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第12話 腑に落ちない事象が続く


 日の出とともに城に戻って、汗を流して書類に目を通す。

 いつもと同じでないことと言えば、父がエリスと食事をしたいと言ったことだろうか。父は怪我を負ってから三食という概念から離れてしまった。食べられるときに食べるという生活だ。

 だから是非一緒にとエリスを誘った……まぁ、こういうことがなくとも食事は共にすべきかもしれないが。


 時間になって食堂へ向かう俺のところへ、ブリテ嬢がやって来た。少し年の離れた妹のように可愛がっていた彼女だが、仕えるべき主人を放置して買い物に出かけたり騎士団の修練を邪魔したりと、どうも目に余る。


「セルシュティアンお兄様、あの人バケモノよ」


「なんの話だ? バケモノ?」


「ちゃんと確かめてからまたお話するわ。でも、あの人と結婚しちゃダメ、絶対よ!」


 ブリテ嬢は近づいてくる誰かの気配に、バタバタと走り去ってしまった。

 結婚と言うからには、あの人というのは恐らくエリスのことだろう。突然何を言い出すかと思えば、バケモノって。


 昔から俺に対して固執するきらいはあったが、言うに事欠いてバケモノか。

 エリスのどの辺りをバケモノと断じたのか、食事の間に観察してみたがわからない。相変わらずマナーはなってないが、着飾った彼女は立派な伯爵令嬢だ。

 茶色のドレスはふわふわのハニーブロンドを際立たせるし、赤みの強いアメジストの瞳には人を惹きつける不思議な魅力がある。


 まぁ、腹の虫はバケモノ並だが。


 夜に備えて十分な睡眠をとり、夕方に目を覚ます。庭をエリスとブリテ嬢が歩くのが窓から見えて、何か息が詰まる感覚に襲われた。俺も混ざるべき、エリスのところへ行かねばならない、そんな気がして外へ出ることにした。


 バケモノという言葉が気にかかっていないと言えば嘘になるだろう。確かめると言っていたが、それが一体どのような手段によるものなのか想像もつかない。きっとそれらが影響して胸騒ぎが起こっているのだ。


 庭ではメイドが頭を下げて二人を見送っていた。その前に何か会話していたようだが、気のせいかもしれない。


 が、メイドは頭を上げるなり走り出した。


 振り返ったエリスの驚きに見開かれた瞳。メイドが振り上げた手の先で一瞬だけきらりと光が反射した。まさか、刃物か? なんなんだ、これは?

 いや、あのメイドはエリスに灰をぶちまけた奴ではなかったか?


「エリス!」


 理解よりも先に名前を呼び、走る。


「セ、セルシュティアンお兄様っ? どうしてここに」


 ブリテ嬢が声をあげるが、今はそれどころじゃないだろう!

 メイドが手を振り下ろし、赤いものが散った。くそ、間に合わなかった!


 やっとたどり着いたときには、エリスはその場にうずくまっていた。メイドを突き飛ばしてエリスを抱きかかえようとしたが、彼女は細い腕で俺を押し退ける。


「大丈夫です」


「は? 何を言っている。大丈夫なわけがないだろう、今お前は刃物で――」


「いえ、叩かれただけです」


「でも、血が」


 俯いていたエリスがゆっくりと顔を上げた。彼女の顎にも頬にもこすったような血の跡がある。


「鼻血」


「は?」


「叩かれて鼻血出た」


 そんなはずはない。と思うのだが、メイドの身体に隠れて決定的なところは視認できていない。

 振り下ろされるメイドの手から身を守るように、エリスは両腕を上げたように見えたのだが……。


 彼女の腕を交互にとって確認するが、傷などどこにも見当たらなかった。ただ、左の腕に血の跡がべったりとついているだけだ。


「おい、お前なにか刃物を持っていただろう?」


「ルーシュさまの見間違いでは?」


 メイドを振り返っても、エリスが即座にそれを否定する。メイドはただ震えながら自分の身体をかき抱くばかりだ。周囲を見渡してもナイフの類は見当たらない。


「叩かれたのは私がその人の親の悪口を言ったから。どんな育て方したら灰をぶちまけるような子になるんだって。ね、そうでしょう、ブリテさん?」


「えっ? ち、違……」


 何か言いかけたブリテ嬢だが、俺をチラっと見るなりこちらへと駆け寄って来た。俺の腕をとって強く握りながら、片方の手でエリスを指さした。


「バ、バケモノだったの! ねぇ、セルシュティアンお兄様も見たでしょうっ? いま、刺されたのよあの人!」


「バケモノってなんですか、ひどいなぁ」


「刺した瞬間を見てはいない。確かにメイドが刃物を持っているような気はしたが、その刃物はどこにもないしエリスは怪我をしていない」


「だからバケモノなんじゃない!」


 埒が明かない。ため息をついて状況を整理することにしよう。

 ブリテ嬢から離れ、エリスに手を差し伸べる。彼女を立たせ、近くのベンチに座らせたがやはりナイフのようなものはない。


「つまり、エリスがメイドの親を侮辱し、激昂したメイドがエリスに手をあげた。それで間違いないか?」


「違うの! ナイフでバケモノを刺したのよ!」


「ブリテ嬢は黙るんだ」


 エリスは少し考える素振りを見せてからメイドへ視線を向けた。


「灰をぶちまけたこと誰にも言わずにいてあげたのに、ちょっと文句言ったらこれだもの。あのメイドさんは即刻解雇して田舎に帰すべきだと思う」


 メイドはエリスの言葉にわっと泣き出した。


 目の前の事象から判断するならそうするべきなのだろう。わざわざ自分の仕事でもない暖炉の手入れをして、それを客人であり俺の婚約者であるエリスにぶちまけたのだから、本来ならその時点で処罰するべきだった。


 エリスは温情を与えたというのに。……どうも納得のいかないことばかりだ。


「そうだな。解雇すべきだ、今すぐに」


「待って、セルシュティアンお兄様! わたくしの話を信じて!」


 俺の腕にブリテ嬢が再び縋りつく。それを見るエリスの瞳は冷ややかだ。


「己の主人をバケモノバケモノと。お前も解雇しても構わないのだが」


「違う、わたくしはお兄様のためにって」


「しつこいぞ」


 違和感は確かにある。

 だが、今はそれを明らかにするほどの情報がないのだ。


 エリスに向けて深々と頭を下げるメイドの姿に、またひとつ引っ掛かりを覚えた。






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