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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編

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第84話 王太子の晩餐会1~転生の王~


「余は既視感デジャヴを味わっておるのか? あの時もレ―ヴァンを守護する賢者の傍らには、黒髪と赤髪の戦乙女が控えておったぞ……」


 その言葉にノアは戦慄した。

 しかし決して表情には出せない。


 ――この王も転生者だ!


「わたくしはその時を存じませんが、その様な輪廻のことわりもあるのやも知れませんね」

 微笑みながらそう答えたのは、隣に座るグラブフォルムの第三側妃だった。

 二十代半ばくらいのエキゾチックな雰囲気を持つ妖艶な女性である。


「話には聞いていたが、本当にお若いですな。ささ、賢者殿。席につかれるがよい」

 着席を促すのは、物腰柔らかな初老のバークマン国王であった。

「それでは失礼いたします」

 給仕長によって椅子が引かれ、ノア達は着席を果たした。

 サポートを終えた給仕長は、一礼してから戻って行く。


 さて、ノアは如何様に会話を進めようかと少し思案したが。


「バーグマン両陛下。実は私達、イルムヒルデ様とは親しくさせて頂いているのですよ」

「おお、その話は昨日シューリウス陛下より聞かされましたぞ」

「イルムヒルデ姫は良い友人をお持ちなのですね」

 そう嬉しそうに相槌を打ったのはバークマン王妃だ。

「うむ、我が王家も頼もしいかぎりじゃ」


 そんな話に聞き耳を立てていたグラブフォルム王が質問した。

「バークマン陛下、なんのお話ですかな?」


「実はなシャープール、いやグラブフォルム王よ。我が家の王太子とここのシュレイダー侯爵家のイルムヒルデ姫が婚約しておるのよ。その挨拶も兼ねて、今回は老体に鞭打ってやって来たという訳じゃ。恐らく我ら二人、最後の行幸啓ぎょうこうけいとなるであろうよ」

 

「それより余は、おぬしがこの祝いに現れた事が不思議じゃ。どのような風の吹き回しかな?」

 そう言いながらバーグマン国王は意味ありげにノアをチラリと見た。

「なに、特別深い意味はありませぬよ。まあ堂々とレ―ヴァンの王都を物見遊山できますからな。それにこやつが『どうしても行かなければならない』と珍しく強要するもので」

 バーグマン国王はあごを振って隣の第三側妃を指し示した。

「こやつは巫女でね。名をシーリーンという。占いや予言を得意としているのですよ」


「両国の陛下は親しい間柄なのですか?」

 ノアは二人の王に視線を送りながら、素朴な疑問を口にした。

「このシャープールがまだ小さかった頃、グラブフォルム王家で世継ぎ争いがあっての。成人するまで我が家で預かっておってな。バーグマンとグラブフォルムはメドーリア湾の対岸にあるのでな、意外と近く、昔から交流があるのよ」


「この子がいた頃は、それはそれは賑やかなものでしたのよ」

「国母様、それでは余が暴れん坊の様に聞こえるではありませぬか」

「あら、そのつもりで申し上げたのですよ」


「まったく……あなたにはかないませぬよ」

 グラブフォルム国王は、バーグマン王妃には頭が上がらないようである。

「でもあなたは、まだ幼かった王太子をとても可愛がってくれましたね」

 バーグマン王妃がグラブフォルム国王を見る目は母親の様に優しかった。

「わたしと境遇が似ていましたからね……。エドモンドは」



 ≪国王陛下、王妃殿下、王太子殿下、王女殿下の御成にございます≫

 晩餐会進行役が高らかに告げた。

 会場内すべての招待客は会話を止め、立ち上がって王家を出迎える。

 上座の扉が左右に開かれると、この晩餐会の総責任者であるバイエフェルト伯が王家を先導して入場して来た。

 すこし緊張した面持ちのバイエフェルト伯は王家の着席をサポートし、雛壇左側に移動してから客席に向かい姿勢を正した。

 そして眼下の招待客に着席の合図を示した。

 さらに一呼吸おいてから本日の主役である王太子に、目配せで頃合いを伝える。

 

 静かに立ち上がった王太子のスピーチが始まる。


「レ―ヴァン王国のいしずえを支える諸侯の皆様、そしてレ―ヴァン王国の友人の皆様、わたしが次の第十七代国王となる、ローランド・ブルクハルト・レ―ヴァンです」

 ノアの助言通り、ゆっくりとはっきりと挨拶をこなした。


「本日は、私の聖成式に参列頂きありがとうございました」


「私も聖成式をもって、創造主にそして臣民に責任を負う立場となりました。身が引き締まる思いです」


「私は王太子を頂くにあたって、この国の発展のため、ひとつ事業を開始する事にしました」


「ここ王都サンクリッドと、わが国第二の都市、ポルトアート間に新たな街道を建設する計画を実行致いたします」

 晩餐会場からは驚きの喚声が上がった。

「完成すればこの国に発展をもたらすと……信じています」


「私は、皆様と共にこの国を豊にしていきたいと思っています」


「今宵は少しばかりの料理と酒を用意しました。ゆるりと王都の夜を楽しんでください」

 会場の列席者はしばらく畏まった後、立派なスピーチをこなした九歳の少年に盛大な拍手を送った。


 楽団による小気味よいテンポの管弦楽曲が演奏され始めた。

 いよいよオートキュイジーヌの宴が始まる合図である。

 扉が開かれ、揃いのコスチュームに身を包んだ給仕人達が、まるで行進するかのように入場してきた。

 その両手には白磁の皿に美しく盛られたオードブルが載せられている。

 会場はこの見た事の無い光景に感嘆の声に包まれた。


「なるほど、テーブルに料理が無いのはこの演出のためか。さすがレ―ヴァン王国よ!」

 バーグマン国王が至極満足気に頷いた。

 このテーブルの給仕を担当するのはステラとサーシャである。

 彼女達は流れるように美しく皿を提供していく。

 最近二人はノアの難題をこなしているせいか、作法も身に着け、とても洗練されてきていた。

 事実を知らなければ彼女達がA級冒険者である事など、誰も信じないだろう。


いろどりが美しいな……。皿も良い」

 グラブフォルム国王もいたく感心しているようだ。

「さて、どうやって食すればよいのだ?」

 

