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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編

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第85話 王太子の晩餐会2~征服帝~


「師匠!」

 レベッカに呼び掛けられるまでも無く、ノアもその異様な影に気付いていた。

 大理石の床を、まるでゴキブリの様な影が無数に足元を通り過ぎ、雛壇の王家に向かって行くではないか。

 ノアは不用意にも、反射的にグラブフォルム王に視線を当ててしまった。

 その視線に気づいたの王は、あからさまに不快な表情を見せる。

「レ―ヴァンの賢者よ。余がこのような醜悪で汚らしい低俗な術で、この祝いの席を汚すと思うのか」


「これは私が浅はかでございました。平にご容赦を」

「……解かればよい。それよりこの汚物を早くなんとかせい。せっかくの酒と料理が台無しになるぞ!」

「かしこまりました。早急に対処致します」


『フレイヤ、聞こえるか』

『はいノア様、クリアです』

『解かっていると思うが、発生源を特定できるか?』

『はい……今ターゲットを視認しました。……席次から……ヘッグルント公国外交官夫人です』

『よろしい、それとなく外に連れ出してくれ。あとは任せる』

『おまかせを……』


「つくづく興味深い術よな。それにあのむすめもなかなかの使い手のようだ。貴殿は良い駒ももっているのだな」

「お褒めに預かり、光栄です」

 ――もはや白を切るのも失礼か。

「それよりその汚物を放っておいてよいのか? もうすぐ雛壇を登って王家に辿り着くぞ」


「ああ、あれですか。ご心配には及びません」

 ノアは全く気にする素振りを見せず、鹿肉のステーキをナイフで切り分け、口に運んでいる。

 グラブフォルム王が追う視線の先の呪いの影は、王家の席の手前の一線に到達すると、淡く青白く発光しながら次々に消滅していった。


「!!!! 魔力結界か!」

「如何様な術式が展開されているのか……実に興味深い」

 グラブフォルム王は王家の座す雛壇を見回した。

「さあグラブフォルム陛下、極上のステーキが冷めてしまいますよ。どうぞお召し上がり下さい」

 タイミングよくステラがグラスに赤ワインを注ぐ。

 微笑みを添えて。

「ほう、料理に酒を合わせるか」 

 グラブフォルム王は肉を大きく切って口に運んだ。

「美味い! このソースが絶品だな。葡萄酒の芳醇な味わいが良く合うぞ」

 どうやらグラブフォルム王の機嫌も直った様である。


 ほっと一息つけたノアは晩餐会場を見渡してみる。

 招待客余すことなく公平に提供される至高の肉料理。

 それを成すための技術や努力は、誰もが想像にたやすかった。

 ノアは笑顔で舌鼓を打つ招待客らの光景に、満足するのだった。


 そしてコース料理は新たな展開を見せる。

 アイリ特製ショートケーキの登場であった。

 『これが噂の王妃殿下のショートケーキですわ!』

 特に女性客の反応が著しい。

 このショートケーキは、王妃殿下が茶会を開催する時の秘密兵器である。

 よってごく少数の上級貴族のご婦人しか、その正体を知らない。

 この時代では有り得ない上品な甘味は、貴族婦人界隈で急速に口コミで広まっていたのだ。


 楽団の演奏もスローテンポの優雅な曲調に代わり、テーブルにはフルーツやお茶が提供されはじめた。


 

