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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編
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第82話 魔力障壁



 レ―ヴァン王国王太子の成聖式を翌日に控えた一月二十日。

 徹夜で朝帰りのノアは朝食の最中、圧倒的な睡眠不足にあくびが止まらなかった。


「ノア様、昨夜はよくお休みになれなかったのですか?」

 食後のお茶を入れてくれたアイリが、いかにも不審そうに尋ねてきた。

 なんとなく機嫌を損ねている様子が見て取れる。

 ――エッ、昨夜ゆうべ抜け出したのがバレてる?

「う、うん。なんだかよく眠れなかったみたいだよ……」

 ノアは震える手がバレない様にティーカップを置いた。

『クンクン』とアイリが鼻をならす。

「なにやらノア様から、とても良い香りがしますね……」


 ――ああ、アイリ鋭すぎ! そのジト目は痛すぎるよ……。


 そんな時、ノアを救う様に突然扉はノックされた。

「こんな朝早く、誰だろう?」

 ノアとアイリは首を傾げながら視線を合わせる。


 応対に出たアイリが招き入れたのは、新たに近衛騎士団長に就任していたモレット・スペンサーであった。

 スペンサーは三十二歳、智勇兼備で部下からの信頼も厚い逸材である。

「おはようございます、賢者様。朝早くから押しかけて申し訳ありません」

「ああ、あなたでしたか、スペンサー近衛騎士団長」

そしてもう一人、スペンサーの供をしてきた男がノアに挨拶をする。

「お初にお目にかかります、賢者様。近衛騎士団副長を拝命致しましたヒューイ・エドワーズと申します。以後お見知りおきを」

 彼は三十歳前後のいかにも武人を思わせる実直そうな男だった。

 ノアも立ち上がって挨拶を返す。


「ちょうど朝食が終わったところです。どうぞお掛けになって下さい」

 ノアは来客用のソファーに着席を促した。

 アイリはちょうど湯を沸かしてあったので、すぐに熱いお茶を出すことができた。

「ありがたい。今朝は特に冷えましたからね」

 そう言いながらスペンサーはカップで手を温めながらアイリを見上げる。

「君はあの時のお嬢さんだね。怖い想いをさせて申し訳なかった」

 スペンサーに倣ってエドワーズもアイリに頭を下げた。

「私こそ、翌日にお見舞いにいらして頂いたそうで、そのお礼も申し上げられず、すみませんでした」

 アイリは近衛騎士団長の謝罪に恐縮し、深くお辞儀を返した。


 熱い紅茶で一息ついた後、スペンサーは口を開いた。

「それにしてもまさかセントレイシアの聖女様がお下りになられるとは想定外でした。衛士隊長がぼやいておりましたよ。『仕事が倍以上に増えた……』と」

 さもありなんと、ノアも相槌を打った。

「しかし昨日は驚かされました。まさかそのお二人の聖女様が賢者様に跪くとは。全くあなたは底が知れないお方だ……」

 ノアは苦笑いするしかなかった。

「あの後王家の方々は大騒ぎでした。『我々は今まで賢者殿に大変失礼な事をしてきたのではないか』と。これからは『賢者殿を上座に据える』という事で落ち着いたようですが」

 ――まったくローゼマリーさんも余計な事言ってくれたものだ……。

 

「さて、今日こうして朝早くからお邪魔させて頂いたのは、是非賢者様のお考えを伺っておこうと思いまして」

 ノアはなるほどと、大きく頷いた。

「明日は大変な一日になりそうですからね。いよいよ新生近衛の晴れ舞台ですか」

「おっしゃる通りです。良くも悪くも指揮系統が別物になりましたからね。私もとんだ貧乏くじを引かされたものです」

 スペンサーは頭を掻きながらぼやいてみせた。


「明日の行事で最も狙われるのは誰でしょうか」

「もちろん国王一家ロイヤルファミリーですね」


「これまでの情勢から見ても、この時期に突然大規模な攻撃……破壊活動を仕掛けてくる可能性は低いでしょう」

 二人の近衛騎士は頷く。

「明日、警戒しなくてはいけないのは、晩餐会だとぼくは思っています」

「同感です」

「隣国の外交官などに刺客が紛れ込んで来るかもしれません。特に同伴の女性には注意が必要でしょう」

「我々には判別する手段がありませんからね」


「そしてぼくが最も危惧しているのは、晩餐会での料理への毒物混入と闇魔導士による呪詛です。実は過去にこの二つの攻撃で、ぼくは痛い目を見ているのですよ……」


「すでに賢者様は対策をお考えと思われますが」

「物理的な目に見える攻撃の対応は近衛の皆さんを期待しています。ぼくは特に目に見えない闇魔導士対策に比重をかけます。ぼくの他に魔力感知が出来る者が五人いますので、それぞれ会場内に配置する計画です」