「陛下、一番外側のカラトリーからお使い下さいませ」

 そうアドバイスしたのはグラブフォルム王の隣に座ったエジェリーだった。

「彼女は今宵の晩餐会の総責任者、バイエフェルト伯爵の娘、エジェリーと申します」

「ほ~う。そなたの美しい黒髪はここでは珍しいのではないか?」

 ちょっとはにかみながら首を縦にふるエジェリー。

「わが故郷ふるさとから東方の島国の女子おなご達の髪によく似ておる」

 その言葉にノアは瞬時に反応した。

「陛下! そのような島国が存在するのですか!」

「うむ。日がずる最果ての地よ。その先はもう大海原しかない。武士もののふは強く、女子おなごは皆美しかったぞ」

 ――おそらくこの世界の日本なのだろう!

「その島国に是非行ってみたいものです……」

 そう言いながら、ノアはグラブフォルム王の正体に迫りつつあった。



 そしてステラがスパークリングワインをグラスに注いで回る。


「これは実に軽やかであるな。香りも良い。気泡が沸き上がる不思議な酒だ!」

 グラスを目の前で揺らしながらレベッカに重ねた。

「そちらの赤髪の令嬢は魔術士であろう」

「さすがはグラブフォルム陛下、御明察にございます。レベッカ・スピルカと申します。どうぞお手柔らかに!」

「ハーッハハハハッ! バイエフェルト伯家とスピルカ伯家の令嬢とは。レ―ヴァンの賢者殿はよほどのヤリ手とみえる」


「イケません事よ、陛下。もの言いが下品に聞こえますわよ」

 

「なにが下品なものか! 毎晩両手に極上の花で、うらやましいかぎりぞ」

 それを聞いたエジェリーとレベッカは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

 二人の反応をみたグラブフォルム王は驚きの表情を浮かべた後、ニヤついた口元を見せる。

「まさか……、まだなのか!」 


「もう、いい加減にしなさい! あなたがどう思われても構いませんが、我が家の品位まで疑われますよ!」

 バーグマン王妃が眉間にしわをよせながら苦言を呈す。

 グラブフォルム王は首をすくめ、そっぽを向いた。


 苦笑いを禁じ得ないノアであったが、ひとまず和やか? に食事が始まった事に安堵した。


『聞こえるか……、フレイヤ』

『はいノア様。感度良好です』

『配置についたか?』

『はい、今アリス様のお席のすぐ傍におります』

『こちらの状況はかなり厳しくなった。ぼくは動けない。なにかあった時は君を頼りにしている。頼んだよ』

『かしこまりました』

 あれからフレイヤは魔術力・戦闘力をアップすべくノアとマンツーマンでトレーニングを積んでいた。

 

「ほ~う、レ―ヴァンの賢者は、ずいぶんと興味深い術を使うようだな」

 グラブフォルム国王はフォークの手を止めニヤリと口角を上げ、ノアを鋭い眼差しで射抜いた。

 ノアはフレイヤとの魔力糸通信を一瞬で見破られた事に驚愕したが、ポーカーフェイスを貫く。

「さて、何の事でしょうか」

「しらじらしい事よ」



 サーシャが銀製のカップに注がれたコンソメスープを提供して回る。

「熱いな。これは牛の出しだな……。なんと奥深い味わいよ」


 いつの間にか楽団の演奏はゆったりとした優雅な曲調に変わっていた。


 つづいてステラが魚料理ポワソンを提供して回る。

 白磁の皿をキャンバスに、三色のソースで彩られたピンクトラウトのムニエルが、会場

を沸かせた。

 ノアが開いた試食会の時より、さらに完成度を高めていた。

「焼きたての食欲をそそる香り、とても食べやすく美味しいですわ」

 バーグマン王妃のナイフとフォークは止まらない。 


「陛下、この様な美味な魚料理は初めて頂きましたわ」

 シーリーンがとても幸せそうな表情を見せた。

「うむ、魚は食い飽きているが、これは良い。うちの料理人はまだまだだな」


 会場からも賛辞が止まない。

『さすがは王家! 格が違う』

『料理とは、かくも美しいものなのか!』

『すべてが新しい! この白磁の皿だけで王家の財力が知れる。持って帰りたい……』

 会場内の諸侯たちは新たな料理が運ばれるたびに驚愕し、絶賛の嵐が沸き起こっていた。


 そして口直しのソルベ、リンゴのシャーベットで、招待客は一息つく。


 ノアがふと雛壇の王家を見ると、親子四人とても楽しそうに食事をしていた。

 ノアの視線に気が付いたのか、王妃がノアに優しく会釈を返した。



 いよいよ給仕人達によって本日のメインディッシュ、鹿肉のフィレステーキが提供されはじめた。

 楽団はアップテンポのマーチで、場をさらに盛り上げる。

 この一皿はすべての招待客の胃袋を鷲掴みにする事だろう。

 ――さあ、異世界の食通達よ。この一皿に跪くがよい!



 そんな時、レベッカが突然ただ事ならぬ様子でノアに呼びかけた。









最後までお読みくださり、ありがとうございます m(_ _"m)

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