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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
一章 冒険者ギルド編
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第7話 Fランクパーティー『グローリー・ツヴァイ』



 キラーホーネット駆除騒動から三日後、ノアは朝から階段の清掃と補修に精を出していた。

 しかし今日は朝から出会う冒険者の態度が違った。

 出会った冒険者のほとんどが「ノアさん、おはようございます」と挨拶をしてくれるのだ。

 どうやらCランクパーティー『ルーチェ・スパーダ』らによって、ノアの実力が尋常ではない事が広められているらしい。

 Aランクパーティー『黄昏の梟』に認められ、招かれた小さな少年は、にわかに冒険者ギルドの注目を集めていた。 


「ノアさん!」

 一階フロアから声をかけられた。

 振り向くとそこに、クリスとミアンカの姿があった。

 突然二人はノアに向かって土下座した。

「先日はボルツを助けて頂いて、ありがとうございました」

 クリスが頭を下げながら、ノアに大声で礼を述べた。


「彼の具合はどうですか……」

「はい、命に別条はないそうです。意識もはっきりしてきました。ただ、強烈に暴れたためか、身体中が痛くてまだ動けないようです」

「でしょうね」


「私、ノアさんが助けてくれなかったら、今頃どうなっていたか想像がつきません。本当にありがとうございました……」

「ミアンカさんでしたっけ?」

「はい、ノアさん」

「森の中の戦闘では、炎系の魔術は使い勝手が悪いのです。先日の様に、森を燃やしてしまう可能性があります。まして洞窟やダンジョンでは、決して使ってはいけません。中に充満するガスに引火して、ドカン! なんて事態も考えられます。自分だけならまだしも、仲間を巻き込んでしまう事になりますからね。冒険者の基本ですよ」

 

