーと一対一で戦ってんのっ?


「え、あの眉毛の人どうしてひとりで。誰も援護に入らないんですか」


「あれはイアソンの望んだことだ」


「は?」


 ルーシュさまとイアソンを交互に見たけどよくわからない。

 そこに背後からまた別の声がしました。


「ケジメってやつだよね。この土地じゃ吸血鬼と戦って死ぬのは最も名誉なことだからさ。あー、痛いなぁーもー」


「ベル! 大丈夫なの?」


 まだ少しふらついているベルが背中をさすりながらこちらへ来ました。少々無理をしてる感じはあるけど小さく笑ってくれてちょっと安心。彼は大丈夫と頷いて既に拾い上げていた銃の状態を確認し始めます。


「イアソンにとって……いや僕たち銀の暁光騎士団にとって追放は屈辱なんだよ。騎士団設立前からずっと吸血鬼と戦ってきた誇りがある。土地と領民を守って来た自負さ。だから――」


「がっ……く、そ」


 イアソンのうめき声です。見れば彼のお腹をヴィクトーの腕が突き破ってました。あれはもうだめだと私でさえ瞬時に理解できる。

 ルーシュさまが腰から剣を抜いて動き出しました。


「ベランジェ、援護頼む」


「任せて」


 ベルは再び私を背に隠し、銃を構えます。


「僕らにとって怪我や年齢による退役でもなく、吸血鬼討伐に殉じるでもなく騎士団を追い出されるのは人生の否定、自己の否定ってわけ。イアソンはそんな屈辱よりも、誇りを守ることを選んだんだ」


 え、は? え?

 つまり死にに来たってことですよね。王とかカヴンとか吸血鬼ってよくわかんないなって思ってたけど、人間も大概だな!


 ベルが引き金を引いて発砲。ヴィクトーの肩に当たり、ひるませることに成功しました。その隙にルーシュさまが剣を振り上げます。


「そもそもイアソンはどうして」


「君を陥れようとしたブリテ嬢にたぶらかされた。数え切れないほどの命令違反と利敵行為ってやつを積み上げててね」


 二発目。ルーシュさまの空いたお腹を狙うヴィクトーの手に命中。


「数日後には騎士団から除名される予定だったんだよね。それは騎士にとって最も不名誉なことで」


 斜めに振り下ろすルーシュさまの剣はヴィクトーの腕が防御。他の騎士たちの剣は防御することなく受けています。どうもルーシュさまの剣だけ警戒してるみたいですね……。

 三発目。こめかみを掠ってヴィクトーの集中力を削ぎました。ヴィクトーは腕を大きく振ってルーシュさまを遠ざけます。


「命より大切なことなんですか」


「人によっては。……ああくそ、姿を消しちゃったな」


 確かに。ルーシュさまをはじめ、たった今までヴィクトーを取り囲んでいたはずの騎士たちが周囲に視線を走らせてヴィクトーの姿を探していますね……。


 これは、私の出番!





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