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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編

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第87話 父と娘



<一月二十二日>

 王宮で盛大に模様された王太子主催の晩餐会から、一夜明けて……。



 ノアがリーフェの準備してくれた朝食を終える頃、突然扉がノックされた。

 ――最近早朝の来客が多いな。

 リーフェが応対に出て招き入れたのは、エジェリーとバイエフェルト伯爵だった。

 エジェリーはともかく、バイエフェルト伯爵の来訪には少々驚く。

「如何なされたのですか、伯爵!」


「賢者殿、朝早くから申し訳ありません。まずは昨日のお礼を」

 そう言ってバイエフェルト伯爵は厚手の手袋のまま胸に添え、深々と頭を下げた。

「さあ伯爵、どうぞお掛けになって下さい」

 伯爵とエジェリーはリーフェに帽子とコートを預け、二人並んで暖炉の前のソファーに腰かけた。

 相変わらずエジェリーは元気が無い。


「晩餐会が滞りなく終了した後に、両陛下からお呼びが掛かりいまして、それはお褒めの言葉を頂戴致しました。ひとえに賢者殿のお力添えのお陰でございます」

 伯爵は、今一度深々と頭を下げた。

「晩餐会の成功は伯爵のご苦労があっての賜物です。ぼくはただアイディアを出しただけですから」

「あなたはいつもご謙遜けんそんが過ぎる……」

 伯爵は首を左右に振った。


「まずは賢者殿、お預かりした白磁の皿は如何いたしましょう」


「ああ、あの皿ですか……。全て伯爵に差し上げます。また何かの時にお役立て下さい」

 伯爵は驚きの表情を見せる。

「そのように気軽に頂けるモノではございませぬぞ!」

「他ならぬ伯爵じゃないですか、どうぞお収めになって下さい」

 伯爵は難しい顔で何か考えているようだ。


 そして意を決したように膝を一つ叩き、ノアに顔を相対した。

「賢者殿から頂いた数々の御恩、これでは娘を一人や二人差し上げたくらいではすみませぬな。ワハハハハハッ!」

 ――おいおい、何を急に言い始めるんだ、伯爵。

 ノアは咄嗟の対応に苦慮する。

「アハハハッ! お嬢さん頂けちゃうんですか。う、うれし~な~!」


 そしてノアと伯爵は同時に、恐る恐るエジェリーに視線を移した。

 傍に控えていたリーフェは、深いため息と共に天井を仰いだ。

 エジェリーは真っ赤な顔をしてうつむき、わなわなと震えている。


「もう、お父様なんて嫌い! ノアのバカ――!」

「すまんエジェリー、冗談だよ、冗談!」

「エ――――ッ、冗談なの、もっとひどい!」

 

「ち、違うんだエジェリー、本当だよ本当!」

 ――どっちなんじゃい……。

 ノアはしばらく父と娘のドタバタ劇を眺めていた。

 ――これは収拾がつかないな……。

 ――エジェリーは明らかに、テレージアが現れてから情緒不安定だ。

 ――仕方ない……。


「エジェリー、ぼくを信じて……任せてほしい」

 ノアの言葉に対面の父と娘は押し黙った。

 そしてその時確かにバイエフェルト伯爵の口元は、ニヤリと不適な笑みを浮かべていた。


「ところで婿殿・・は、聖女様とはどの様なご関係でいらっしゃいますのかな」

 ――あれ~! さりげなく賢者殿から婿・・殿に代わっているし……。 

 ――しかも一番痛いところを突いてくるよ……。

 ノアはどのように胡麻化そうかと思案する。

「ちょっと説明するのは難しいのですが……。ぼくと聖女テレージアは前世が同郷なのですよ」

「ウーム……。我々には想像する事は難しいですな。それは神々の国の事なのでしょうか」

「まあ、そんな感じです」

 そして伯爵はさらに鋭い眼光でノアを貫く。

「よもや婿殿は……聖女様にお手を付けておられないでしょうな」


「バ、バカな事言っちゃいけません! そんな事したら、この世界にどんな災いがもたらされるか想像もできませんよ!」

 ノアは両手を前に突き出し、それを懸命に否定した。


「ウワハハハッ! それは祝着至極しゅうちゃくしごくにございますな!」

 バイエフェルト伯爵は、今度は満面の笑顔を浮かべる。


 ――やられた……。完全に伯爵の術中にはまったな。この賢者を手玉にとるとは! 伯爵恐るべし……。


「さて本日早朝より負かり越しましたのは別の要件がありまして」

 伯爵は何食わぬ顔で姿勢を正し、ソファーに座りなおした。

 ――エッ、これからが本題なの?


「実は宰相閣下に泣きつかれまして……」


 バイエフェルト伯爵が言うには、『王都に集合している各諸侯の、ノアへの謁見の願いを取り計らってもれないだろうか』との内容だった。

 昨日の式典また晩餐会の出席を終え、招待客の多くは帰路に就く準備をしていた。

 王家に帰郷の挨拶をするのは当然として、ここで多く要望が出たのは、賢者ノア・アルヴェーンへの執り成しであった。

 国内の有力諸侯のほとんどが、王家・賢者・聖女に謁見してからの帰郷を望んでいたのである。

「宰相閣下も婿殿には申し訳ないお願いである事は重々承知しているのでしょう。そこで『バイエフェルト伯ならば!』と懇願された次第でありまして……」


 ――まあ、各諸侯にしてみれば、突然現れた子供の賢者に、良くも悪くも興味深々なのは、至って当然の思考だろう。

 ――むしろ自分にとって良薬なのか毒なのか、確かめずに帰る方がどうかしている。


「わかりました。急ぎ王宮に登る準備をいたしましょう」

婿むこ殿、ありがとうございます。宰相閣下もさぞお喜びになるでしょう。わたくしも面目が立ちます」

 伯爵は意外なほど安堵の表情を浮かべた。


「リーフェ、聞いての通りだ」

「かしこまりました、ノア様。早速支度を整えましょう!」

「面倒をかけるな、リーフェ嬢」

「お任せ下さいませ、伯爵様」

 リーフェの屈託のない笑顔には皆が癒されるのだった。











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