「さて、我々はこのあたりで失礼しようかの」

 食後の紅茶で十分に余韻を楽しんだバーグマン国王は少しよろけながら立ち上がった。

 王妃もそれに従う。


「誠に良き晩餐、そして記憶に残る夜であった。賢者殿、またお会い出来る日を楽しみしていますぞ」

 テーブルを囲んでいた全員が見送りに立ち上がった。

「はい陛下、いずれまたお会い致しましょう」


 およそ一年後、二人は以外な形で再会を果たす事になるのだが、今は知る由もない。

「シャープール……。ほどほどにな……」

「陛下、国母様、ご自愛を……」

 一言ではあったが、グラブフォルム王の言葉に嘘偽りは無かった。



 バーグマン両陛下の退席の後、しばしの沈黙が訪れたが、それを破ったのはノアだった。


「遙か東の地の征服帝よ。あなたは前世で成しえなかった偉業を、今世で果たすおつもりですか」

 グラブフォルム国王が驚愕の表情を浮かべる。


「さすがはレ―ヴァンの賢者よ。余の過去にも詳しいようだ。どこまで知っている?」

 ノアはニヤリと口角を上げ征服帝を覗き込んだ。

「あなたの事は、図書館の歴史書から学びました」


 グラブフォルム王の口元は笑っているが、眼光はなお鋭い。

「ならば話は早い。レ―ヴァンの賢者よ、どうだ、余に仕えぬか」

 エジェリーとレベッカは驚きを持ってお互いを見合った後、すぐにノアの横顔に視線を移した。

 そしてお互いの肌に悪寒を感じている事に気付かされた。


「手始めにグスプク一国をくれてやろう。あそこは米と魚が美味いぞ」

「あらあら、そんな約束をしてよろしいのですか。グスプク王が怒りますわよ」

 シーリーンが横目で王を見ながら諭す。

「あの男は使えんし、何よりつまらん! いずれ首を挿げ替えるつもりでおるから、丁度良いのよ」 

「出過ぎた口を挟みました、ご容赦を」

 瞼を閉じた彼女はそっと頭を下げた。


「なるほど~。米と魚は大好物なのですよ。魅力的なお誘いですね」

 ノアはまんざらでもない笑顔で答える。

「さらに征服した大地など欲しいだけくれてやるぞ。貴殿にはそれだけの価値がある。貴殿が治めれば民草も救われよう」


「私があなたの右腕となれば、あなたの覇業は二十年から十年、いや八年に短縮される事でしょうね」

「さすがに良い読みをするぞ。ますます気に入った!」



「あなたと共にそんな人生が送れたら、さぞや楽しいのでしょうね……」



「フ~ッ、惜しいな」

「ええ、まったく」



「そうか……レ―ヴァンの賢者よ。貴殿は再び余の覇道の前に立ちはだかるか」


「前回は私ではありませんが、今回もそうなるのかもしれませんね」


 しばしの沈黙の後、グラブフォルム王は立ち上がる。

「今宵は実に楽しき宴であった。レ―ヴァンの賢者よ、次に会う時が楽しみだ」

 グラブフォルム王は側妃を連れてテーブルを後にした。

 その背中にノアは声を掛ける。


「そうそう、あなたは三百年前の過去からやって来たようですが、私は四百年後の日の出の国からやって来たのですよ」

 これを聞いてゆっくりと振り返った征服帝は、この日一番の真顔になったのかもしれない。


「なるほど……今世はさらに楽しめる……と言う事か」


「いずれまた貴殿とは再会を果たすであろう。それはこの様な祝いの席であるかもしれんし、戦場いくさばであるかもしれぬな」


「はい。出来れば前者であって欲しいものです」

 グラブフォルム王はしばらく真顔でそんなノアを見つめた。


「まだ若きレ―ヴァンの賢者よ。貴殿が人の世に絶望した時、いつでも余を訪ねてくるがよい。歩む道は決して一つではないはず……」


「あなたの言葉は誘惑が強すぎていけない」

 ノアは小さく首を振った。


「さてと、シーリーンよ、行くか。そなたのげんはいつも正しい。礼をいうぞ」

「もったいなきお言葉」

 彼女はとても嬉しそうに王を見上げた。


 ノアそしてエジェリーとレベッカは、の王の背中が見えなくなるまで視線を外さなかった。



「師匠、あのグラブフォルム国王陛下は……いったい何者なの?」


「あの方は歴史上もっとも広大なモンデール帝国を築き上げた人類史上最強の英傑、征服帝の生まれ変わりさ」


「ぼく達はもっと真剣に急がなければいけないようだ。エジェリー、レベッカ、頼りにしているよ」



 ノアはグラスに残った真紅の葡萄酒を目の前でかざして眺めた後、一気に飲み干した。












末尾までお読み頂き、ありがとうございます。

感想・ブックマーク・評価など頂けましたら、大変うれしく励みになります。

これからも、どうぞ本作をよろしくお願いいたします。 




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