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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編

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第76話 ノア、リアル着せ替え人形に目覚める!


 ノアは前々から思っていた……。

 この時代の女性達のトイレは、さぞや大変なのだろうと。

 理由は当然、その服装にある。

 特に身分の高い女性達が着飾るふんわりドレス、フープ・スカートと呼ばれるアレである。


 ノアはなぜフープ・スカートの形状があのような造形であるかの知識を持っていた。

 前世の記憶でも、太陽王(ルイ14世)が築いたヴェルサイユ宮殿が汚物まみれだったのは有名な話である。

 貴婦人たちはみな、スカートの中で持参のおまるを股で挟んで用を足したそうだ。

 場合によっては『そのまましちゃった』らしい。

 

 幸いこの世界のレ―ヴァン王国王都サンクリッドでは、そのような行為はなかった。

 固定式のトイレが既に普及しているからである。

 この地には北側の山脈から流れ出る、清らかな水が豊富だった。

 なるほどレ―ヴァン王家がこの地に王都を起こした大きな理由なのであろう。

 さらに賢者リフェンサーによって上下水道の整備も終わっている。

 こういった衛生環境では他国の首都を圧倒しているのが、ここサンクリッドだった。

 別段上下水道は技術的に不可能な土木工事ではない。

 前世でも既に古代ローマ人達は、水洗トイレや公衆浴場を持っていたのだから。


 そしてノアは想うのだった。

 それならば女性達の服装に、もっと機能美を持たせて良いのではないか!

 さて、どこから手を付けるべきであろうか……。

 

 まずは自分を支えてくれている四人の乙女でテストするのが良かろう。

 もちろん日頃の感謝の気持ちを込めて!


『そうだ! 制服を創ろう……』

 折角なら彼女達の防御力アップにも気を配りたい。

 耐魔力、耐火力、耐衝撃力、耐呪力……。


 この時代背景のファンタジー物では学院が舞台となる事も多いが、初めから制服を着用している事が多い。

 正直なところ、学院や学園の制服という概念は遙か未来のモノである。

 その矛盾もついでに解決せねばならない! 

 ノアは崇高なる使命感に突き動かされた。

 そしてノアはついにその命題に着手する。



  *  *  *  *  *



 ノアは自室のソファーに深く腰掛け、目を閉じ、腕を組みながら神妙な面持ちをしていた。

 対面のソファーにはエジェリーとレベッカが座り、その後ろにはアイリとリーフェが控えている。

 ノアから重大発表があると言う事で集められた四人の乙女達は、固唾を飲んでノアを見つめていた。


「みなさん……」

 ノアの両目は見開かれた。

「ぼくは、みなさんの制服を作る事に決めました!」

 四人が四人とも『ポカーン』としてノアを見た。


 すでに計画は秘密裏に進んでいた。

 魔術が付与された最強の生地はブレーデン司書長と開発済みである。

 制服のデザインも、アルヴェーン家の紋章も考案済みであった。

 仕立ては当然、ラフレイン縫製工房が担当する。

 既に店主、フリージア・ラフレインはノアの傍らでスタンバっている。

 

「それでは早速、君達の採寸を開始します! フリージアさん、お願いします」

 彼女は困惑の表情でノアをみた。

「さあどうぞ、始めて下さい」


「ノアが見ていて、出来るはずがないでしょう!」

 エジェリーが甲高い声でクレームをつける。

「ぼくはデザイナーとして、プロデューサーとして確認する義務と権利があると思うのだが!」

 当然の如く部屋から追い出されたノアだった……。



  *  *  *  *  *



 いよいよ、四人の制服解禁日の朝がやって来た。

 ノアの寝室を利用して着替えをする四人の乙女。

 そしてその傑作は、ついにノアの眼前に披露された。

 光沢のある紺色の生地がこの上ない上質さを醸し出している。

 膝上のスカート丈はこの世界ではかなり短い。

 本当はもっと短くしたかったのだけど、各種防御力の面から断念した……。

 女子高生の制服とビジネススーツ、さらにファンタジーっぽさを融合させたノアの傑作だった。

 胸ポケットには、新たなアルヴェーン家の紋章が刺繍されている。

 その紋章はふくろうと本と杖を使ってデザインされていた。


 この時代の一般的な服装に比べて、少しタイトでカチっとした印象を受けた。

 さらにフード付きローブと襟付きのマントがオプションも忘れてはいない。


 ノアを先導するエジェリーとレベッカは、部屋を出る前には少しだけ短いスカート丈を気にしていたが、いざ学舎に入り人前で注目を集めると、実に堂々としたモデルウォークを披露した。

 校舎内で、すれ違う生徒達の反応はすさまじかった。

 男子生徒は誰もが見惚れ、女子生徒は憧れの眼差しで見ている。 

 嫉妬などと言う下らない感情など、遙かに超越したものだった。

 ノアはその情景に深く感動していた。

 ――まあ、モデルも超一流の美少女だからね……しかし、これは楽しいかも。

 この時、ノアは気付いていしまったのだ。

『リアル着せ替え人形』の超趣味的要素に……。


 その時ノアは思い出していた。前世の記憶を。

 ノアは俗にいうオタクだった。良い意味で凝り性なのだ。

 別に容姿が悪い訳でもなく、性格に難があるわけでもなく、収入が低いわけでもなかった。

 しかし、『オタクである』という一点だけで、女性にはなぜか敬遠される事が多かった。

 萌えるアニメを鑑賞して、何が悪い!

