第18話 バケモノなりにみんなの役に立ちたいんです
楽しかったお祭りも帰路は無言で。城へ着くなり足早に自分の部屋に戻るルーシュさまの後ろ姿を眺めながら、おやすみが言えないことの寂しさを思い出しました。
そして長い夜が明けて。朝食の席には私とルーシュさまのほかに、またベルが同席しました。今度はルーシュさまが強制したみたい。ベルは「主への畏敬の念が薄れてしまったらどうしようー」とニコニコしています。
一方で私は何を言われるのかなってびくびくです。
どうせ緊張して味なんかわかんないしってパンをそのまま口に放り込んだら、水分ぜんぶ持っていかれました。味と水分は別物。覚えた。
人払いを済ますと早速ベルが口を開きました。
「まぁ、ざっくりした話は昨日のうちに聞いたのだけどね。一応確認なんだけど、エリス嬢は混血という認識で合ってるかな」
「姿を隠した吸血鬼の居場所がわかるなど、それしか考えられないだろう」
圧がすごい。そうですって言ったらお城からたたき出されそうな雰囲気の圧です。え、怖。
空気に気圧されて黙ってたら、腕を組んだルーシュさまが面倒くさそうに説明を始めました。
「メイドの部屋からフルーツナイフの鞘だけが見つかっていた。ナイフで刺されたはずだという主張を覆さないブリテ嬢が、お前の部屋から鞘のないナイフを持って来た。拭いきれていない血痕が付着した状態のな」
あー。部屋を漁ったのブリテさんだったんですね。確かに、侍女なら出入りしても誰も気にしないもんなぁ。
ただ、ルーシュさまの冷たい目はちょっと堪える。
いつもしかめ面だし私のことおバカな子みたいな目で見るし大体面倒くさそうにするけど、でもこんな冷たい目をしたことなんてなかったから。
「カツーハの屋敷での聞き取り調査では虐待が噂されていたのに、お前の身体にその痕跡は何もない、とも聞いた」
「え。私の身体について報告とか、怖」
「今そういう揚げ足取りはいらん。……なぜ黙っていた?」
「それは……」
最初は私が混血だってバレたらカツーハのみんなに迷惑かけるかもって思ってたんです。変に調べられたりしてさ。
でもダスティーユの人たちがどれだけ吸血鬼を恐れてるか、憎んでるかはこの数日の間だけで十分に理解できました。ダスティーユに来てからまだ一週間しか経ってないけど、それでも十分なくらい。
そしたら言えないじゃないですか。私の身体の半分は吸血鬼だなんて。バケモノがこの土地の守護者である公爵家に嫁入りしようとしてるなんて、絶対バレちゃ駄目じゃないですか。
つまり。
「みんなに嫌われるのが怖かった、から?」
ルーシュさまの大きな大きなため息。
手の中の銀器をくるくるまわすと、ナイフの刃にぼんやりと私の顔が映りました。吸血鬼は鏡とかこういうのに自分の姿が映らないから、我が家には私のための小さな手鏡しかありませんでした。
そう、私はちゃんと映るのに。でもやっぱり人間じゃない……んですよね。
「そうだな。このダスティーユにおいて、吸血鬼は憎悪の対象でしかない。お前のいるべき場所ではないんだ」
「え、連れて来たのそっちなのに?」
ナイフを置いたら指先が落ち着かなくなっちゃって、テーブルの下でスカートを握りしめました。ついでに手汗も拭けて一石二鳥だし。
「あは。おっしゃる通りだ。それじゃカツーハに送り返そっか、ルーシュ?」
ベルの言葉にルーシュさまが口を引き結びました。
それはできないんですよね、公爵さまの願いだから。板挟みのルーシュさまを見てると、なんだか申し訳ない気持ち。誰が悪いわけでもないから、私も何も言えないし。
そのまま食堂はすごい静かになっちゃいました。ベルが食べもしない肉を切り分ける音だけが微かに響いて。
顔を上げることもできないくらい重くて長い沈黙を破ったのは、やっぱりベルでした。
「即答しないってことは、追い出せない理由があるんだね。それならそれで、何が問題なのさ。いいじゃない。隠れた敵を見つけ出す目なんて、僕らには最高の武器だよ」
「どういう意味だ。彼女は武器じゃない」
「そのままさ。実際にルーシュ、君は昨日なんの被害も出さず余裕を持って吸血鬼を仕留めた。そうでしょ」
吸血鬼を見つける目。武器。
それは私にはなかった考え方です。だけどそんなの、同胞を売るってことじゃ……。え、待って。私の同胞って、どっち?
「だからといって、正体を明かすわけにはいかない。最悪エリスを殺そうとする輩も出るだろう」
「もし君が昨日ひとりでいたら、またはエリス嬢が普通のお嬢さんだったら、君は死んでたかもしれない。でも彼女は有用な能力を持っていて、君を助けることを選択した。だろう? なら、説得するべきは部下だと思うけど」
それはそうなんですよね。結局のところ私はベルやルーシュさまが傷つくのが怖かった。襲い掛かる吸血鬼を仲間だとは思えなかった。だから居場所をお知らせしたんです。
じゃあ、相手がマダムだったら?
「わ、私……お手伝いはできない、と思います」
ルーシュさまの目が傷ついたみたいに揺れました。
どうしてそんな顔するの。ルーシュさまの表情が曇ると、どうして息苦しくなるの。
「そうだ。お前は今まで通り正体を隠して大人しくしていろ。時が来るまでな」
「ルーシュ、そんな言い方は――」
「私、ルーシュさまにもベルにも怪我してほしくない。死んでほしくない。できることなら、共存してほしい、の」
カツーハのように? でもダスティーユの民は吸血鬼に敏感で詳しいからきっとそれは無理。だから……ヴィクトーが言ったように。
今まででいちばん冷たい太陽色の目が私をじろりと睨みました。
「最もあり得ない話だ。いいか、この話は誰にも言うな悟られるな見破られるな。絶対に」
そう言って席を立ち、あっという間に食堂を出て行ってしまいました。ベルが小さく「あちゃー」とこぼします。
「ごめんね、エリス嬢。ルーシュはちょっと混乱しているだけなんだ。きっと少しすれば頭も冷えるはずだから」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
まずは公爵さまを安心させるために立派な淑女を目指して。いつかその時が来たら、ヴィクトーのところに行きましょう。そして誰も傷つかない世界を実現するの。