魔力感知が出来る五人とは、スピルカ姉妹、サーシャ、ステラそしてフレイヤの事である。


「それから王家の雛壇の席の周りに魔力結界を張ります」


「さらに専属のボディーガードとして、王子殿下にはアールステッド侯爵家のタイラーさんを、王女殿下にはハルバート伯爵家のフーガさんを既に配置しています」


「なるほど、軍部からも期待されていたお二人です。家柄・実力とも両殿下の護衛としては申し分ありませんね」


「彼らには両殿下の安全を最優先するように特命を与えています。極端な話、国王陛下と王子殿下が同時に危険にさらされた場合、迷う事無く王子殿下の安全を確保します。これはあらかじめ近衛の方々にもご留意頂きたい」


「徹底していますね。承知致しました。全隊に周知しておきましょう」


「もちろん何もなければ、それに越した事はありません。しかし最大限の警戒態勢を敷く事はぼくたちの義務だと言えるでしょう」


「どうだ、副長。勉強になっただろう⁈」

「はい団長。ただただ賢者様の思慮深さに感銘いたしました!」


「バカ者! 王家を守りたてまつるという事はこういう事だ。これからはおまえも警備計画を立案していくのだぞ!」

「も、申し訳ありません! 勉強させて頂きます」

 スペンサーは副長の未熟さに頭を振った。


「ちょうど良かった。これからぼくも会場の下見と細工に王宮へ登ろうと思っていたところです。荷物が多いので手伝って下さいますか?」

「お安いご用です」

「アイリ、ぼくたちも王宮に出掛けよう。君も料理長と打ち合わせがあるのだろう」

「はいノア様。それでは早速支度を致しましょう」



  * *



ノア達を乗せた近衛の馬車が王宮前広場に差し掛かると、そこから正門を抜けて王宮に至るルートは、すでに馬車が連なり渋滞をおこしていた。

王国内各地から明日の式典参列のため、諸侯が領地より出京して来ているためであった。


「これはいけませんね。我々は楓の門から入りましょう」

 ――さすが近衛! 自由自在。こんな時頼りになります。


 馬車が宮殿入り口前に寄せられると、すかさず衛士が駆け寄り馬車の扉を開ける。

「君、ちょっと荷物が多いのだ。誰か手伝いを頼む」

 スペンサーが衛士に声をかける。

「それで賢者様、どちらにお運び致しますか?」

「明日の晩餐会会場へお願いします」


 三人の衛士に荷運びを手伝ってもらい、さっそく晩餐会会場へと向かう。

 そこは宮殿一の収容人員を誇る迎賓の大広間であった。

 日中とはいえ明かりが灯されていない巨大な空間は、静寂に包まれ、少し薄暗く感じた。


 すでに白いテーブルクロスで覆われた円卓が綺麗に配置されている。

 八人掛けの円卓が四行八列に並んでいた。


「荷物はその辺に置いて頂ければ結構です。ありがとうございました」

 三人の衛士はノアに深く一礼すると持ち場に戻っていった。


「申し訳ありませんが、二階の殿下のお部屋に行って、タイラーさんとフーガさんがいるはずなので、呼んで来てもらえませんか」

「かしこまりました!」

 そう答えて素早く行動に移したのは、近衛副長のエドワーズだった。


「それではアイリ、君は自分の仕事に行きなさい。あとでぼくも顔を出すから」

「はいノア様。そうさせて頂きます」


 しばらくすると、エドワーズ副長に連れられ、タイラー・フーガ・レベッカの三人が現れた。

「あれ、レベッカもいたんだ」

「もうヤダ師匠。『いたんだ』はないでしょう! わたしはあれから毎日王子殿下のリバーシの相手に呼び出されているのよ!」

 少し申し訳なさを感じたノア。


「さてと。お二人にプレゼントがあります。タイラーさんには約束の剣を、フーガさんには大盾をリメイクしました」

 タイラーとフーガは顔を見合わせ頷き合うと、ノアの前へ進み出た。

「わが主よ。謹んで頂戴致します」

 タイラーは片膝をついて両手を差し出し、剣を受け取った。

「そんなに畏まらないで下さいよ」

「ノア……いやノア様は想像の遙か上を行くお方だった。オレは礼節はわきまえる男。これからはしっかりと臣下の礼は取らせてもらう」

 タイラーは昨日の聖女の振る舞いに感化されたのだろう。

「その剣の銘はぼくの杖のレーヴァテインにちなんで『レーヴァノヴァ』と名付けました。いろいろな効果を付与してありますからね。お楽しみに」


タイラーは静かに鞘から剣身を抜き、鞘をレベッカに預けた。

そして両手で握り構えてみる。

「軽い……。しかし圧倒的な質感がある」

 

「フーガさんにはこの大盾を」

 

 フーガもノアの前に片膝を付き、両手で大盾を受け取った。

「これは随分と美しく、威厳が増しましたね。威圧感が凄い」


「この盾の銘は『眠り姫の守護者』にしました。マーガレット殿下とフーガさんをイメージしたのですよ」

「それは良い銘を頂きました」

 フーガは輝く盾の表面を摩りながら、ノアに頭を下げた。

「そしてその剣と大盾には色々細工がしてあるのですよ。ぼくはちょっとコツを掴んで、『レーヴァテイン』を遠隔操作出来るようになったのです。ある程度の距離ならば、『レーヴァテイン』を起点に『レーヴァノヴァ』と『眠り姫の守護者』が同調するように仕上げました」


