第35話 弱肉強食ってことみたいです
私たちがブリテさんだったものに気を取られている隙に、彼はすぐそばまで来ていました。周囲を警戒していた騎士団のみなさんの目をかいくぐって。
「エリス様、探しましたよ。なぜ私の手をとってくださらないのです?」
「……ヴィクトー」
騎士のみなさんもヴィクトーの存在に気付いた人から順に武器を向けます。ベルは私を背に隠そうとしながら銃を構え……左手でまた別の銃出て来た! え、両手? やば!
「今夜わたしが連れて来た同胞はどれも新しかったのにお気づきでしたか? 貴女が同胞を殺す手助けをするから、わたしは多くの仲間を失った。新たに増やすしかなかったのですよ?」
「は?」
ヴィクトーは私のせいで人間が吸血鬼になったのだと言いたいみたいです。吸血鬼の事情はちょっとわかんないし、人口が減ったら増やさないといけないっていうのはまぁ理解できます。でもこれ、私のせい?
「聞かなくていいよ、エリス嬢」
ベルは私に背を向けたままそう言って、左手の銃を空へ向けました。よく見ればそれは私の手にある銃よりもなんというか大味なつくりをしていて。銃身が短くて太くて……ベルが引き金を引くと同時に空で強く白い光が輝きました。
噂に聞く信号弾というものでしょうか。
「わたしがエリス様と話しているのです。外から口を挟まないでいただきたいものですね」
ヴィクトーが一歩近づきました。ベルは信号銃を捨てて両手でかっこいい銃を構えます。
「はは、僕は近接戦闘できないんだけどなぁ……」
乾いた笑いを発したベルが発砲。ヴィクトーはそれを両腕でガードしました。腕を貫通したと思われた銃弾は耳に障る高い音をたてて地に落ち、彼は平然と笑います。
「すごい威力ですね。新月だというのに傷つけられてしま……ったなぁっ!」
「ベルっ?」
目の前からベルが吹っ飛びました。早くて見えなかった。街灯に叩きつけられたベルはぴくりとも動きません。どうしよう、打ちどころ悪かった?
「ベル! ベ――」
「エリス様、人間の心配をなさるなら是非一緒に来ていただかなくては。反目し合う同胞たちをまとめ、人間との正しい共生を目指しましょう」
「ヴィクトーの言う正しい共生って人間を家畜にすることなんでしょ。無理だよ。言ったでしょ、その手はとらないって」
騎士団のみなさんがヴィクトーに武器を突きつけ、じりじりと距離をつめています。できるだけ邪魔にならないようにしなくちゃと思うのだけど、ヴィクトーは周囲のことなど目に入ってないみたいに真っ直ぐ私だけを見て近づいて来ます。
「我が王のやり方はまどろっこしいのですよ。人間が死にかけるのを待つなんて! たとえば隣国へ流れた同胞の築いたカヴンでは積極的に人間同士の争いを煽り、死にかけを量産しています。彼らも王のルールから逸脱はしていませんが……どうです、それよりわたしのほうがずっと平和的では?」
カヴンは確か、吸血鬼たちの集まりを指すと教えてもらったことがあります。グループや、属する者たちが集まる場所などを言うんだって。
「扇動されたからって人間が決めた結果の争いなら人間にも責任があるでしょ。頭使ってるだけまだマシだよ。ただ生きてるだけの人を殺すのとは違う」
「ははは。こう見えてもわたし、ちゃんと策を弄するタイプですよ? 以前にもね……この土地、この騎士団。これらが邪魔だと考えて吸血鬼狩りの一族を絶やそうと」
この土地、この騎士団、吸血鬼狩りの一族。
一瞬だけ目の前が真っ白になって、ばちばちって雷に打たれたような衝撃が走りました。
「子ども! 子どもに手を出したのアンタか!」
「はい。ダスティーユ公爵家の跡継ぎをイイ感じにどうにかできたら我々も生きやすいでしょう? だからいろいろと手を尽くしたのに」
「子どもを殺すのは禁忌でしょ……!」
「しかしこの土地を掌握できれば我々吸血鬼の未来は安泰。そうでしょう? それに事故ってことにすれば王の怒りもどうにかできると思いませんか? ま、母親が邪魔をしたせいでどうにもできませんでしたが」
ルーシュさまを殺そうとしたのは。ルーシュさまのママンを殺したのは。こいつだったんです。そのせいで彼はあんなに悲しそうな顔を!
「ば……」
「ば?」
「ばーか! ばかばかばーか! 絶対、絶対許さない。絶対結婚なんかしてやるもんか!」
「語彙力をどこにやってしまったのですか、我が姫?」
頭にきすぎてちゃんとした言葉なんて出て来ません。血がのぼったせいか目の前もぼやけてよく見えないし。
呆れた声のヴィクトーがこちらに手を伸ばしました。
話に聞きいっていた様子だった騎士団のひとりがハッとしたように駆けだして剣を振り上げます。ヴィクトーはそれをくるっと振り返る反動を利用しながら蹴り飛ばしました。
その勢いといったら人間業じゃなくて、いやもちろん人間じゃないんだけど。ほかの人も巻き込んで複数の騎士団員が道の反対側の壁に叩きつけられ、壁にはひびがはいりました。うそでしょ。
「やめてよ!」
「人間を心配しますか? 貴女は何か勘違いしているようだ。吸血鬼は人間とは相容れないのですよ。捕食者と被捕食者。自然の摂理です」
「哲学……? ごめん、難しいこと言われてもわかんない」
泣いてる場合じゃないです。いつの間にか溢れた涙を腕で拭って深呼吸をひとつ。
「なに、簡単なことですよ。強者が弱者を食う」
ヴィクトーが背後に迫った別の騎士の胸ぐらを掴んで持ち上げました。いやほんとに早い!
騎士のみなさんも私が邪魔なのか、またはベルの援護がないせいか、今夜は勝手が違うみたいで手も足も出ていない感じ。
っていうか、もしかして捕まえた騎士の喉に食らいつこうとしてませんっ?
「待っ――! だめ! やめて!」
再び銃を構え発砲したものの、慌てて撃ったそれは地面で砂ぼこりをたてただけでした。
自分の無力さが悔しくて奥歯を噛みしめながら再び撃鉄を起こしたとき、ゆっくりとヴィクトーがこちらを振り返ります。
「……ああ。もうここで貴女を我々の仲間にしてしまいましょう。ここにいる者たちは貴女の最初の食事だ」
そう言って騎士を放り投げ、私の手から銃を取り上げました。目に見えないほどの速さで私の腰をとって引き寄せた彼は、さっきの戦いですっかり露出してしまっている首元を見つめて舌なめずりを。
「やめてっ」
「痛くはしません。でも転化する際には少し苦しいかもしれない」




