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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編

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第72話 地理学の講師



 ここサンクリッド王立学院は九月の第三週より新学期を迎える。

 夏休み中は閑散としていた校内も、休暇を終えた生徒達によって活気が戻って来た。


 それにしても学院の九月の日程は忙しいのである。

 新学期が始まると翌週には卒業式典を迎え、その翌週は早十月、新入生を迎える入学式典が執り行われるのであった。


 ノア一門の中で、タイラーとフーガとジュビリーが卒業する事になる。

 ただし、タイラーは剣術棟で剣術の講師を、フーガは体術棟で体術の講師を、ジュビリーは一年の準備期間を取って、農学の講義を持つ予定なので、あまり変わり映えはしないのかもしれない。



  *  *



 新学期早々、ノアは午後からエジェリーとレベッカを伴って地理学の講師室を訪ねた。


「これは新たな賢者様。夏休み前から熱心に講義を受けてくれている様ですが、訪ねて来てくれるとは光栄ですね」

 意外そうに出迎えてくれたのは、バーナード・コペン先生だった。

 講師名簿によれば、年齢は29歳で独身。

 精悍な体つきのためか年より若く見える。


 そして少しくたびれたソファーに掛けるように促された。


「ぼくは地理の授業がとても好きで、先生の講義は興味深く拝聴させて頂いています」

「それは嬉しい事をおっしゃって下さいますね!」

「地理学って、凄くロマンがあると思うのですよ。そしてその領域はとても広い」

「おっ、さすが賢者様、解かってらっしゃる!『地理学と哲学は諸科学の母』と言われていますからね」


「ぼくが考える地理学の最大の目的は、『自然環境』と『人間の営み』がどのように関係しあい、どんな意味をもっているかを明らかにする事だと思っています」

「う~ん、簡潔にして実に深い……」

 対面に座っているコペンは、腕を組み、目を閉じて頷いた。

 ノア自身も課せられた使命実行のために、地理学の重要性を再確認するのであった。



「コペン先生、突然ですが旅はお好きですか?」

 エジェリーとレベッカはノアの一言に顔を見合わせ、スイッチが入った。

『これは何か面白い事がはじまるぞ』……と。

「旅ね~。好きに決まってるでしょ。これでも昔、冒険者やっていた事もあるのですよ」

 ノアは上々の食いつきに深く頷き満足した。


「実は地理の授業で不満に思う事がありまして……」

「ほう、その不満とは?」コペンが教師の顔をみせた。

「使用されている地図の精度がイマイチだと感じています」

「なるほど、確かに……」

「先生。この王都の、さらに国土の真の姿を見てみたいと思いませんか。そしてこの国を含めた大陸は大海に囲まれているわけですが、その先には何があるのでしょう」

 ノアは地理学者の探求心に火をつけようとしている。


「先生はこの大地がどの様な形をしていると、お考えですか?」

「ウーン、難しい質問ですね。最近は途方もなく大きな球体である、なんて言われているが、イマイチ実感が沸かないのが本音かな……」

「ぼくはいろいろ計画している事がありまして、そのためには正確な地図が不可欠なのです。そして正確な地図を作り上げる過程で、ある真実にも迫る事が出来ます」


「それは?」

「この大地の形と大きさを、計測と計算によって証明する事が出来ます」

「ほう、具体的な方法は?」

「正確な距離が解った同緯度上の二つの地点で、極星の角度を測ります。それらの数値からこの大地の円周を正確に算出することが可能です」


「その計算とやらは今の私には理解する事は難しいが、もし賢者様の言う事を実行出来たなら、地理学、天文学……歴史に名を残す事は間違いないでしょうね」

 ノアはニヤリと、コペンを見つめた。

「その栄誉、先生が勝ち取ってみませんか」

「……」

「何を突拍子もない事を……と言いたいところだが、賢者様の事だ、何か考えがあって私の所に来たのでしょう」

 コペンは自分に言い聞かせるように質問した。

「もう少し詳しく聞かせてもらえますか」

 ノアは深く頷いてから語り始めた。


「学術的価値は今お話した通りですが、もう一つ別の目的があります」

「その目的とは?」

「ここ王都サンクリッドと、この国第二の港湾都市ポルトアートの間に直結の新しい街道を建設したいと考えています」

「それは国家の仕事ですよ!」

「当然です。もちろん国にやってもらいます。しかし国を動かすには綿密な計画を示さねばなりません。」

「莫大な予算も必要となりそうだが、国が簡単に出すだろうか」

「それも当然の疑問ですね。もしこの街道が完成したら誰が一番恩恵を受けると思いますか」

「それは……物流に関係する商人達でしょう」

「その通りだと、ぼくも思います。ですから建設費は最終的には商人に負担してもらいます」

「通行税でも取るのでしょうか、反発を呼びそうだが」

「おっしゃる通りです。ですから通りたい人だけが通行料を払う、有料道路とします」

「わざわざお金を払ってまで、通るだろうか」

「仮に、今まで十日間の行程が必要だったとします。それが五日間に短縮されたら? 通行料が一日分の経費に相当するとなれば、どちらを選びます? さらに治安もよく、道路も良いので、警備費や馬車への負担も少なくなるという利点も加味されればどうでしょう」


