第11話 毒なんて盛ってどうするんでしょうか
小鳥が鳴いてます。朝です。朝を迎えました。
支度をするために呼び鈴を鳴らすと、昨日一緒にお掃除を頑張ったメイドさんが入って来ました。
「おはようございます。ブリテ様もすぐにいらっしゃるかと」
「はーい」
用意してもらったお水で顔を洗ってると、ブリテさんが登場です。
「エリス様、おはようございます! ご体調はいか……が……あら?」
「はい、おはようございます。すこぶる元気です」
「あ、元気、あっ、なるほど、それは大変結構ですね」
はい。昨夜ポタージュに何かを入れたのはブリテさんで決定ですね! 実行犯ではないかもしれないけど、犯人のひとりであることは間違いないです。ピンピンしてる私にびっくりしてるもの。
「ドレスを用意してもらえますか?」
「あっ、は、はい、ただいま……」
チラチラこちらの様子を窺っては首を傾げながらクローゼットへ。晩秋にふさわしいこげ茶のドレスを持って来て、私の着替えを手伝ってくれました。あ、仕事はちゃんとするんだ。
「昨夜はお食事を召し上がらなかったんですか?」
「え? 全部食べました。どれもとっても美味しかったもの」
「そ、それはようございました……」
ニコニコする私に、納得のいっていなさそうなブリテさん。やっぱりね、こうなりますよね。どうして平気なのとか聞けないし、入れる量を間違えたのかとか入れ忘れたのかなとか考えちゃいますよね、うんうん。
実は、混血には吸血鬼の気配を察知できるほかにも特性があって。怪我や病気にめっちゃくちゃ強いんです。即死級でない限りすぐ治っちゃいます。もちろん、不老でも不死でもありませんけどね。
つまり普通の人間ではないってことです。当たり前ですけど半魔ですからね。人間にも吸血鬼にもなれない中途半端な私!
でもそのおかげでカツーハの屋敷でも曲がらずに生きてこられたのも確か。
お義母さまや妹に折檻されても、痛いのはそのときだけだもの。傷が膿むこともなければ、折れてもすぐ元通り。長く痛みを引きずることがないし痕も残らない。もちろん、包帯をぐるぐる巻いて怪我してる風は装ってましたけど。
「ポタージュなんて特に、ちょっと舌先がピリピリするのが癖になって!」
「あっ、そ、そうでしたかー」
驚くブリテさんとは対照的に、支度を手伝ってくれるメイドさんは「ピリピリって、それ腐ってませんでしたかー?」なんてニコニコしています。少なくとも彼女は敵ではなさそう。
ふふ、私ここでもちゃんと生きていけそうだわ!
そうこうしているうちに侍従がひとりやって来て、ルーシュさまからのメッセージを伝えてくれました。帰って来たから朝ごはんを一緒に食べようですって。仲のいい婚約者の振りでしょうか?
支度が終わるやいなや、ブリテさんは部屋を飛び出してどこかへ行ってしまいました。私は本で読んだ内容を思い出しながら、できるだけ淑女っぽくなるようにゆっくりと食堂へ。
朝食には公爵さまもいらっしゃって、とりとめのない世間話で平和に美味しい時間を過ごせました。ルーシュさまもベルも昼間はゆっくり寝て夜に備えるんだそうです。公爵さまもほとんどの時間をロッキングチェアやベッドで過ごしているとおっしゃってました。もう昔のようには動けないからって。
そんなこんなで今日はずっと読書です。偉い、とても偉い。っていうか明日ベッカ夫人にお会いするのが怖い。
ブリテさんはもちろん近寄ってこないし、お勉強のほかにやることがないせいもありますけどね。
そういえば、お部屋に運んでもらったお昼のスープにも毒が入ってました。しかも昨夜のより量が増えてたみたいであんまり美味しくなかったです。食べたけど。
だって、どんな効果の毒かわからないけど、普通の人間なら死んじゃう可能性もあるでしょ。美味しくないって突き返したとして、誰かが味見して何かあったらイヤだもの。
素直に毒だって指摘するのも微妙っていうか。騒ぎになって困るのは私も同じなんですよね、私は結局のところ人間じゃないから。
なので一口ずつ解毒を確認しながら完食しました。けなげな私! でもできればもうやめてほしい!
たぶんブリテさんがやったことだと思うけど、これで本当に私が死んだらどうするつもりだったのか……。まぁメイドさんの誰かに罪をなすりつけるのかな。
首が疲れちゃったので大きく伸びをしていたらノックの音が。返事をしながら窓の外を見れば日が落ちかかってました。たくさん勉強したみたいです、私偉いですね!
お部屋を訪ねて来たのはブリテさんでした。
「エリス様、ブリテでございます。根を詰めすぎてはいけません。気分転換にお散歩などはいかがですか?」
すごい、わかりやすい罠だ! 次は何をされるのかしら!
「行きます!」
「ではご一緒します。庭園にはもう行かれましたか?」
「昨日ベルの案内で通り過ぎましたー」
「あら。ベランジェ様はいつも綺麗な女性をすぐ口説くのに、美しい庭園にも誘わないだなんて珍しいですね」
貴族の嫌味だ! すごい、本物!
半歩前を歩いて案内してくれるので、最低限の教育は行き届いている感じがするんですけど……下賤な者を見るような表情とのギャップがじわじわ楽しくなってきますね。
整えられた庭は本当にとても綺麗でした。植物を愛でるような感性は育ってない自覚がある私ですけど、それでもオレンジとか青とかいろんなお花が咲いてて綺麗。
あら? 前方に顔色の悪いメイドさん。あれは暖炉のお手入れをしに来たメイドさんです。今にも死にそうなくらい真っ青な顔だけど大丈夫でしょうか?
「あ、あの、アタシ……」
普通なら深く頭を下げて、私たちが通り過ぎるのを見送るのがメイドの決まりです。でも彼女はブリテさんに声を掛けました。
「どうしたの? 休暇のこと家政婦長にちゃんと言っておいてあげるわ。お父様、ご病気なんでしょう?」
メイドさんは唇を噛んで頭を下げました。私はブリテさんに促されてその前を通り過ぎます。
背後からメイドさんが刃物を振り回してこちらに走って来たのはその直後のことでした。