第33話 今度こそ見失わないように
面白いくらいに予想通りだった。
日が落ちる少し前、城の人間が一日を無事に終えるために忙しくしている隙にイアソンは宿舎の自分の部屋を出た。向かった先は監視が監視の仕事をしていない牢だ。牢の管理はもちろん騎士団の仕事で、イアソンは鍵をどこで誰が管理しているか知っているし今日は特にそれらの管理が甘い。
イアソンは牢から出したブリテを責めた。情報提供者が吸血鬼であったことに怒り心頭というわけだ。だがそこで面白い話も聞けた。
「あな、あなたは件の吸血鬼を殺してご自身の名誉を挽回したいのでしょう……っ? だ、だったらいい話があります」
ブリテはそこで言葉を切って周囲を見回し、誰もいないことを確認してから再び口を開いた。そこら中で俺の部下が聞き耳をたてていることに二人とも気付かないのは、呆れを通り越して滑稽でさえあったが。
「明け方、バケモノが逃げたと彼から連絡があったのよ。それで彼女を探せって」
「やっぱりお前が吸血鬼と密通してたわけだな! お前が俺に恥をかかせた」
「待って、いい話だって言ってるでしょう。だから聞いてちょうだい。結局バケモノの居所は掴めなかったのだけど、それはどうでもいいのよ。吸血鬼に見つかったと返事をして、指定の場所に来させればいいわ」
「そこで俺が殺ればいいわけだな?」
「そう。うまくいったら、わたくしの機転のおかげだとセルシュティアンお兄様に伝えてちょうだい。きっとよ」
なるほど、それで昼間に数人のメイドが外へ出ていたのかと納得がいった。エリスの居場所を探していたのだ。見つからなかったことについては複雑な心境だが、そもそもエリスがあの吸血鬼の手に落ちていなかったという事実に何より安堵した。
ふたりは吸血鬼を教会の裏に呼び出すと決め、それぞれいるべき場所へと戻って行った。
それから部下に準備と警戒を言い渡して待つこと数時間。日はすっかり落ちて空には星々が輝いている。月はどこにも見えず今日が新月だと気付いたそのとき、領都中心部に吸血鬼が複数出たとの報があった。新月は吸血鬼の力が増す。油断は禁物だと言い添えて部下を出動させ、俺も剣をとった。
「イアソンはまだ出ない。例の吸血鬼との逢引きはもう少し後かもしれないね」
ノックもなしに俺の部屋に入って来たのはベランジェだ。
「あいつらはエリスがいると嘘をついて吸血鬼を呼び出しただろう。なら、いま外で暴れてる奴らはなんなんだ。エリスを探してるわけでもあるまいし」
「どうかな、奴らだって人間の言葉を素直に受け止めはしないはずだよ。特にブリテ嬢はエリス嬢を陥れた相手だし、ノコノコついてくるわけないって普通は……いや、エリス嬢ならあり得るか」
「さすがにないと言ってやれ。とにかくイアソンには監視を複数つけといてくれ。あと、本部は任す」
「トップが前線に出るのは褒められたことじゃないって何度――」
ベランジェのため息を背に部屋を出る。
奴らがなぜエリスを狙うのか知らんが、二度と手を出せないようにしてやる。エリスは俺の……ああくそ、考えるのは後だ。
領都には多くの吸血鬼が現れていた。報告によると、それらは「金の髪と赤紫の目の女」を探しているらしい。どう聞いてもエリスだ。
と同時に、それらの吸血鬼は一体ずつ問題なく処理できているとの報も。新月だというのに想定していたより柔らかい印象だな。
我が銀の暁光騎士団の歴史は古く、吸血鬼と戦うにおいてのノウハウや敵の情報についてはしっかりと受け継がれている。新月の影響をほとんど受けないのは新しい吸血鬼、最近人間から吸血鬼になったばかりということだ。
だから飢えてるのか。
吸血鬼として生きていくための栄養が不足しているせいか、転じたばかりの吸血鬼は見境なく人を襲うことが多い。被害が出る前にさっさと叩いてしまわなければな。
どこかでまた一発銃声が響いた。そんなに遠い場所ではないし、俺たちも合流するか……。
「騎士様! 助けてください、女の子が! あたしを助けようと!」
争う音を探しながら馬を走らせていると、記憶の中の母よりも少し年上くらいの女が倒けつ転びつしながらやって来た。服は泥だらけ、靴は片方を無くしているし手のひらに少々の血が見える。
「女の子? 助ける?」
「吸血鬼に追われてたんです、あたし! 行き止まりでもうダメだと思ったら女の子が銃を撃って」
さっきの銃声は騎士団ではなかったのか。
女の指す方向へ視線を巡らせると、暗い空に真っ赤な月が浮かんで見えた。いや違う、真っ赤な服を着ているのか。太陽のようなブロンドが星明かりに煌めいて――。
「エリス!」
赤いコートを纏ったエリスが左腕一本でぶら下がっている。彼女を掴んでいるのは吸血鬼だ。一体どういう状況なのか、考える前に再び馬を走らせた。
あの吸血鬼は顔に傷がある奴ではない。傷の吸血鬼はエリスに対して殺意を抱いているようには見えなかったが、あれは違う。飢えた捕食者の目だ。くそ、探してたんじゃなかったのか?
「撃て。だがエリスに当てるなよ!」
部下に命じると「無理!」と。何が無理なものか。
「ベランジェならやる」
「あの人と一緒にすんじゃねぇっすよ!」
泣き言は無視して先を急ごう。
背後で部下が撃った銃弾は吸血鬼の頬をかすめ、奴がこちらを見た。
俺は馬の背を蹴って街灯や壁を伝いながら家屋の屋根に立つ彼らを目指す。
身軽な吸血鬼とやり合うにはこちらも身軽でなければならないんだ。まさに、こんなときのためにな。
急げ、彼女が傷つけられる前に。今度こそあの手を取れ。




