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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編
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第75話 リーフェコンサルティングファーム



 リーフェ達はイルムヒルデに案内され、二階でバルコニーのある明るい客間で昼食をご馳走になった。

 食事中はたわいもない話や、タイラーの悪口で盛り上がった。

 女子が四人でテーブルを囲めば、話題が尽きるはずもない。

 食後に香りの良いハーブティーで一息入れている頃、侯爵夫婦とうなだれた執事が部屋を訪れて来た。


 侯爵夫妻はすぐにメイドが用意した専用の豪華な椅子に腰かけると、リーフェに語りかけた。

「それでいかがですかな、リーフェ殿。かなりひどいと耳に入りましたが」

 リーフェは少し困惑の表情を浮かべた。

「正直に申し上げてよろしいでしょうか」

「構いませんよ」

「かなり悪質です。まず帳簿自体が信じられない程ずさんです。さらに帳簿の改ざん、領収証の水増し、そしておそらく小麦を始めとした穀物類は横流しされているでしょう」

 リーフェはシュレイダー侯爵の反応を確かめながら語る。

「こちらはこれから現物と照合します。さらに幽霊使用人に給金が支払われていると思われます」


「なんか話し方が師匠と似て来たわね」

 レベッカがリーフェを見ながら感心したように呟いた。

「それで、被害総額はどのくらいと思われますかな」

「まだ概算で、推測の域を出ませんが、年間六億セリスは下らないでしょう。悪質な取引業者からのバックを考慮に入れると十億に届くかもしれません」

「まあ……」

 侯爵夫人が両手で顔を覆った。


「さらに大きな問題があります」

 リーフェはシュレイダー侯にしっかりと視線を合わせた。

「それはなんでしょう」

「ずさんで適当な経理ゆえ、国庫への納税額が少ない可能性が大きいです。いわゆる脱税になります……」

「な、なんと!」

 これにはシュレイダー候は激怒した。

「ぬうー、セバス。おまえはいったい何をみているのだ――!」

 執事は飛び跳ねた様に土下座し、上半身をこれでもかとひれ伏した。

「申し訳ございません。わたしめは算術が苦手ゆえ、任せっきりにしたのが間違いにございました~!」

「我がシュレイダー侯爵家は王家第一の忠臣ぞ。王家臣下の模範とならねばならぬ。これでは当主の私は罪人ではないか!」

 シュレイダー侯は立ち上がり両手を握りしめブルブルと震えた。

 顔色も一瞬で赤く染まった。

「ええい、その不届き者どもはどこにおる! セバス、案内せい!」

「は、は~~!」

 執事はその老体からは違和感を覚える程、素早く立ち上がった。


「リーフェ殿、とりあえずこの場は失礼させて頂きますぞ。後程改めてお話を聞かせて頂きましょう」

 シュレイダー侯はそう言いつつ、足早に部屋を出て行った。

 夫人もハラハラした表情を見せながら、後に続いていった。

「だれぞ、わが剣を持ってまいれ!」

 シュレイダー侯はそれは怒り心頭の様子である。


 そんな様子をポカンと眺めていたリーフエ達だが。

「さてと、わたし達は仕事に戻りましょうか!」

 エジェリーとレベッカが頷いた。

「わたくしは心配なので、お父様の様子を見て来ますわ」

 イルムヒルデは単に面白がっているだけだろうが……。


 経理室に戻ったリーフェは、午後からの精査の方針を改めた。

 今後の事を考え、シュレイダー侯爵家の資産の全体像をつかむ事に時間を費やす事にしたのだ。

 その合間に戦々恐々とした倉庫担当者や人事担当者がやって来たが、やはり彼らも黒だった。

 リーフェはそのまま壁際で待機している衛士に身柄を引き渡した。


 直ぐに二刻程の時間は流れ、メイドが「お茶の準備が整いました」と知らせに来た。

「よし、今日はこれくらいしましょう!」

 そう言ってリーフェは机の上の帳簿類を片付け始めた。

「あ~、疲れた! ワタシ、こんなに長く数字を見たの初めてかもしれない」

 レベッカは立ち上がり、背伸びをして解放感に浸っている。

「そうね、レベッカにしてはよく頑張ったかも……」

「まったくエジェリーは……もっと上手じょうずに褒められないのかしら!」


 メイドに案内され昼食を頂いた客間に入ると、すでにイルムヒルデとシュレイダー侯爵夫妻の姿があった。


「リーフェさん、お疲れ様でした。どうぞお茶にしてくださいまし」

 イルムヒルデがティーカップを静かに置いてから、リーフェを労った。


「あの者達は……どうなさいました⁈」

 リーフェは、まさかシュレイダー侯爵の剣によって……、と多少の不安を抱いていたのだ。

「とりあえず容疑が固まるまで、地下牢に放り込んでおきます」

 シュレイダー侯爵は思い出したのか、不機嫌な表情を見せた。


「リーフェ殿、ご苦労をお掛けしました。しかし今後はどうしたものか……」

「まず、不正流失の総額の算出、さらに正規の納税額の算出のためにも、過去三年分の帳簿の精査が必要と思われます。こちらは王国随一の侯爵家、取引量も多くございます。ざっと作業に二月を要すと思われます」

