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第13話 満月の夜ですのでお出掛けします


 あの恐ろしい事件からまるっと一日が経過しまして、夜です。どういうわけかルーシュさまが私の部屋にいます。

 今夜は満月。こっそりお外に出る隙を窺ってるところなので、速やかに出て行ってほしい。


「解雇したメイドに宝石をやった?」


「目ざとい! ……なんちゃって。違いますよ、もしかして盗んだんじゃないですか」


 昨日着ていた茶色のドレスから小さな真珠をいくつか取って持たせました。あのドレスは血で汚しちゃったし、お外には着ていかないからまぁいっかって。公爵家の資産ですけど、ひとつやふたつならバレないかなーって思ったけどバレてた!


 だってあのメイドさんって解雇だし、もちろん紹介状なんてあるわけもないので次の仕事に困ると思うんですよね。人を殺そうとしたんだから、その程度は自分の責任として被るべきです。が、お父さんの薬代くらいはって、我ながら甘いですよねー、はい。


 じろっとこちらを見てたルーシュさまが小さく息を吐きました。


「まぁいい。それで、体調はどうだ」


「すこぶる元気です。ご飯も美味しいし。あ、でもベッカ夫人がすごい厳しくて疲れてます!」


 ブリテさんもついに諦めてくれたのか、三度の食事に毒は入らなくなりました。変な味がしないご飯は本当に最高、生きててよかった!


「昼間、ひとりで庭を散歩してたとか」


「ねー、なんでそんなに私のこと詳しいんですか。寝てたんじゃないの?」


「今日は寝てない。昼夜のリズムを戻すために起きてるんだ」


「なるほどー。えっと、ベッカ夫人とずっと一緒だと息が詰まるから、休憩の時にお外に出ただけです。気分転換ってやつ」


 嘘です。本当はナイフの回収に行きました。

 実は昨日、ルーシュさまが私を抱えようとしたときにナイフを花壇の奥へ蹴り飛ばしたんですよね。みんな私の怪我に注目してたから気付かれなかったみたい。


「昨日襲われたばかりだというのにひとりでやることか? 全く、何を考えてるのかさっぱりわからないな」


「え、私?」


「ほかに誰がいる」


「ブリテさんとか?」


「ああ……。彼女がお前をバケモノと呼ぶ理由について考えてるんだが」


「何か心当たりありました?」


 ルーシュさまがここに来た理由がなんとなくわかりました。

 たぶん、ひとりで考えてても仕方ないって思ったんでしょうね。私と話してみたら何かわかるかもって。


「いや……」


 ルーシュさまは何か言いかけてやめました。何を言おうとしたのかすごい気になるから、そういうの本当やめてほしい。


「ところでお前、本当に体調は悪くないのか? 何か顔色が悪い気がするんだが」


「気のせいでは? ほら、熱もないし」


 ルーシュさまのおでこに自分のおでこをくっつけたら、すごい勢いで離れていきました。


「そっそっそれは淑女のすることじゃあないだろう!」


「えー、じゃあ淑女はどうやって熱測るんですか」


「体温計がある。せめて手を使え、手を」


「じゃあ、ほら。測って」


 前のめりになって前髪をあげると、ルーシュさまがそっと私の額に触れました。大きくて優しい手。その触り方はママンとちょっとだけ似てる。


「ね、ないでしょ」


「よくわからん」


 手を離したルーシュさまが小さくあくびを噛み殺しました。さすがにおねむみたいですね、かわいい。


「ルーシュさまはそろそろ寝る時間なんじゃないですか?」


「ああ。そろそろ部屋に戻ろう。お前は?」


「もう少し本を読んでから」


「そうか。無理はしないように。おやすみ」


「おやすみなさい。いい夢を」


 ルーシュさまが部屋を出て行って、私はカーテンを開けました。曇ってるけど、まん丸のお月様は隠れてませんね。


 手紙をもらってから二日間、眠れない振りをして夜に歩き回りました。私、なんと、このお城の警備状況を確認してあるのです! すごい! さすが! というわけで、完璧ではないけど多分見つからずに外に出られると思います。

 さぁ行きましょう!


 いえい! 脱出成功ー!

 思いのほか警備が厳重でどうしようかと思ったんですけど、いい感じに()()()()()()()()が怪しげな音を立ててくれたおかげで見つからずにすみました。


 領都の中心部に向かうには正面の細い橋を渡るのが普通ですが、林を抜けて裏門から出てぐるーっと回っていくしかないですね。うん、もう二度とやりたくないな、こんなこと。


 ローブのフードを深くかぶって夜の領都を走り抜けます。魔物の森と隣接する土地だからか、街灯が煌々と照らす明るい道でも人通りはほとんどありません。

 吸血鬼特有の鼓動の音を聞きながらたどり着いた「夜明けの灯火亭」。入り口の脇に背の高い男性が立っていて、こちらに気付くなり被っていたトップハットを手に大仰な紳士の礼をとりました。


 以前ベルが見せてくれた礼よりも仰々しくて、昔お父さまに一度だけ連れて行ってもらった舞台の役者さんみたい。

 窓からは温かな明かりが漏れて、お酒を楽しむ人たちの声がわいわいと騒がしく聞こえてきます。そんな中で彼の声は静かに、でも確かに私の耳にはっきり届きました。


「こんばんは、マドモアゼル。ようこそお越しくださいました」


 その顔の真ん中には大きな傷。瞳の色は赤くないし口元に牙は覗いてないけれど、ダスティーユ城を目指す私たちを襲った吸血鬼に間違いありませんでした。

 やっぱり舞台役者みたいなわざとらしい仕草で、夜明けの灯火亭の扉を指し示します。


「……っ。だめです、あなたをここへ入れることはできません」


 危なかった。人々が無防備に寛ぐ空間へ吸血鬼を招き入れてしまうところでした。


「おや、素晴らしい心がけですね。それでは二人きりになれる場所に行きますか?」


「え、やだ」


「その即答かなり傷つきますよ」


 吸血鬼がくすりと笑ったとき、店のドアが大きく開かれました。そこにいたのは筋肉自慢の店主です。


「人の気配がすると思ったら! お二人さん、寒いだろ。早く入んな!」


 フードを被った私の正体に気付いていないのはいいけど、吸血鬼に入店の許可を出しちゃうなんて! 少なくとも目の前の吸血鬼は人間を襲った実績があるので、できればこの中に入れたくなかったのですけども。


「もう入れるようになっちゃいました」


 吸血鬼がそう囁いて、うすらと微笑みました。





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