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伯爵家の離れに追いやられていた黄昏の姫君は、公爵令息の期限つき婚約者になりました。  作者: 伊賀海栗


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第27話 真夜中の訪問者は柔和な笑みを浮かべました


 城へ戻ると、ブリテさんがルーシュさまの腕に絡みつこうとして避けられてました。転びかけてたけど怪我しなくて良かった。


「その耳飾り! セルシュティアンお兄様、わたくしには買ってくださらないのに!」


「なんで俺がお前に買う必要があるんだ」


「ひどいわ、お兄様!」


「お前は黙って侍女の仕事をしていろ」


 ルーシュさまはそう言ってご自身の部屋へ。

 私も部屋へ戻ろうとしたら、ブリテさんはぶーぶーと文句を言い言いついて来ました。やっぱり侍女の仕事はちゃんとするみたいです。


 部屋へ入るなりブリテさんが耳に手を伸ばして来たので、ついその手を払いのけてしまいました。パシっと乾いた音がして、ブリテさんの顔が真っ赤に。


「バケモノのくせに! わたくし、聞いたんですからね。あなたは半分吸血鬼だって」


「はぁ、そうですか」


 私のこと知ってるのは騎士団の人だけって聞いてましたが、やっぱりこうなりますよね。これって否定したほうがいいのかしなくていいのかわかりません。


「セルシュティアンお兄様は怪しい術でちゃんと考えられなくなってるのね、おかわいそう!」


「なんかすごい失礼なこと言ってませんか、それ」


 ブリテさんはひとつ深呼吸。大事ですね、深呼吸。ベッカ夫人もイラっとしたらまず深呼吸するのが淑女だって言ってました。


「バケモノがセルシュティアンお兄様と結婚できると思ったら大間違いですからね」


「なるほど?」


「ダスティーユを統べる、吸血鬼の殲滅を掲げたリュパン家に、バケモノの血を混ぜるわけがないでしょう。お兄様と結婚するのはこのわたくしよ!」


「結論までだいぶ飛びましたね」


「うるさい!」


 ブリテさんはお顔を真っ赤にしたまま部屋を出て行きました。あ、初めて侍女の仕事をすっぽかされましたね。まぁ、着替えなどはいつものメイドさんに手伝ってもらうので、ブリテさんがいなくても大丈夫ですけど。


 バケモノの血かー。

 まぁ吸血鬼を倒すお仕事してるのに、子孫に吸血鬼の血が混じるのは確かに面目が立たないですよね。あ、我ながら最近ちょっと語彙増えた気がする。


 でもそれは悩む必要のない問題なので。私とルーシュさまの間に子ができる未来はないですから。


 子どもの頃から大事にしてるママンのお下がりの宝箱に、ルーシュさまからもらったイヤリングを放り込みました。宝箱の中身はお父さまが持ってろって言ってたボロっちい小さな鍵と、ママンがつけてた金色の指輪だけ。

 指輪はどの指にも微妙に合わなくてつけられないし、鍵にいたっては何に使うものかもわからない。でも私にとっては大事な宝物です。


 窓辺の椅子に座って宝箱を眺めてたら、誰かが庭を横切るのが見えました。灯りが不足していても私には関係なく見ることができますからね。はい、あれはルーシュさまです。

 小振りなランタンを手に向かった先には騎士団の宿舎があるので、お仕事でしょうか。あとは寝るだけというような遅い時間なのに、ご苦労さまです。


 と、さらにもう一つ追いかけるように誰かが庭を小走りで進んで行きます。あれは……ブリテさんだ。灯りひとつ持たず、庭に並ぶ常夜灯と城からの光を頼りに走ってますが、それじゃ……あ、ほら転んだ。大丈夫でしょうか、あの人。


 でも、ルーシュさまを追いかけてるのかなって思ったらちょっと腹が立ちます。ブリテさんはルーシュさまと子どもを作れるんですよね。誰にも疎まれない子どもを。みんなから愛される子どもを。いーなー!

 自分の気持ちに正直に、真っ直ぐ突っ走れる人がちょっとだけ羨ましい。


 先日は部屋を荒らされましたからね、宝箱をちゃんと隠してからベッドへ。でもなんだかぜんぜん寝付けなくて、どれくらいの時間をごろごろしていたでしょうか。


 体が震えて吸血鬼の訪れを知りました。

 ベッドから身体を起こすと同時に、窓を叩く小さな音。


 ガウンを羽織ってカーテンを開ければ、そこにはヴィクトーがいました。花を飾ったウィンドウボックスに器用に乗って、しゃがみながらこちらを見てる。柔和な笑みで室内を指さします。


「中に入れてもらえたりは?」


「しません」


「残念」


 ヴィクトーにぶつかるのも気にせず窓を開けると、彼はふわりと飛ぶように庭へと降り立ちました。

 空に浮かぶ月はペンで引っ搔いたみたいに細い線で。この時期に空の高いところにあるってことは、今は真夜中なんですね。


「おいで」


 彼の囁く声がなぜかしっかり私のところにまで届いて、広げられた彼の腕に向かって私は窓から身を投げました。即死でなければ痛いだけで死ぬことはないし、それに。


「マドモアゼルは見た目通り軽いですね、羽根みたいだ」


 彼が私を落とすわけないから。それはヴィクトーに対する信頼ではなくて、現在の状況から導き出される答えに過ぎないのだけど。

 ヴィクトーは私を横に抱いたまま庭を駆け、林を抜けて敷地の外へ出ました。


「先日の話、考えてくださいましたか?」


 彼はどこか目的地があるのか、真っ直ぐに夜の領都を飛んでいきます。もちろん、あらゆる屋根や壁を蹴りながら。


「その前に聞きたいことがあるの」


「おや。どういったことでしょうか」


 城からそう遠くない、領都の中心部からは少し離れた場所。川があって牧草地があって、まばらに家があって。ヴィクトーはそんなのどかな土地で私を下ろしました。


「騎士団の情報が吸血鬼に漏れてるって」


「ほう」


「彼らを嘲笑うように先回りして人間をたくさん殺してるって」


「なるほど」


 彼がゆっくりと歩きながら目指す先には赤茶の屋根の小さな家があります。家畜小屋らしきものもあるようだけど、動物の気配はありません。

 過去にいたはずの家畜のための牧草地でしょうか、広い緑の真ん中で立ち止まって向かい合いました。


「あなたの仕業?」


「なぜそう思うのです?」


 ヴィクトーは表情を変えず首を傾げました。





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