「なるほど、私が商人ならば、有料道路を選びますね」


「この有料道路計画を効率よく実行するためには、地形や高低差そして距離を導ける正確な地図が不可欠なのです」

「なるほど、その副産物として大地の大きさが計算できる訳ですね……」

 コペンは大きく息を吐いてから座り直した。


「しかしあまりにも壮大な計画だな。各方面の人材も必要でしょう」

「人材に関しては、商業ギルド連合会や冒険者ギルドに協力を取り付けてありますから問題ないでしょう。ぼくが今、最も重要視しているのは、この計画を熱意と責任感をもって引っ張ってくれるトップの存在です」


「それで今日、私のところへ足を運んでくれたと言う事か……」

 コペンは背もたれに身体を預け、腕を組んで深く考えているようだ。


「仮にこの計画が実行されるのであれば、こちらからお願いしたいくらいだが、国を動かす勝算はあるのでしょうか」


「そちらの方は先生を動かすよりは簡単だと思っていますよ。先日国王陛下と宰相閣下には提案して好感触を得ています」


「なるほど、あなたには驚かされてばかりですよ……。しかし、すでに王国府を動かし、商業ギルドや冒険者ギルドとまで関係を持っているとは驚きの連続ですよ」


 

「先生、実は私たちも冒険者登録したんですよ。(まだEランクだけど) 先生は何ランクなんですか」

レベッカがニヤニヤしながら質問する。

「こう見えても私は探検や探索を得意とする、Cランク持ちなんだぜ」

 すこし自慢げに言ったが、まんまとレベッカの罠にはまっていた。


「セ・ン・セ・イ! 賢者様は何ランクだと思います?」

「いやな予感がするな、私よりも上なのかい」

 エジェリーとレベッカは人差し指で上を指し、さらに上に振った。

「オホン!」と咳払いを一つ、レベッカが正体を明かす。

「彼こそが本場シャレーク国で、わずか八歳にしてSランク昇格を果たした『大樹海の支配者』その人なのです!」

「……」

「Sランクなんてあるの?」

 予想外の反応にレベッカがコケた。

 エジェリーはクスクスと笑っている。


「じゃあ先生、この国の『月下の一角獣』ってパーティー知っている?」

「ああ、ウワサには聞いたことがあるぞ。Aランクのとても怖い人達なのだろう」

「その『月下の一角獣』は、先日ノア様の傘下に下りました。今は私たちの指導係でもあるのよん」

 コペンはレベッカとエジェリーを見ながら首を捻った。

「なんかよくわからないけど凄いな。いったい君達は外で何をしているんだい⁈」」

 ノアはそんなやり取りを聞きながら苦笑いしていた。



「賢者様。今日お話しがあった計画が本当に実現するような事があるなら、私は最大限の協力を惜しまない事を約束しましょう」

「ありがとうございます。頼りにしています。コペン先生」

 ノアとコペンは立ち上がり握手した。



 コペン先生の講師室を出ると、レベッカが大きく背伸びをした後、口を開いた。

「あ~っ、面白かった。いったい師匠は頭の中でどれだけの事を考えているのよ。ねえねえ、まだ他にも何かあるんでしょ?」

「ありますよ~、まあ楽しみにしていて下さいな」


「それで、どうだった? 地理学の話は⁈」

 エジェリーとレベッカはノアの意外な質問に顔を見合わせた。

「ぼくはいつも飾りとして君達を同伴させているわけではないんだよ」

 ノアは真顔で両脇のエジェリーとレベッカをそれぞれ見た。


「いずれ君達はぼくの代理となって、戦場に行かなければならない時が来るかもしれない。それは同時に指揮する兵士の命を預かる事でもある」

 ノアはいつになく真面目に二人に語りかけた。

「一軍を指揮する司令官にとって、最も必要とする学問は地理学だ。覚えておきなさい」

 エジェリーとレベッカは驚いた表情を浮かべていたが、やがて真顔になった。


「はい、わかりました」とエジェリーは答え、「勉強します」とレベッカは答えた。



「ねえねえエジェリー、その杖明日はワタシに持たせてくれない」

「ダメよ! この杖は私のモノ」

「エーッ、エジェリーばっかり、ズルイ~」

 

 そんなたわいもない会話をしつつ、三人は寮へと戻って行った……。






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