「面倒を見て下さいますかな」

「もちろんでございます」


「しかし納税の不足はどうしたものか……」

 シュレイダー候は小さく首を振った後、こめかみを抑えた。

 リーフェはそんな侯爵を優しく諭す。

「王家に包み隠さずご報告し、自ら追徴額をお納めになるのがよろしいでしょう。その行いが王家臣下の模範となり、侯爵家の面目は保たれ、結果的にシュレイダー侯爵家の名声は高まるでしょう」

「おお、リーフェ殿。是非ご助力を頂きたい」

「かしこまりました。大至急算出致します。念のためにそれまでは今回の一件が外部に漏れないように注意する事がよろしいと思われます」


「なるほど、用心に越した事は無いと言う訳ですな」

 シュレイダー侯は何度も頷いた。


「さらにこれから我が家の経理はどうすればよいのだろうか……」

リーフェはこの言葉を待っていた!

「はい、それが本来のわたしの仕事でございます。これからいくつか提案したき議がございますが、よろしいでしょうか」

 賢者ノアの話術を最も受け継いでいるのは、やはりリーフェに違いない。


「私は貿易商の娘ですので、穀物や物流の相場が大体頭の中に詰まっております。私の感想ですが、侯爵家様はかなり相場より高値での支払いをされております。さらに法外な金額を請求している悪徳業者も見つけました。これは商業ギルドとしても看過出来ない問題です。そのような観点からみても、一度取引を全て見直してみる必要があると存じます」

「もっともなご意見ですな……」


「日頃の経理ですが、現金や買い掛の管理で二人も常駐すれば済むでしょう。私にお任せねがえれば、信用のおける経理担当をご用意できます。そして月に一度私が精査し、決算も私がやります。簡単にいえば、年間を通じて経理をわたしに外注して頂くシステムになります」


「まさに至れり尽くせりだが、いか程でお願い出来ますかな」

 リーフェは直ぐにそろばんをはじき始めた。

 大まかな総取引額と利益を算出し、妥当な報酬を算出する。


「今回の件は乗りかかった船です。イルムヒルデ様のご紹介でもありますので、すべて無料でやらせて頂きます。来年度からは、これから精査し見積りをお出ししますが、侯爵家の取引額から換算して、概ね一億六千万セリスほどで如何でしょう」


「うむ、その金額は決して安くはない。妥当かどうかもわからん」


「わかりました。もう少しご説明いたしましょう。まず今回わたしが何もしなかった時のこれからの損失額をお考え下さい。それから盗人に払っていた人件費もバカになりません。これから私が全ての取引を精査すれば、それだけで私の請求額の数倍の見えない損失が明るみに出ます。さらに侯爵家の物流に掛かるコストや経費をすべて見直し改善していけば、私の請求額の二十倍以上の利益が見込めるとはじき出しています」


「そんな事が出来るのかね?」

「侯爵家の総取引額は莫大な金額でございます。その総量に比べれば、いままでお話した金額を捻出するなど、私には簡単な事だと思っています」


「これは頼もしいことよ。そうであったな、リーフェ殿は賢者様の弟子であり、かのライマー貿易の令嬢であったな。見かけは可愛らしい少女であるが、今まで話を聞いて良く解った」

 侯爵は婦人と向き合い、お互い頷きあった。


「実際報酬が発生するのは、来年からでございます。まずはこの騒動をご満足いただけるよう解決致します。その働きをご覧になって、来年度の契約を結んで下さいませ」

 シュレイダー侯はリーフェに向かって優しく首を振った。

「それには及びませんよ。きっとあなたは正しい尺度を持って金額を提示しているのでしょう。これしきの金額でごねたとあっては侯爵家の名折れ。あなたが示す金額をお支払いする事を約束しましょう」


「さすがは王国髄一シュレイダー侯爵家のご当主様。御家のお役に立つ様、精一杯頑張ります」

 リーフェは立ち上がって可愛らしい跪礼カーテシーを見せた。



  *  *  *  *  *



「ただいま戻りました、ノア様」

「おかえり、リーフェ。それでどうだった」

「今日のリーフェちゃんは凄かったのよ!」

 ノアの問に最初に口を出したのはレベッカだった。


 それからリーフェはノアにシュレイダー家であった出来事を話した。

「それは大手柄だったね。シュレイダー侯爵には満足して頂いたかい。でもぼくは君の上司の様なものだから話してもいいけど、他人には絶対話してはいけないよ。クライアントのプライバシーにかかわるからね。これを守秘義務と言うんだ。覚えておきなさい」

「ハイ、わかりました! それでシュレイダー侯爵から来年からのお仕事を頂いたのですよ」

「凄いじゃないかリーフェ。もう仕事を取れたんだ。それでどんな仕事を頂いたんだい?」 

「今年の分はサービスにして、来年以降の経理全般を見る事になりました」

「それは凄いね。それで、いくらで契約するの?」

 ノアは安すぎる報酬を提示したのでは、と心配した。

「概算の段階ですけど一億六千万セリス前後で行こうと思います」

「……」

 ――こんな高額をサラッと言えるところがリーフェの凄いところだね。彼女にとってはお金の価値など、単なる数字の羅列に過ぎないのだろう。

 ――なるほど、ぼくはコンサルティングの顧客は商人だと思い込んでいたが、貴族にも有効なんだ。古い机の引き出しを整理すれば、いくらでもゴミが出てくると言う訳か。大きな貴族は領地も広く、物量・取引量も多い。コンサルによって改善の余地は多いはずだ。

 

 ――今回はリーフェに教えられたな。ほんとにこの娘は凄いや!


