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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編
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第81話 聖女襲来3~密会~

 

 どうやらアイリも風呂に入り終えて、侍女部屋に入った様だ。

 ノアは『ムクッ!』とベッドから上体を起こす。

 そっとベッドから降りると、ブーツに足を差し込んだ。

 きずれの音がしないように深緑色のローブを慎重に羽織る。

 そして掃き出し窓を開けると、静かにテラスに出た。


 ――ウ~ッ、今夜は冷えるね。

 陽が落ちてから、小雪が舞い始めたようだ。

「さてと。行ってみようか……テレージアが待っている」

 セント・オルヴェ教会まではノアが走れば半刻とかからない。

 軽やかに走り出したノアはすぐに暗闇に溶けていった。


 テレージアは大聖堂と回廊で繋がった教会施設に宿泊しているはずである。

 ――さて、彼女はどこにいるのかな?

 早速ノアは索敵魔術を放ち、テレージアの聖魔力を探った。

 聖女ローゼマリーにはバレてしまうかもしれないが、どうせ彼女は今夜自分が忍びで訪れる事などお見通しだろう。


 ――いたいた、三階の灯かりのついたあの角部屋だ。

 石材で組まれた凹凸の多い外壁は、ノアにとっては実に登りやすかった。

 あっという間に目標のバルコニーの上端に辿り着くと、ノアは羽毛の様に軽く舞い降りる。

 そして窓の隅からそっと中を覗いて見た。

 外と内の温度差によって窓は曇っているが、机に向かい、なにやら書き物をしているテレージアの姿が見えた。

 ノアは深緑色のローブのフードを外し、両手で髪を整えから、大きく息を吸い込んだ。

  

 意を決すると、ノアは窓の小さな内鍵を魔力で解錠する。

 その小さな音に気づいたテレージアは、すぐに窓側に視線を向けた。

 ノアは掃き出し窓を手前に引いて、聖女の部屋に足を踏み入れた。

 

「鈴華さん。こんばんは!」

 

 ノアは、どんなマシンガントークが飛んでくるかと覚悟していたが。

 よろめく様に立ち上がったテレージアの瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちるだけだった。

 

 ――またやられたよ。君はいつもぼくの意表を突く……

 ノアはゆっくりとテレージアの前に進むと、彼女を優しく抱きしめた。


「こんな遠い所まで……よく来たね」

「ウン……」


「だって、隼人さんに逢いたくてしかたなかったの」


「さあ鈴華さん、暖炉の前に行こうか」

 ノアはテレージアの肩を抱き、暖炉の前のソファーにいざなった。

 彼女を座らせると灰かき棒で薪を少し調整する。

 少しだけ炎が上がったが、すぐに薪は落ち着きを見せた。

 そしてテレージアに寄り添うようにソファーに腰を下ろした。


「何を書いていたの?」

「日記よ。日本語で書いているの。誰にも読まれる心配がないじゃない。転生したこの世界での日々を忘れないために。そして懐かしい日本語を忘れないために……」


「それはいい習慣だね。ぼくも見習おうかな」

 そういえば最近日本語で文章を書いたことないな……。と自覚したノアだった。

 

「隼人さんがいなくなってから、ずっと泣いていたの。そんなわたしをクラレットとカーマインが勇気づけてくれたわ。今ではとても仲良しなのよ。とってもわたしに尽くしてくれるし」

 ノアは気がかりだった三人の関係が良好な事に、まずは安堵した。

「ローゼマリー様はこの旅が終わると聖女の役目を退くそうなの。だからローゼマリー様もこの旅をとても楽しみにしておられたのよ」


「それでみんなで悪巧みしたんだね」

「正解!」

 ちょっといたずらな微笑みを浮かべるテレージア。


「そうだ鈴華さん、旅の話を聞かせてくれないか。野営とか大変だったんじゃない?」

 今度は少し得意げな表情を浮かべる。

「私達には教会ホテルがあるのよ!」

「どこの町や村に立ち寄っても、それは申し訳ないくらい歓迎されるのよ」

 なるほど、とノアは首を縦に振った。

「カールソン砦でもそれは歓迎されたわ。わざわざ辺境伯様も砦まで会いに来て下さったの」

「守備隊長のクロウデルさんがとても良い方で、私たちが隼人さんと親しい関係だと知ると、益々歓迎されちゃったのよ」

「もちろん砦の皆さんもよ。去年砦が攻撃を受けた時、隼人さんが助けてくれなければ全員死んでいたって……」


「峠越えは大変だったわ。砦の皆さん総出で雪かきしたり魔術で溶かしたりして、わたし達の馬車を通してくれたの」


「ねえ隼人さん。続きは昔みたいにベッドでお話しましょ」

「そう来ると思っていたよ」

 二人は立ち上がると乱暴に衣服を脱ぎ捨て、下着姿でベッドに潜り込んだ。

 あの頃と全く変わらない行為だ。

 早速「寒い」と言ってノアにしがみつくテレージア。


「ああ、懐かしい……。隼人さんのにおいがする」

「ごめん、臭い?」

 テレージアは首を振った。

「このにおい、持って帰りたい! 隼人さん魔術でなんとかして」


 それから二人は時を忘れ、たわいもない話で二年の歳月を埋めようとした。



 *  *



 東の窓が少しオレンジ色を映し始めた。

「そろそろ帰らないと」

「帰っちゃダメ~! キスしてくれなきゃ帰さない!」

 そう言ってテレージアはノアをきつく抱きしめた。

「それって聖女の君がまずいんじゃないの?」

「大丈夫よ、初めてじゃないし!」

 ノアはガクッと頭を落とした。

 ああ、あの時だな……。ノアには記憶は無いが心当たりがあった。

 教皇庁で毒を盛られ昏睡していた時に、テレージアが口移しで聖水を飲ませてくれていたのだ。


「じゃあ鈴華さん、頂き……ます」

「どうぞ、召し上がれ」

 テレージアはそっと瞼を閉じた。

 ノアは自分の予想に反して、強く長い口づけになってしまった。

 唇を離すとテレージアの瞳は悩まし気であったが、なぜか急に眼光が鋭くなった。

 

