第17話 これは生きるためのお祭りだと思います
今日はルーシュさまが気分転換に連れ出してくれる日。なんと、お祭りだったのです! 知らなかったー。
収穫祭とはまた違って、冬の準備のためのお祭りなんですって。準備はできましたか、まだですか、薪は足りてますか、お肉はありますか。そんな風に余ったものを融通し合っていたのが、いつしかお祭りみたいになっちゃったとか。
それともう一つ。冬は夜が長いから、吸血鬼から身を守るためにもそれぞれ家で過ごす時間のほうが多くなってしまって、関係が希薄になってしまうでしょ。だから住民同士の交流を深めましょうって。
もしかしたら、昔はこれが最後になるかもしれないって思いながらお祭りを楽しんでたんじゃないかしらって説明してくれたのはベッカ夫人でした。
だから昼から夜まで長々と開催するんですって。みんなが外にいれば吸血鬼も怖くないよっていう、ある種の決起集会だったのかもしれません。
ルーシュさまは公爵家の令息というより、領都を守る騎士団の団長さんという顔のほうが知れているみたいです。道行く人はみんな気さくに挨拶してました。そういうところはちょっとカツーハを思い出しますね。
本人は「ああ」としか言わないのが笑っちゃうけど。
「見て、みんなすごい踊ってる! あっちもこっちも輪になって!」
「ダスティーユの人間は踊るのが好きなんだ。カツーハはそうでもなかったか?」
「わかんないです。踊ってたのかもしれないけど、私はお祭り行かなかったから。ママン、昼間は寝てたし夜は仕事だし」
「そうか」
「わっ」
走り回る子どもを避けようとしてバランスを崩した私を、ルーシュさまが支えてくれました。そのまま私の手を握ってゆっくりと歩きます。
空はもう真っ赤で、いつもならみんな急ぎ足で帰路につく時間なのに。今日は誰もがゆったり笑ってる。吸血鬼がいなかったら、人間に危害を加えなかったら、いつだってみんなこんな風に笑えるのかな。
「でもね、誕生日に一回だけ家の中でママンと一緒に踊ったの。お祝いのダンスよって。もう足運びとか覚えてないですけど」
「俺も似たようなものだ。誕生日は来月の頭だったか?」
「え。よく知ってるね、怖」
「結婚相手の情報としては基礎の基礎だろう」
ふたりで牛の串焼きを買って食べつつ、ルーシュさまに連れられるままに丘の上に向かいました。みんな領都の中心に集まってるから、ここには私とルーシュさまだけです。
「ここは夏になると一面に真っ白な花が咲く。薬草としての価値も高いんだが……母の愛した場所だった」
「そうなんだ。私も咲いてるとこ見られるかな」
「は? 当たり前だろう、何を言ってるんだ」
いつもの呆れた顔で見下ろすルーシュさまの後ろには空が広がってて、星がキラキラしてて。いつの間にか夜になってました。
「そういえば、見せたいものって?」
「ああ、あれだ」
ルーシュさまが領都の中心を指さしました。
真ん中にそびえる高い塔は教会で、その教会を囲むように炎が揺らめいています。人々が松明を掲げているようです。その炎に照らされながら、やっぱりいろんなところでダンスを踊って、歌って、笑って。
こういう人間の営みを見せたかったのかなって思ったその瞬間。バーンってすごい音がして夜空に花が咲きました。
「花火……? いまの、花火ですか?」
「ああ。ほらよそ見をするな、貴重な三発を見逃すことになるぞ」
「わっわっ」
ルーシュさまと並んで次の花火が上がるまで夜空を見つめてました。ぴーって言いながら打ちあがった何かがバーンって弾けて、ぴかぴか光るたびに教会が浮き上がって見えて。
うん、やっぱりこれは吸血鬼に負けないぞっていう意志表示のお祭りなんだわ。すごく綺麗ですごく強い意志。
三発目も打ちあがると、ルーシュさまが私の手を引っ張りました。
「踊るか」
「え、ルーシュさま踊れないってさっき」
「誰も見てない。お互い踊れないなら構わんだろう」
風に乗って聞こえてくる音楽に合わせて、ふたりで不器用にステップを踏みました。貴族が社交界で踊るようなそれとは違って、手を繋いだままリズムに合わせて軽快に跳ね回るだけのダンスです。
私たちはまともに踊れないからてんでバラバラのステップなんだけど、でもすごくすごく楽しい。バランスを崩したり相手の足を踏んだりするたびにお腹を抱えて笑い転げて。
いつもしかめ面のルーシュさまも、今はよく笑ってくれてます。なんだ、笑ったら年相応か、もっと若く見えるんですね。
……って、楽しい時間は招かれざる者の気配ひとつで終わりを告げました。
ぶるりと身体が小さく震える感覚。と同時に微かに聞こえる鼓動の音。どうして今ここに現れるの?
足を止めた私の顔をルーシュさまが覗き込みました。
「疲れたか?」
その彼の背後に吸血鬼の気配と、殺気が。
私はルーシュさまに全身で飛び掛かって、すんでのところで押し倒すことに成功しました。いや、倒れてはくれなかったんですけども。攻撃を躱すことはできたので。
「いきなりなにを――。は? くそ、吸血鬼か!」
姿を現したのはヴィクトーではない、知らない吸血鬼でした。ルーシュさまが腰から剣を抜くと、吸血鬼は気持ちの悪い笑みを浮かべながら再び姿を消します。
夜、霧に紛れてしまうと普通の人間にはまず間違いなく視認できません。ルーシュさまは私を背に庇いながら剣を構え、注意深く周囲を見回します。
こちらに攻撃を加える際、吸血鬼は姿を現さざるを得ません。その瞬間を狙うつもりなのでしょうが、私を守ろうとしてかルーシュさまの動きには少々隙が多い気がします。わかんないけど。
加えて、祭りの音。土を踏みしめるような小さな音が掻き消されてしまうのも、こちらに不利に働いています。
あーもう!
「二時の方向です。私の足で七歩分くらい。六……四……」
私が囁くと、次の瞬間ルーシュさまが大きく一歩踏み出して剣を横に薙ぎました。ぎゃーと耳障りな声とともに吸血鬼が姿を現し、狙いすましたようにルーシュさまの剣がもう一閃。吸血鬼の首が落ちました。
「……疑わなかったわけじゃない。だが、そうと信じたくなかった」
すごく暗くて冷たい声です。私は返事ができませんでした。