「リーフェ、疲れただろう。今日はもういいから、お父様と一緒に帰りなさい」

「ノア様、ありがとうございます。そうさせて頂きますね!」

 リーフェは少しホッとした様な表情を見せた……。



  *  *  *  *  *



「お父様、ただいま帰りました!」

「おお、リーフェお疲れ様。今日のお勤めは終わったのかな⁈」

「はい、ノア様がお父様といっしょに帰りなさいって!」

 リーフェはすぐにソファーに座って、可愛い手足を投げ出した。

「あー、今日は疲れた……」

 秘書のフローラがリーフェのためにお茶の準備を始めた。

「随分疲れた様子じゃないか。今日はどんな仕事をしてきたのかい?」

「今日はねエ~、シュレイダー侯爵家に行って帳簿を見て来たの」


「ほう、凄い所で凄い事をしてきたね。それでどうだった」

「これ以上は守秘義務があるので、申し上げられません!」

「おっ、賢者様に教わったね。偉いぞリーフェ」

 リーフェは「エヘヘ!」と可愛らしく笑った。


「それでね、初めてお仕事頂けたのよ!」

「ほう、さすがだリーフェ。それでどんな仕事を頂いたのかな?」

「これからシュレイダー侯爵家の経理全部を見る契約を頂いたの。今年の分はサービスにしたけど……」

 ライマーが即座に立ち上がり顔色を変えた。フローラも手を止め聞き入っている。


「おいおい、とんでもない事になっているな。それでいくらで契約するんだい」

「エッとね~。顧問料コンサル料を含めた年間契約で、とりあえず一億六千万セリスくらいにしようかな。侯爵様はいくらでも構わないと仰られたけど」


 壁際から『ガラガラガッシャーン』と食器が割れる凄い音がした。フローラが運ぼうとしたお盆からティーカップやお皿が落ちて割れたのだ。

 その音を最後にしばらく会長室には静寂が訪れた。


 しばらくして、ライマーが少しずつ笑い始めた。

「フフッ、フファハ、ガハハハッ!」と、やがて大爆笑に変わった。

 つられてフローラも片付けも忘れて、大笑いし始めた。

 二人の笑い声だけで、一分程は続いただろうか。


「リ、リーフェ、おまえは、て、天才だ! いや商いの女神さまだよ!」

 そう言ってライナーはまた笑いはじめた。

「聞いたかフローラ、初めて取った契約がシュレイダー侯爵家相手に一億六千万セリスだぞ! しかも現物商品は無しだ!」


「そ、それで賢者様はなんと言われた?」

「リーフェは凄い、偉いってたくさん褒めて下さったわ。これからも、お金が正しく使われるように見てあげなさいって!」

 ライマーは大満足に大きく頷いた。


「リーフェ、お祝いをしよう。なにか美味しいモノでも食べて帰ろうか!」

 以外にもリーフェは微妙な表情を浮かべた。

「今日はいいや。最近美味しいものはいろんなところで頂いているし……今日はこのままお父様と屋敷に帰って、普通にご飯を食べて、お風呂入ってゆっくり寝たいな。また明日から忙しくなるの」

 ライナーはそんな娘の大人びた返答に寂しさを覚えた。


「そうか、解かった……。それでは私も今日はこれで切り上げて、早く帰るとするか」

「ごめんなさい、お父様」

「フローラ、馬車の支度をさせてくれ」



  *  *  *  *  *



 この後、シュレイダー侯爵家での不正の全容がリーフェによってあばかれるにつれ、当然加担していた悪徳商人達も白日の元に晒されるのであった。

 それが王都では老舗と評価を受けていた商会が多かった事が、王都中の貴族や商人を震撼させたのだ。

 王国最大規模のシュレイダー侯爵家での自浄作用は貴族中で評判を呼び、彼らはこぞって『リーフェコンサルティングファーム』に相談を持ち掛けた。

 また新進気鋭の商人達も新たなチャンス有りと、これまたリーフェの元に殺到するのである。


 リーフェはノアと相談しながら、学院の算術の得意な生徒をアルバイトで雇い、大きな商会からは弟子を受け入れた。

 こうして『リーフェコンサルティングファーム』は急速に業務を拡大していくのであった。



 その代表を務める可愛らしい少女は、賢者の弟子であり豪商の娘と知られていた。


 彼女は畏怖と尊敬の念から、『数字の魔女』と異名をとる事になるのであった。







この後、リーフェ・ライマーとシュレイダー侯爵家は、深いつながりを持つ事になります。

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