 美しい造形のフィギュアを収集して、なぜいけない⁉

 すでに次元の超越者である現在のノアには、そんな事は障害ですらなかった。

 何をやっても『賢者さまは凄い!』と称えられるこの世界だ。

 やりたい放題だ!

 異世界万歳!

 

 ノアは不覚にも、この環境の素晴らしさに感動し、うっすら涙さえ浮かべてしまった。

 ――麗しき乙女達に自分のデザインした服を着せてでる。これぞ正に至高のオタク道!

「どうしたの、ノア⁉」

 突然立ち止まって天井を見上げているノアを不思議に思い、エジェリーが話しかけて来た。

「ああ、すみません。ちょっと感極まりまして……行きましょうか」



  *  *  *  *  *



 イルムヒルデは一階の中庭に面した回廊で、ノアを先導するエジェリーとレベッカに正面から出くわした。

 お互いの艦隊は二ヒロほどの距離をおいて相対し、停止した。


 ――いったいなんですの? あの娘たちの、お召し物は……。


 不覚にもイルムヒルデは、一瞬驚きの表情を浮かべてしまった。 

 それを見逃さなかったエジェリーとレベッカは、すかさず勝ち誇った表情を浮かべる。


「ず、ずいぶんと変わった……お召し物ですのね……」

 エジェリーとレベッカは答えを発せず、二人寄り添いポーズを決めた!

 その挑発的な態度は、イルムヒルデに敗北感を与えるに十分だった。

 下を向いて、ワナワナと小刻みに震えるイルムヒルデ。

 すぐに踵を返すと、来た方向へ足早に去ってしまった。

 慌てた取り巻きも彼女の後を追って行った……。



  *  *  *  *  *


 

 その日の夕刻。

 イルムヒルデは侍女のセレンダとマゼンダに、部屋の前を通るアイリを拉致、いやお茶に誘うように命じた。

 小一時間もすると何も知らないアイリが、イルムヒルデの一号室の前を通り過ぎようとした。

 突然ドアが開き、セレンダとマゼンダがアイリの両腕をそれぞれ左右から小脇に抱え、イルムヒルデの部屋へ引きずり込んだ。いや、招きいれた。

 そしてそのまま豪華なソファーにアイリを座らせた。


「あら、あなたアイリといいましたね、ようこそいらっしゃいましたわ……」

 アイリがイルムヒルデの監視下に入ったのを見届けると、セレンダとマゼンダは即座に立ち上がり、お茶とお菓子を用意した。

「あの、こ、これは何事でしょうか……」

 アイリは小刻みに震え消え入りそうな声で尋ねた。 

「今日はあなたとお話がしたくてお招きしたのよ。さあ、お茶とお菓子を召し上がってくださいまし。王都で最高級とされる一品ですのよ。あなたには参考になるはず」

 アイリは廻りをキョロキョロと見渡してから、お茶を飲もうとカップを手に取ってみたが、震えて持てなかった。


「ところでアイリさん。そのお召し物、どこで作って頂いたの?」

「これはノア様が私達のために作って下さいました……」

 イルムヒルデは予想通りの返答に満足した。

「それではアイリさん。そのお召し物、わたくしに譲って下さらない。いくらでもお支払いいたしますわ」


「それは出来ません……。ノア様に頂いた、大切な服ですから……」

 そう言いながらアイリはますます震えが大きくなった。気分が悪そうである。

「どうされたの、そんなにわたくしと話すのが嫌かしら!」


「すみません。イルムヒルデさま……。私、前に近衛騎士団に誘拐された事があったのです。

その時の事を思い出してしまって……」

 アイリはついに下を向いて肩を震わせ、涙を落とし始めた。


 イルムヒルデとセレンダとマゼンダは自分達の浅はかな愚行を思い知った。


「知らなかったの……。ごめんなさい、アイリ」

 イルムヒルデは申し訳なくアイリを見つめたが、彼女は視線を合わせなかった。


「セレンダ、マゼンダ。アイリさんをノア様のお部屋まで、送って差し上げて……」

「かしこまりました。お嬢様」

 アイリはセレンダとマゼンダに両脇を支えられながら帰って行った。



  *  *  *  *  *



 夕食後、ノアは机の上に置かれた製図台で図面を引いていた。

 アイリは食器の片付けをしている。

 そんな静かなひと時に、扉は突然ノックされた。

 恐る恐る対応に出たアイリがノアに告げた。


「ノア様……。イルムヒルデ様が、お話したい事があるそうです……」

「入ってもらいなさい」

 ノアは夜這いの新戦術か⁈ と、少々警戒したが、現れたイルムヒルデの表情をみると、そうでもない様である。

 イルムヒルデはいつもソファーの上座では無く、下座に大人しく座った。

 ノアも作業を中断し、イルムヒルデの対面に場を移した。

 

