第25話 キザなルーシュさまはイメージと違うのでやめてください
ドレスを買いに連れて行ってもらったときは気づかなかったんですけど、領都って大きい……。いや、大きいのはわかってるんです。わかってるんだけど、じっくり観察する余裕がなくて、頭ではわかってるけど実感がないみたいなやつ!
今日はお祭りのときと違って出店もないし、人混みというわけでもありません。だから四頭立ての馬車が余裕を持ってすれ違える広い道とか、建物もひとつひとつが大きいのとか、じっくり見れちゃうの。
あまりに私が窓にへばりついてたものだから憐れんでくれたのか、ルーシュさまが馬車を降りて歩くのを提案してくれました。目的地もそう遠くないんですって。どこに行くのかしら!
「あれなに」
「ケーキ屋」
「あれは」
「新聞社」
「なんかさー、もっとこう、もっと、なんかさー!」
ルーシュさまの袖をぐいぐい引っ張ったら、すっごい面倒くさそうな顔でため息をつかれました。
「なんだ、詳しい説明が必要か? 卵と砂糖と小麦粉を混ぜた奴を焼いて――」
「じゃなくて!」
「……お前、まさか」
「なに」
「あのパティスリーは美味いが、どうせならジルラブレ通りのドバリーに行こう。そこはマカロンが絶品だし天井画はかの有名な――」
「ごめん、なんか違った」
確かになんかそういう感じの情報を求めてた気がするんですけど、なんか違う! ルーシュさまは「あのなぁ」って何か言いたげだけど、違うものは違うんだもん。
「ベルならわかるんだけど、ルーシュさまがそういうの言うとなんかモヤっとしました」
「は? ベランジェじゃなくてすまなかったな」
「じゃなくて!」
「気取った感じがしたか? だが俺は領都のことならなんでも知ってる。お前も知っておけ、いずれ公爵夫人になるんだからな」
ん?
……んん?
「え、いまなんて」
「ほら、もう着くぞ」
パッと反対側に顔を向けてしまったルーシュさまの表情はわかりません。
え、今の冗談だよね?
公爵夫人……にはならなくない? え、だって仮に結婚したとしてもルーシュさまが公爵になった時点で私たち離婚するん……ですよね?
あ、いや、まぁ。未来の公爵夫人だと誰もが信じる存在であることは確かだもんね、そうだよね。もっと領都のこと勉強しないといけないと言われれば、頷くしかありません。はい。
というわけでルーシュさまに手を引かれてやって来たのは。やって来たのは。ここは一体なんのお店……? なにかショーケースのようなものが並んでいたようですが、それを確認する前に店の奥へ連れて行かれてしまいました。
個室に通されて、小太りのおじさんが揉み手で部屋に入って来ます。
「先般ご注文いただいた、結婚式をはじめとした社交用のアクセサリーは鋭意製作中でございますとも! それで、此度はどのような……?」
宝飾品店だった!
確かに、何かキラキラしたものが飾ってあったような。
ルーシュさまは私を手で指し示しながら口を開きました。
「エリスだ。今後、城に呼ぶことがあれば彼女が相手をする」
「へぁっ?」
びっくりして変な声出た!
おじさんはニッコリ笑って私に挨拶をしてくれます。えっと、こういうときベッカ夫人は「ただ頷けばよろしい。そのふやけたお顔は扇でお隠しになったほうがいいですね」って言ってたはず。扇。開く。頷く。よし完璧。
「それで」
ルーシュさまが言葉を続けます。
「今日は彼女が日頃から身に着けられるものを頼みたい。できるだけ早くだ」
「さようでございますか。それでしたらちょうどよかった。最近契約した気鋭のデザイナーが……」
状況が飲み込めないうちに、ルーシュさまとおじさんの間でどんどん話が進んでいきます。途中途中で「多くはサイズの調整が……」とか「石の変更は……」「ピアスは……」とか話し合ってるのが聞こえてくるけどよくわかりません。
たまに私の顔の横に宝飾品らしきものを掲げながらみんなが見つめてくるので、ちょっとキリっとした顔をするのが私の仕事だったみたい。
そういえばこういうの、伯爵家でお義母さまや妹もやってた気がします。
「では、全て承りました」
おじさんがそう言うと、ルーシュさまは立ち上がって私に手を差し伸べてくれました。私もそれに掴まって立ちます。よくわかんないけど話がまとまってよかったです。
そこへ小さな箱を持った綺麗なお姉さんがやって来ました。ルーシュさまはその箱から小さなキラキラを取り出して、私の耳に手を伸ばしました。耳飾りだ!
「石が希望通りのもので、かつサイズの調整が必要ないものだ。今はこれだけだが受け取れ」
手の中にある耳飾りには鮮やかな金茶色のトパーズが揺れてました。これ、太陽色のルーシュさまの目と同じ色です。ルーシュさまの色。
「あっ……」
ルーシュさまの指が耳に触れて、びっくりして声が出ました。なんかぞわってした!
って思ったらルーシュさまが私の身体をくるっとまわして、背中を向けさせました。なんですか、なんですか。
「じ……自分でつけろ」
「えっ? あ、はい」
渡されたのはバネ式のイヤリングでした。どうやってつけるの、これ……。ってモタモタしてたら、おじさんとお姉さんが「我々は席を外しますので」ってどこかに行きました。
私とルーシュさまだけが残された個室。チラッと見上げたルーシュさまはこめかみを揉みながら小さくため息をついて。この状況、どうも私だけよくわかってないようです。
「なんかやっちゃいました?」
「いや、やってない」
そう言ってまた私の手から耳飾りを取って、今度はすごく優しい仕草で私の耳につけてくれました。やっぱりちょっとぞわってしたけど、心地よかったです。
「その顔は他の人間の前でするなよ」
「どの顔」
「もういい」
結局さいごまでよくわからなかった。




