第26話 そりゃあ信じない人もいるでしょうね
夜明けの灯火亭に到着すると、すでにみんないました。お店でいちばん大きなテーブルとその周辺のテーブルを占拠して、ビールジョッキを持ち上げながら歓迎してくれます。
ベルは私の耳にぶら下がるイヤリングを見て、指をさして笑います。
「あっ……と、ルーシュ、それはいくらなんでもわかりやすすぎるんじゃないかな! いや、いいんだけどね、いいんだよ?」
「うるさい」
「何がわかりやすいの?」
「あのね」
「うるさい」
ぱちっと片目をつぶったベルが、声は出さないままで「あとでね」と言いました。他の騎士さまたちは、「うぇーい」と言いながらルーシュさまと乾杯してます。そこに私も混じって、みんなで「うぇーい」をしました。
次から次へと運ばれる料理を、次から次へと食べ尽くす様は圧巻です。見てるだけで楽しい。私の分はルーシュさまやベルが取り分けてくれるので困らないけど、みんなは全然食べ足りないみたい。また追加の注文してる。
と、そこでみんなの話題はお仕事の話に移り変わっていきました。どこどこの町は楽しいとか、どこどこは排他的だとか。現地の人の協力がないとやりづらいことも多いみたいです。
「団長にはもう報告したけどさー、この前、西のレイデ行ったじゃないスか」
「あの川向こうの村な」
「着いたときには村人の半数近くが死んでてさ。しかも、生き残りに聞いたら俺らが着く前夜にやられたらしい」
「あ、俺らがアルード行ったときもそれ。半数まではいかなかったけどかなりやられてたわ。そんで肝心の吸血鬼は撤退した後だったろ」
「そう! まるで俺らが来るのわかってておちょくってるみたいなさ」
騎士団の人たちは、いくつかのチームに分かれて暗い森から近いこのダスティーユ領全体を守っています。なので領都に限らず少し離れた土地にもお出掛けするんだそう。
彼らの言葉にルーシュさまも頷きました。
「暗い森での襲撃もこちらの動きを知っているように見えたな」
私たちの席だけがすっと静かになります。
「決まってんだろ、スパイがいるんだよ」
全員の視線が一箇所に集まりました。騎士団の中でもひとつのチームを率いるベテランさんです。眉毛がガジガジしてて気難しそうな感じの。
眉毛さんはみんなの視線なんて気にせずに続けました。
「レイデもアルードもここ一週間くらいの話だ。得体の知れない誰かがここに来てからどれだけ経った? 二週間くらいだよなぁ?」
「イアソン、何が言いたい?」
ルーシュさまから刺すような冷たい声が発せられました。私はすくみあがっちゃうくらい怖い声だったけど、イアソンって呼ばれた眉毛の人は意に介した様子もなく。
「自分の色っつうんですか。金色のアクセサリーなんか贈るくらい骨抜きにされちゃ、わかんねぇでしょうよ」
「それは俺とエリスを侮辱していると理解したうえで言ってるんだな?」
「侮辱? 俺ァ事実しか言ってねぇよ」
「おい、イアソン。落ち着けよ。団長も俺たちもエリス様のおかげで生きて帰って来れたんだぜ?」
「何がエリス様ーだよ。だからそれも奴らの計画だっつってんだろうが」
ほかの騎士さまが止めようとしますが、眉毛は聞く耳を持ちません。眉毛め。
周囲のお客さんもざわざわし始めてしまいました。「喧嘩か?」って、そうですね、どう見ても喧嘩です。
ていうか昼間にベルたちが言ってた、私のことを気に入らない人っていうのはイアソンのことだったみたいですね。恐らくイアソンだけじゃないでしょうけど。
「お前――」
ルーシュさまが何か言いかけたとき、また別の誰かが慌てて「ででででもさ」と大きな声をあげました。
「俺たち、今みたいに仕事の話するじゃないスか、こことかでさ。周りにいたかもしれないっしょ、吸血鬼」
これはお店の人にもしっかり聞こえたみたいで。筋肉自慢の店主が話に加わります。
「いやぁ、そりゃ聞き捨てならねぇな! うちはいついかなる時も『夜明け』であれっつってこの看板背負ってんだ。吸血鬼なんか店に入れっかよ」
そう言ってお店の扉を開け、人差し指を立てて上をさします。彼の頭上には入り口に立った人物が映る角度で大きな鏡が設置してありました。
「いつまでもマゴマゴして入って来ねぇ奴は、これ見て確認してから声掛けてる。吸血鬼ってのは鏡に映らねぇし、人間様の許可がねぇと入って来られねぇんだからな!」
「そうだ。それに森への侵攻は直前で時間と場所を変えただろ、ここで入手できる情報の範囲じゃねえよ」
イアソンもそう言って、夜明けの灯火亭は関係ないと主張します。
でも、ヴィクトーは入れるんですよね。この店にも、城の敷地内にも。吸血鬼は永遠の命ですから、過去に一度でも誰かが吸血鬼を招き入れていたらもう駄目なんです。この土地で吸血鬼の入れない場所は、思いのほか少ないのかもしれません。
まぁ、ヴィクトーがこのお店に入れるようになったのは私と一緒にいたときかもしれないのだけど。あの日、私の姿が鏡に映ってるから店主も油断して声掛けたんだろうなぁ……。
え、待って、そしたら今みんなが言ってた凄惨な事件はヴィクトーが主導したみたいじゃない?
でもそんなはずは……。彼は人を必ず殺すという祖父のやり方と対立してるんだって、言ってましたよね? やだな、なんか混乱してきた。
「それより、お前らんとこのホラ、ブリテちゃんって言ったか。あの子、最近よく男とここに来るぜ。お前らん中に狙ってる奴いただろ、残念だったな!」
ブリテさんを狙ってたらしい騎士さまたちは、それぞれに残念そうな声をあげました。
話題が変わったせいか、イアソンはむすっとしたお顔のままひとりでお酒を飲んでいます。
「悪かったな」
ルーシュさまが耳元でそう言いましたけど、でも大丈夫。ルーシュさまは庇ってくれたので何も気になりません。