「ノアさん、冒険者証の取り消しの件まで口を利いて頂いたそうで、重ね重ねすみません」

 ノアは体制を変え、階段に腰かけ、話を聞いた。

「それでノアさん、一つお願いがあるのですが……」

「なんでしょう」

「俺達を舎弟にして下さい! なんでもします! お願いします!」

 ノアはあからさまにイヤそうな顔をした。

「ぼく、そういうの、間に合っていますから」

 ノアは面倒なので、セシルを連れ、一度部屋に引き上げてしまった。



 それからというもの回復したボルツを含めて、ノアの後ろを三人は金魚のフンの様に付きまとっていた。

 ノアにとっては鬱陶しい事この上なかったが、その光景を見る周囲の冒険者の目は温かかった。

 ただ一つ、ノアがありがたかったのは、ミアンカがセシルの事をかいがいしく世話をしてくれる事だった。




 その日ノアは、自分とセシルの冬用の衣類を整える為、街に買い物へ出ていた。

 帰りがけ、よくあるアクシデントに巻き込まれてしまった。


「よう、小僧。この辺じゃ見ない顔だな」

 大人と少年の境目くらいの四人組に路地裏で絡まれた。

「赤ん坊をおぶっているって事は、どこかの家に奉公に入ったってところか」

 四人が悪そうな顔をして、ニヤニヤ笑っている。

「なあ、小僧。この街の決まりを知っているか!」

 ノアの両腕を、両脇から二人が抱えこんだ。

「オレ達に会ったらな、金を出すんだよ!」

 そう言うや否や、リーダーらしい少年がノアの腹に膝蹴りをいれる。

 そしてもう一人が、ノアの皮のバックをあさり始めた。

「おい、こいつ結構いい金もってやがるぜ!」

 ノアから奪った巾着袋をリーダーに投げ渡すと、四人は一目散に逃げていった……。



  *  *  *  *  *



「あ、クリスの兄貴。お疲れ様っす!」

 クリスは街の悪ガキ共のたまり場の店に顔を出すと、舎弟のアルトから声をかけられた。

「ああ、おまえらか。ずいぶん景気良さそうじゃないか」

「そうなんですよ。さっきカモがネギ背負って歩いていまして!」

「ネギじゃなくて赤ん坊背負って歩いていたよな!」

「ギャハハハハ!」とグループの一人が自画自賛で大うけしている。

「兄貴、今日はオレ達に奢らせて下さい!」

 そんな話を聞かされていると、クリスはみるみる顔が青くなり、冷や汗が噴出した。


「おい、おまえら。やっぱり、それカツアゲだよな……」

「そうですけど、なにか?」

「そのカツアゲの相手って、このくらいの背丈の少年で、おぶっていた赤ん坊が女の子だったか?」

「ああ、そのとおりです。兄貴よく知っていますね」

 クルスはよろけて、ついに膝をついた。


「お、おまえ達、よく殺されなかったな……」

「なに言っているんですか兄貴。そのガキの腹に一発膝蹴りぶち込んだら、おとなしく有り金全部渡しましたよ」

 ――ああダメだ……。こいつらに何を言っても分からないだろうな。

 クリスはどうしたものかと足りない頭で思案した。


「おまえ達、今夜冒険者ギルドの酒場に顔をだせ。俺も待っている。わかったな」

「やった!ギルドの酒場に入れてもらえるんですか! ラッキー!」


 ――ああやっぱりダメだ……。こいつら俺よりバカだわ……。



 クリスは日が暮れると、ギルドの酒場を柱の影から恐る恐る覗いてみた。

 案の定ノアの兄貴はセシルちゃんと共に、いつものテーブルでジルザークさんとマリアさんと食事中だ……。

 クリスは『どうしたモノか』と思案した。

 やはり謝るしかないと意を決して、テーブルの前に進み、得意の土下座を披露した。


「ノアの兄貴! 昼間は俺の舎弟がとんでもない事をして、すいませんでした!」

 別段驚きもせず、ノアはセシルに食べさせる事を止め、クリスに目をやった。

「なんだ、クリス。またお前ら、ノアに迷惑かけたのか」

 ジルザークが呆れながら、土下座しているクリスに問いただす。


「実は昼間、俺の舎弟が街で……」とクリスがジルザークに事情を話した。

 

 そんなタイミングで、珍しそうに廻りをキョロキョロ眺めながら、悪ガキ四人組がやってきた。

「あれ、クリスさん。なんで正座なんかしているんですか」

 ――バカヤロ、おまえ達のために死ぬ気で土下座しているんだよ!

