第23話 のぶれすお……ぶりーじゅ?
ペパンは城の生活は合わないからと言って、数日おきに顔を出すことにしてくれました。ルーシュさまもそれについて深くは聞かず了承してくれたので良かったです。
元々は週に一度くらい血液を補給してたんだけど、しばらくは少量でいいからちょこちょこ飲んだほうがいいのではってペパンに言われて、三、四日ごとに来てもらうことになりました。
今日はペパンの訪問も二回目で。倒れてから一週間くらいが経ってるんですが、なんと今日までベッカ夫人の授業もお休みで、もう最高のお休み期間ですね!
そんなこんなで私とペパンは敷地内の林をうろうろしています。ここにはウサギとかリスとかがいるから、捕まえてペパンに解体してもらうの。ペパンはそれを持ち帰って自分のご飯にするんですって。ずっと外食するほどお金ないって。ここに来るときはご飯出せるんですけどね。
「ほら、切るぞ」
ペパンの手の中にはウサギ。ぶぶぶと低い声で威嚇してますが、貴様の命はここで終わりです。私はペパンの持って来た木製の深皿を両手で持ってその時を待ちました。
ウサギの首から流れ落ちる赤い命。クセのあるそれを喉に流し込んで、今日のお薬は終わりです。ペパンはウサギの足を手早く外して、上空を指さしました。
「今の時期はまだ鳶がいるから、ちょうどいいや」
「ああ、食べてもらうんだね」
血抜きとか内臓の処理とか面倒なことは鳥に任せて、ペパンは足を食べるんだと思う。
「二人と一羽の命を救うんだから、ウサギも許してくれるだろ」
「強者の言い分だわ」
ペパンが川で肉を冷やすのを見ながら、私はヴィクトーの言葉を思い出しました。
「吸血鬼がね、人間を管理、保護すれば無駄な殺生は必要なくなるって」
「んだよそれ」
「って『暗い森』の吸血鬼が言ってた」
「話したのか?」
ふたりで並んで大きな石に座って、ヴィクトーが言ってたことを振り返ります。
カツーハに住む共存派のやってることは真の共存じゃないとか、『暗い森』でも派閥が争ってるとか、そういう話を。
「いや、カツーハは真の共存を目指してたらしい」
「っていうと?」
「うちの家族みたいにどこの誰が吸血鬼かを知ってる住民は他にも何人かいるだろ。いずれは領民全員の理解を得ようとしてたって聞いたよ」
ペパンはそう言って小石を拾っては遠くに投げる作業を始めました。
「でもお前が生まれたから、おっきくなるまでは隠れようって。もし王の番犬がカツーハを粛清に来たらさ、お前も殺されるかもしれないだろ」
「それって……」
「人間と吸血鬼の架け橋になるかもって、みんなで大事に育ててた。いや、これはおふくろが言ってた話だけど」
「私、何も知らないんだけど」
再び小石を遠くへ投げようとしたペパンは、その手を下ろして拳を見つめました。
私より大きい手。いつからこんなに大きくなったんだろう?
「ヴィクトーとかいう奴はなんでお前にそんな話したんだ?」
「へ?」
「混血は普通、吸血鬼の敵だろ。気配も察知できるし、ハンター適性高いからみんなそういう職につく。実際お前も番犬と一緒にいるだろ。なのになんでわざわざ混血に近づいたんだ、そいつは?」
「私ね、吸血鬼のお姫様なんだって」
「は? どういう意味だよ?」
ペパンが小石をぽいと放り投げました。近くの雑草がフルフルと揺れます。上空では鳶がぎゃーと鳴いて二羽に増えていました。
「私は吸血鬼の王さまの孫だって。でね、プロポーズされたんだ。結婚して吸血鬼間の対立を収めたいって。それでさ、さっき言った『人間を保護』? とかできたらもう誰も死なないでしょ」
「おま……、いや、お前はここの嫁になるんだろ。公爵夫人とかいうやつになるんだろ。なんだよプロポーズって」
なんて言ったらいいのかしら。
あ、でもペパンはダスティーユの人間じゃないし正直に言っても大丈夫かな。
「それはずっとじゃないから。形だけっていうか、期間限定というか、いつまでっていうのは日付で決まってるわけじゃないんだけど」
「は? え、じゃ、なに? いつか離婚します、離婚したら吸血鬼と結婚しますって?」
「すごい! すごい理解力!」
「いや理解してねぇよ、意味わかんねぇよ!」
鳶が一羽、転がっているウサギの死骸を器用に爪で引っ掛けて飛び去りました。すごいスピードで私たちの脇を駆け抜けて、ばささって風の音だけが耳に残ります。
「なんでお前ばっか犠牲になる必要があんの? 好きなんだろ、あいつのこと。つーかそもそもあいつもなんなんだよ、期間限定って、は? ふざけやがって」
「貴族だから。あのね、お父さまがママンと結婚しなかったのも貴族だからだって聞いたよ。貴族は民のために尽くすんだって本に書いてあった。でね、貴族にそういう義務があるんなら、『王族は一層の義務を負わねばならぬ』って。ね、ほら、私お姫様だから!」
「そんなん納得できるかよ! 知るかよ、貴族のことなんかわかんねぇよ、わかりたくもねぇよ!」
ペパンが立ち上がりました。
なんかすごい私のこと睨むけど、え、なんで?
「期間限定の話はみんなには内緒ね」
「言う相手いねぇよ、どうせなら本人ぶん殴りてぇわ。てか、吸血鬼のほうの話、それ、あのお貴族さまは知ってんの?」
そう聞かれてびっくりしました。
知ってるわけなくない? 言えるはずなくない?
だって、きっと怒るでしょ。
前にもこの話をしたらなんて言われるかなって考えたことがあったけど、あれから今日まで、やっぱりルーシュさまがどんな発言をするか想像できないままです。
ただ、前は怒るだろうなって思ったけど、今はもしかしたらちょっとだけ悲しむかもしれないって気がする。だから。
「あー。それも、内緒にしといて」
「言えるかよ。でも俺は反対だからな。っていうかさぁ! お前さ、もう俺と一緒にカツーハに――」
上空を旋回していた鳶の一匹が、ペパンのご飯になる予定の足を狙って急降下してきました。
「ペパン、鳶!」
「うおおおおおおおおっ!」
両手を振り上げて、ドタドタと大股に歩きながら鳶を迎え撃つペパン。びっくりしたのか、鳶は肉を諦めて方向を変え、空へと戻って行きました。
「ぷっ、なにそれ、今の!」
「うるせぇな、叫びたかったんだよ」
ペパンは夕食の材料を持ってさっさと帰ってしまいました。