「実はわたくし……、アイリさんに申し訳ない事をしてしまいましたの……」

 そう切り出したイルムヒルデは、先ほどの愚行の顛末を語った。

 アイリがイルムヒルデの紅茶を出すと、ノアの後ろに控えた。


「わたくしはノア様の侍女にひどい事をしてしまいました……。ごめんなさい」

 彼女はノアに深く頭を下げた。

 ノアは振り返ってアイリの表情を見た。

 アイリは優しくノアに微笑みを返した。


「イルムヒルデさん。貴方らしくない、顔を上げて」

 ゆっくりと上げられるイルムヒルデの顔。瞳は少し涙で潤んでいた。

「ノア様……。お怒りになりませんの……」


「怒るも何も、イルムヒルデさんはすでに反省して謝りに来てくれている。ぼくはあなたを見直しましたよ」


「でもノア様がいけないのですよ! あんなお召し物を創ってしまわれるから!」

 イルムヒルデは縦ロールの巻き毛をクルクルしている。

「ですからわたくしにも、あのお召し物を創って下さいませ!」

 

「それは出来ません。あの制服にはアルヴェーン家の紋章を入れてあります。それをあなたが着る事が出来ないのは、解かりますよね」

 イルムヒルデは再びしょんぼりと下を向いてしまった。

 ノアはそんな彼女が少し愛おしく思えた。


「わかりました、イルムヒルデさん。ぼくに一つ代案があるのですが聞いてもらえますか」

 イルムヒルデはすぐさまノアと視線を合わせた。

「ぼくは次の一手として、この学院の制服を創ろうと考えているのですよ」

 ノアはイルムヒルデの瞳を覗き込んだ。

「まずイルムヒルデさんに、あなただけ・・・・・のカスタムモデルを創りましょう。それをお召しになって宣伝して頂けないでしょうか」

 イルムヒルデの表情は急速に笑顔を取り戻していく。

「そしてあなたのデチューン版をこの学院の制服として採用したいと思います」

 そう言ってノアは、ニヤリと口角を上げてみせた。


「それはわたくしに、実に相応しいお役目ですわ!」

 イルムヒルデの背筋に力が戻り、満面の笑顔が復活した。

 彼女の物欲とプライドは満足したようである。


 イルムヒルデは少し温くなった紅茶を一気に飲み干すと、おもむろに立ち上がった。

「ノア様! わたくし楽しみにしておりますわよ!」

 そう言い残して、イルムヒルデは自室に戻って行った。

 侍女のセレンダとマゼンダが、とても安心した様な、そしてうれしそうな表情でお辞儀をして、帰って行ったのが印象的だった。



  *  *  *  *  *



 三週間の製作期間をもって、ついにイルムヒルデスペシャルは完成した。

 茶系をベースにしたブレザー、チェック柄のスカートはノアの侍女スペシャルよりさらに短い。

 純白のブラウスにお洒落な赤いリボン。

 当然オプションでローブとマントがラインナップされていた。

 ノアがお嬢様私学高のイメージとファンタジー要素を融合させた見事なデザインだった。


 もともと長身のイルムヒルデは、その美脚をいかんなく披露した。

 トレードマークである縦ロールの金髪を揺らしながら歩くその姿は神々しくさえあった。

 彼女が立ち止まるだけで、直ぐに女生徒たちが群がってきた。

 

「もうすぐ皆さんも、この服に準じた・・・制服がお求めになれますわよ!」

「オーッホホホホ――ッ!」

 イルムヒルデの高笑いが回廊内に響き渡った。

 やはり広告塔として、イルムヒルデはベストな存在である事は間違い無かった。



 そして予約開始当日。

 ラフレイン縫製工房から二人のお針子さんが、回廊の片隅に特設受付を設けたわけだが、朝から大盛況、いや大混乱に陥ってしまった。

 ノアが慌てて整理券を発行してなんとか混乱は収まったが、その日の出来事は後々学院の語り草となった程であった……。

 縫製工房フリージアの懸命の生産努力により、制服は瞬く間に普及していった。


 その後ひと段落ついたところで、男子バージョンが発表されたのは言うまでもない。



 こうしてノアの当初の思惑通り、学院の女生徒たちのトイレにかける時間は、大幅に短縮される事に成功したのである。

 この制服は王都市中でも評判を呼び、翌年度の入学希望者は飛躍的に増加したそうな。






ファンタジー小説にはいくつかのタブーが存在します。

その中でトイレ問題と制服問題をネタにしてみました!


最後までお読みくださり、ありがとうございます m(_ _"m)



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