 悪ガキ四人組はジルザークさんとマリアさんに気付いたようで、急に姿勢を正した。

 そしてやっとノアの存在にも気付いたようだ。

「てめえは昼間のガキ……。まさかジルザークさんにチクったのか⁉」


「おい、ノア。昼間なにかあったのか?」

 ジルザークがとぼけてノアに聞いた。

「いいえ、別になにもありませんけど」

 ノアは元々関心がない。

「だよな~、この街でオレ達『黄昏の梟』に絡む命知らずは、いるわけねえよな! そうだな、クリス」

「と、当然です。ジルさん」

「なあ、クリス。最近うちのパーティーに新しい先導者パスファインダーが入ったんだが、誰だっけ?」

「はい、もちろんノアの兄貴です……」

「クリス、ノアの兄貴って誰だ」

「はい、そこでセシルちゃんと食事されている方です……」


 悪ガキ四人組は誰に言われる事なく、クリスの後ろに黙って正座した。


「でもノアの兄貴、よくこいつらをぶち殺さなかったですね……」

 クリスは振り返って悪ガキ四人組の正座を見届けると、ノアに尋ねた。

「バカね、クリス。百獣の王様が、うるさくたかるハエをいちいち殺す訳ないでしょう!」

 マリアが呆れた様に言い放つ。

「ホントに強い男ってのはな、どんな時でも弱いヤツは相手にしないんだよ。おまえらとは正反対だな」

 太目の腸詰め肉を頬張りながら、ジルザークも諭す。

「まあ、セシルには手を出さなかった事が幸いしました。もし少しでも悪さしていたら、グッチョグッチョにしていましたけど……」

 ノアは一言だけ釘を刺した。

 その感情の無い冷たい視線に四人は恐怖した。


「わかったか、お前ら。少しはノアを見習って男を磨けよ」

 ジルザークの柔らかい説教は終わった。

「ノアの兄貴、本当に申し訳ありませんでした。盗った金は必ず返させます」

 そういってクリスは四人の頭をげんこつで小突きながら帰っていった。



 それからというもの、朝ノアが一階に降りると、悪ガキ四人組が「ノアの兄貴、朝の掃除終わりました!」といった具合である。

 ノアは冒険者ギルドの掃除から解放されてしまった。


 そしてノアの舎弟がまた増えた……。



  *  *  *  *  *



 本格的な冬が到来し、景色はすべて白一色に塗り上げられていた。

 そして年も明けた。

 フォレストゲート冒険者ギルドも冬ごもりに入ったように閑散としている。

 その間ノアは生活の基盤づくりに専念することが出来た。

 セシルも順調に成長している。

 少しずつ、言葉も覚え始めた。



 さらに時は流れ、野山の木々が一斉に芽吹き始めた頃――。


 ノアはセシルを連れて、いつものようにジルザークとマリアと共に酒場の円卓で夕食の最中だった。

 そんな時、受付のアイリーンが小走りでこちらへ向って来る。


「どうしよう……ジルさん。クリスちゃん達が帰ってこないの。きっと森で迷ったんだわ……」

 ジルザークは首を左右に振りながら頭をかいた。

「またあいつらか……。それで何しに森に入ったんだい?」

「薬草採取よ。最近雪がなくなったから、依頼が多いの」

「ねえ、ジルさん。あの子達、帰ってこられなかったら、どうなっちゃうかしら……」

「そりゃ、冬眠明けで腹ペコの魔物の餌にもってこいだな」

「……」

 アイリーンが懇願するような目で、ジルザークを見つめている。

「オレはもう無理だ。飲んじまって動けない。しらふでも夜の森での人探しは自殺行為だよ」

 マリアも無言だが、ジルザークに同意している。


「ぼくが行ってきます」

「そんな、ノアちゃん無理よ。危険すぎるわ」

「いいや、アイリーン。ノアなら可能だ。いやノアにしか出来ない。こいつはオレ達が百人で探すより効率がいい。そんな不思議なチカラを持っているんだよ」

「ノアちゃん、本当なの?」

「まあ、大丈夫だと思います」

「それでノアちゃん、セシルちゃんはどうする?」

 マリアが心配そうにノアを覗き込んだ。

「おぶって行きます。多分帰って来るのは夜が明けてからになると思います。ぼくがいないと一晩中泣くでしょうから」

「ノアちゃん、あなたもたいへんね……」

 マリアは心の底から同情していているようだ。


「それでアイリーンさん、彼らは何を探しに行ったのですか?」

「チェストベリーやプランタゴ・オバタの採取を受けていたわ」

「わかりました、大体見当が付きました……それではちょっと支度をしてきます」

 そういってノアは二階の自室へ向かった。

 すぐにセシルをおぶり、その上からマントを羽織ったノアが戻って来た。


「ノアちゃん、明かりは?」

 アイリーンが準備したランプを渡そうとしたが。

「ぼくには必要ないです。それじゃあ、ちょっと行ってきます」

 ノアはペコリと挨拶をした。

「ノア、悪いな。おまえなら問題ないとは思うが、気をつけろよ……」

『はい』とだけ返事をして、ノアは暗い夜道へ駆けだしていった。


「マリア、今夜は長い夜になりそうだが……付き合ってくれるかい」

「もちろんよ、ジル」



  *  *  *  *  *



 ノアは暗い森の中を駆け抜け、見当をつけた場所にたどり着くと、近くの大きな木に登ってみる。

 今夜は月が無い分、星々が煌めいていた。

 風が無く、静けさが森中を圧倒的に支配している。

「さて、どちらの方向に迷って進んだか? だな」

 ノアは珍しく独り言をはいた。


 ノアは方眼を意識して場所を移動し、索敵魔術を放った。

 ――まあ、どこか夜露がしのげる所で、焚火をしているはずだけど……。

 五度目の索敵魔術であからさまな反応があった。

 ――いた! なんだか騒がしい反応がある。

  

 急いで距離を詰めると、お約束どおり、今にもレッドネックベアに襲われそうだった!

 クリスが両手で剣を構え、なんとか牽制している。

 ボルツが火のついた太い枝をもって、泣きながらしがみつくミアンカを守っている。

 レッドネックベアが一度前足を持ち上げ、ついに襲い掛かった!

 ノアは走りながら大きめの圧縮空気弾を作り上げると、そのままレッドネックベアの横腹に打ち込んだ。

 まともに受けたレッドネックベアは横に派手に倒れこんだ。

 その空きに、ノアはクリス達の前へ割って入る。

 立ち上がったレッドネックベアは、前足を上げ、大きく威嚇した。

 体長だけで、ゆうに二メートルを超す大物だ。

 ノアは左腕を突き出し、手のひらを向け、攻撃態勢を示した。

 するとレッドネックベアはその場で動きを止めた。

 ノアとレッドネックベアが刹那にらみ合う。


 やがてレッドネックベアは前足を下ろし、暗い森の中へ帰っていった……。


「危ないところだったね。間に合ってよかった……」

 ノアは振り返って三人の無事を確認した。

「ノアのアニキ~!」

 そういって三人はノアに涙目でしがみついて来た。

「オレ達、またノアの兄貴に命を助けてもらいました……」

 ノアは別段返答はしなかった。

「でもどうして……あいつは帰っていったんですか?」

 クリスはまだ少し震えながら、ノアに質問した。

「あいつとは昔、よくケンカしたんだ。この辺はあいつの縄張りでね。今年は子熊がいるから、特に警戒しているんだろう」

「ノアの兄貴はやっぱり凄いっす!」

 三人は神を崇めるような眼差しを、ノアに向けていた。

「さあ、夜が明けたらみんなで帰ろう。それまで少し寝るといい。ぼくが見張りをしているから」

 三人はよほど緊張して疲れたのか、もたれ合ってすぐに寝てしまった。


 

  *  *  *  *  *



 東から登った太陽が朝日と呼べなくなった頃、ノアに先導された『グローリー・ツヴァイ』の三人が、冒険者ギルドに無事帰ってきた。


「まったくあなた達はどれだけ心配かければ気が済むの!」

 安堵したアイリーンは泣きながら説教をした。

「ごめんなさい、アイリーンさん」

 クリスが珍しく素直に謝った。


 酒場から眠そうなジルザークとマリアが出て来た。

「おー、おまえら。無事だったか、良かったな」

「あんまりノアちゃんに世話焼かせたら、ダメよ!」

「ノア、悪かったな。ご苦労さん!」

「はい、ジルさん」

 

「それではぼくは少し寝かせてもらいます。ミアンカ、セシルを頼むよ」

 ミアンカは大きく頷いて、セシルを大事そうに預かった。

「ノア兄さん。お休みなさい」


 ノアは背伸びとあくびをしながら階段を登っていった。




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