「何がしたいのか……と言えば、杖と剣と盾で三角形を作り、その三辺で魔力障壁を張れるようにしたのです」


「魔力障壁は発動者と発動場所の距離に比例して弱まる性質があります。その弱点をその杖と剣と大盾でカバー出来るようにしたのです」


「さっそくテストしてみましょうか。タイラーさんはそこのスタンドを使って王家の席の右側に剣を据えてください。フーガさんも同様に左側に」


 そしてノア自身も王家の席の後方中央に愛杖を据えた。


「よし、準備完了だ。レベッカ、あの王家が座る席に向けてファイヤーボールを打ってごらん」


「エ~ッ! 師匠、大丈夫なの? 燃えちゃっても知らないわよ」

 心配そうなレベッカに対し、微笑みで返すノア。

 あとは言われるがままに右腕を上げ、彼女はファイヤーボールを一発発射した。

 申し分のない高速で目標に到達する炎弾。しかし王家の席の直前で吸収されるように四散し、波紋が空間を歪ませながら広がりを見せた。

「どうして? 消えちゃった……」

「上手く作動したようだね。この結界は物理的さらに魔力的なエネルギーを瞬時に分散吸収する性質があるんだ」


「よしレベッカ、今度は全力で撃ってみてごらん。まあ君くらいの火力じゃ通らないと思うよ」

 ノアは『フフンッ!』と少しレベッカを挑発してみせた。

「言ったわね! 目にモノ見せてあげるわ!」

レベッカが両手を目標に向けて突き出し集中する。

 

「おお、レベッカいつの間に。なかなか……やるね!」

 予想以上の火力を練るレベッカに焦るノアだった……。


「イクわよ~、フレア・バースト!」

 巨大な火球が周囲を明るく照らした。

 膨大なエネルギーが目標を蹂躙する……と思われたが。

 またしても空間を大きく歪ませ、大火球は消滅した。干渉した会場内の空気までもが激しく揺れて。


 ――ちょ、ちょっとヤバかったかも……。


 思わず身構えてしまった近衛の二人はあっけにとられていた。

「いやはや、テストとは言え一流の魔術士の攻防とは、すさまじいモノですね」


「う~ん、まだまだなのね。もっと練習しよう!」

 このポジティブさがレベッカの長所に違いない。


「それじゃみんな、明日は手筈通り頼むよ。決して油断しないように」

「かしこまりました。」と頭を下げるタイラーとフーガ。

「わかったわ!」とVサインのレベッカ。



  * *



 迎賓の大広間で一同と別れたノアは、その足で厨房近くにあるバイエフェルト伯爵の執務室を訪ねた。

 扉をノックすると応対に出たのはエジェリーだった。

 彼女は一瞬嬉しそうな表情をみせたが、すぐにうつむいてしまう。

 執務室のソファーにはバイエフェルト伯と料理長の姿があった。

 どうやら打ち合わせ中のようだ。

 ノアに気付いた二人は同時に立ち上がった。

「これは賢者殿。ようこそお出で下さりました」

 嬉しそうに向かい入れてくれたのはバイエフェルト伯爵である。

「先日は過分なご指導を頂き、誠にありがとうございました」

 そう言って深々と頭を下げたのは料理長だ。

「そんな指導なんてとんでもない。ぼくはちょっとしたヒントを差し上げただけですよ」

「さあ賢者殿、どうぞお座りください」

「いえ、ぼくはすぐ帰りますので。少し厨房を覗かせていただけますか」

 少し残念そうな表情を見せた伯爵だったが。

「わかりました、ご案内いたしましょう」


 伯爵と料理長に案内され、ノアは厨房に入った。

 巨大な厨房は湯気が立ち込め、とても良い匂いがした。

 数十人の料理人がそれぞれの持ち場で仕事をしている。

 ノアは真剣に仕込みに集中している料理人達を頼もしく思った。


 厨房を見渡すノア。ハーロルトを探しているのだ。

 大きな寸胴鍋の前で味見をしている彼を見つけると、ノアは歩み寄り、後ろから声をかけた。

「ハーロルトさん、お味はどうですか?」

 ノアの呼びかけにハーロルトは直ぐに向き直った。

「これは賢者様。このような所までわざわざお越しいただいて……」

 ハーロルトは帽子を取って深くお辞儀をした。


「いよいよ明日は本番ですね。期待していますよ、ハーロルトさん!」

 ノア軽くハーロルトの右腕を『ポンポン』と叩いた。


「賢者様、自分でも信じられないくらい感覚が研ぎ澄まされているのを感じます。明日は全力を尽くします」


ノアはハーロルトからあまり馴染みの無い魔力を感じ取った。

 これはきっと才能あふれる芸術家たちが放つ魔力に違いない、とノアは納得したのだった。









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