「ねえ隼人さん。わたし以外にもキスした人いるでしょ!」

 テレージアの声色こわいろも変わった。

「昼間大聖堂であなたの後ろに控えていた二人の女の子ね」

 ギクリ! とせざる得ないノア。

「どっちだか当ててみましょうか」

 ノアは恐る恐る首を縦に振った。

「黒い髪の女の子ね……」


「当たり。それは聖女のチカラなの?」

 テレージアはクスクスと笑った。

「ダメね~隼人さん。単なる女のカンよ。こんな事くらい普通の女の子でも簡単に解かるわ」


「あの娘の私を見る目だけが、ほかの誰とも違うのよ……。とても警戒したような怯えた瞳……」

 女の洞察力は鋭いと思い知らされたノアだった。


「ね~え、隼人さん。わたしたち……結ばれてはいけないの?」

「聖女様は純潔が絶対条件だ。シャ―ル教は女性に対して極めて強い貞操観念を要求しているよね。ぼくが欲求のままに君を抱いてしまったら、その後どんな事態を引き起こすか想像も出来ない……それこそ歴史を歪ませてしまうかもしれない」

 テレージアは唇を尖らせて不満をあらわにした。

「じゃあ聖女を引退したら絶対お嫁さんにもらってね!」


「まいったな……。そうするとぼくはあと何十年も結婚出来ないって事かい?」


「違うの、隼人さん」

「この世界は前世の日本とは違うのよ。一夫一婦の決まりはないわ。あなたは自分で幸せに出来るだけの妻を娶ればいい……」


「だいたいあなたを独占できる女性なんて、この世界に存在しないわ」


「そうか……なるほど。それが鈴華さんの出した答えなんだね」

「その時わたしはもうおばさんになっているかもしれない。でもね、それを支えにわたしは聖女の務めを果たしていける気がするの」


「きっとわたしがあなたの最後の妻になるのよ」



「それともう一つ。どうしても隼人さんの耳に入れておきたい事があるの。これはローゼマリー様の意思でもあるわ」


「最近同じシャール教でも、教皇庁と敵対する勢力が急速に力を付けているみたいなの。神聖シャール国の周辺国でもかなり衝突が起きているみたい」


「その勢力の名称は?」


「正統シャール教、神樹会」


「隼人さんなら知っていると思うけど、もともとシャール教には複数の会派があるわ。でもこの神樹会は過激な武闘派で有名なの。最近新しいリーダーが現れて、『教皇庁の腐敗をただす』とか言って民衆をあおっているのよ」

 ノアはなるほどと頷いた。


「君とぼくの前世の世界はほとんど変わらないから、おそらくキリスト教は存在していただろう」

「ええ、もちろん。世界三大宗教の一つよね」

「そのキリスト教でも、中世末期には大きな宗教戦争が起きているんだよ。ローマカトリックとプロテスタントの対立がいろいろな思惑を飲み込み、国家間の戦争までエスカレートしてしまうんだ」


「残念ながら宗教と戦争は切っても切れない関係にあるのさ。そして神の名の元に大勢の兵士や民衆が命を奪われてしまうんだ」

「どうやら君は、大変な時に聖女を努めなければいけないのかもしれない……」

「君は好まざるとも聖女である以上、争いの渦中に引きずり込まれてしまうだろう」


「ぼくは今、そんな戦争を少しでも減らそうと考えている。愚かな行為かもしれないが、戦争を抑えるための戦争の準備を始めているんだ」

 ノアは自分自身に言い聞かせるように、何度も頷いた。

「ありがとう鈴華さん。ぼくはもっと大切な君の安全に力を注がねばいけない事を再認識できた」


「頼りしているわよ、未来の旦那様!」


「君はぼくが必ず守る……。さてと、今度は本当に帰らないと」

 さすがにテレージアも引き留める事は無かった。

「隼人さん、わざわざ来てくれてありがとう。とてもうれしかった……」


「ここはサンクリッドだよ。しばらくは何時でも会える!」

「うん」

 テレージアの無理に取り繕った笑顔がとてもさみしそうに見えた。


 密会と呼ぶには余りにも幼稚な夜であったが、運命にあらがう事が出来ない二人には、精神的そして肉体的にも辛い一夜であった。



  * *



 ――う~ん、一夫多妻か~。男のロマン、はたまた男の甲斐性とも言えなくもないが……。なんかとっても面倒な事になりそうだな~。

 ――ああ創造主さま~、ぼくはこの先どうすれば良いのでしょうか……。


 そんな事を考えながら、ノアは夜明けのサンクリッド市街を駆け抜けて行った。







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