第77話 王子殿下と王女殿下<前編>
今年も冬の訪れを実感する十一月下旬の月曜日。
国王夫妻との四度目のお茶会が模様される期日がやってきた。
ノアの悩みの種は、その茶会の席で献上する一品だった。
今回はアイリと共に前世のケーキ『モンブラン』を再現してみた。
ショートケーキを完成させていた二人には決して難しい行程は無かった。
そう、秋といえば栗なのである。
この異世界でも栗は古代から重要な食物として重宝されているようだ。
歴史書では幾度も飢饉を救ったとの記述を見る事が出来る。
栗はどちらかといえば貧しい者達が食するモノであった。
しかしそのポテンシャルを侮ってはいけない。
この『モンブラン』がそれを証明してくれることだろう。
宮殿奥深く、いつもの国王の豪華な居間に通されたノア一行。
「ノア殿。今日のずいぶんと共が多いな」
出迎えた国王の第一声がこれだった。
今日の供とは、エジェリー・レベッカ・タイラー・フーガの事である。
「なるほど、そう言う事か……」
この茶会の後、王子殿下と王女殿下に目通りする予定が組まれている事をすぐに察しての返答だった。
ノアを先頭に挨拶を済ませる。
「よい、おまえ達も席に着くがよい」
国王はノアの供全員に席に着く事を許した。
「はッ、ありがたき幸せ!」
タイラーが代表してお礼を述べ、供の四人は合わせて一礼した。
国王、王妃、宰相、それにノア達五人と、いつもの大きな円卓は賑やかに囲まれた。
部屋付きのメイド達がそれぞれに香りの良い紅茶を注いでいく。
「本日は王妃殿下スペシャルの第二弾をご用意致しました!」
それを聞いた王妃は、期待に満ち溢れた笑顔を浮かべた。
ノアの言葉に合わせてエジェリーが呼び鈴を手に取り、優しく鳴らす。
衛士によって扉が開かれると、メイド服のアイリがワゴンを押して入室してきた。
前回ほどでないにしろ、やはり緊張しているアイリだった。
国王から順にケーキの乗った皿を置いて行くわけだが、アイリの緊張がみんなに伝播しているのが良く解った。
全員が固唾を飲んでアイリの一挙一動に注目している。
アイリが何とか無事に配り終えると、申し合わせた様にみんなが息を吐いた。
「これは『モンブラン』と名の有るケーキにございます」
「はて、『モンブラン』とは変わった名前だな」
宰相が珍しそうにそれを眺めながら呟いた。
「まあ、山をイメージしたケーキと思って下さいませ。それではどうぞお召し上がり下さい」
「まあ! とても上品な甘みだわ。これは何の風味かしら?」
王妃はゆっくりと味わいながら首を捻った。
「これは栗でございます」
ノアはニヤリと口元を緩ませて見せた。
「なんと栗とは! 栗とはこうも味わい深いものなのか」
宰相が驚きの声を上げた。
おそらく方々は庶民が食する栗などは、今まで食べた事がないのだろう。
「栗は栄養価も高く保存が効きます。とても優秀な食物なのです。王家におかれましては、栗の栽培を奨励する事をお勧めいたします」
国王と宰相は納得したように大きく頷いた。
「ああ、美味しかった。ノア様、今日も珍しいものを頂きました。ありがとう」
「お気に入り頂けたとあらば、こちらもしばらく王妃陛下のみにご提供とさせて頂きますが、いかがでしょう」
王妃はニヤリと口角をあげる。
「さっそく次の婦人会で使わせて頂くわ。アイリ、お願いしますね」
「かしこまりました。王妃殿下」
突然振られたアイリは、驚きながらも深々とお辞儀をした。
「それでは本日は、出来るだけ王子殿下と王女殿下のお相手を務めさせて頂きたいのですが」
ノアは頃合いを見て語りかけた。
「うむ、それが良かろう。案内しよう、ついて参られよ」
「ノア様、よろしくお願い致します」
そう言って国王が立ち上がると王妃が付き従った。
「アイリ、ごめん。後は頼むよ」
「かしこまりました。皆様、行ってらっしゃいませ」
ノアは一人だけ部屋に残すアイリに申し訳なく思った。
国王に先導され、近くの曲線が美しい階段から二階へと上がった。
この時代の王侯貴族、その頂点は当然王家の訳だが、幼少期の王子や王女はほとんどの時間を親から隔離されて生活している。
ここレ―ヴァン王国のローランド第一王子や、マーガレット第一王女も例外ではなかった。
宮廷内の定められた居住区で、乳母や侍従、メイドや教師らに囲まれ、一日のほとんどの時間を過ごしているのだ。
部屋の扉の両側に立つ衛兵が、国王夫妻の姿を認めると瞬時に一度姿勢を正し、それから扉を左右に大きく開いた。
室内はかなり広いが赤い絨毯が敷かれ、日当たりが良いのでとても暖かかった。
片隅に置かれた豪華なソファーでは、王子と王女が大人達に囲まれ、読書をしているようである。
「ローランド、マーガレット、こちらに来なさい。今日は大勢の客がみえられたぞ」
国王がそう呼び掛けると、王子は妹の手を取り、小走りでやって来た。
二人供、とてもうれしそうな表情をしている。
「さあローランド、お客様をお迎えしなさい」
王妃が王子に優しく語りかけた。
王子と王女は部屋の中ほどでノア一行を迎えた。
「ローランド殿下、マーガレット殿下、お初にお目にかかります。ノア・アルヴェーンと申します。どうぞお見知りおきを」
ノアは特別畏まる事無く、胸に手を添え軽く頭を下げた。
ローランドはそんなノアの簡単な挨拶を不信に思ったようだ。
「おまえはなぜ、余の前で膝をつかないのだ!」
「ぼくはこの王国の臣民ではない。君の父上と母上の友人であるだけさ。だから君に膝をつく理由はない」
ノアは王子相手に普通に話しかける。
「ぶ、無礼者!」
子供らしい不愉快さをぶつけたが、ノアは至って平然としている。
ローランドは壁際に控える大人達に視線を向けるが、みんな王子とは視線を合わせなかった。
「後ろの者達は皆見た事がある顔だぞ。なぜ膝をつかんのだ!」
「彼らはぼくの供としてここに来ている。だから君に膝をつく必要は無い」
ローランドは初めての経験に戸惑っているようだ。
「それではおまえは何のためにここに来たのだ」
ローランドはノアを警戒し怪訝に思っているに違いない。
「ぼくは、ただ君と話がしてみたくて、ここに来ただけだよ」
「おまえは賢者だと聞く。余に学問を教えにきたのではないのか」
「ぼくは、君と友達になりたくて来たんだ。ただ遊びに来ただけだよ」
「友達?」
マーガレット王女は、兄と賢者のやり取りを下から不思議そうに眺めていた。
国王と王妃は、そんな子供達に目を細め、そっと部屋を後にしていった。




