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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編
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第70話 王国への三つの提案



「さて、ここからが本題でございます。本日私は、この国を司る皆様に三つの提案を用意して参りました」

 ノアは国王らの対面に着席し、仕切り直した。


「まず一つ目のご提案ですが、版図はんとの正確な地図作りを致しましょう。これは公正な税制をはじめとしたまつりごとの基本となります。また国防上でも重要である事は言うまでもありません」

 この提案には、特に軍務尚書が力強く頷いた。


「地図の製作過程において、例えば北のサンクリッドと南のポルトアート間の正確は距離が判明すれば、北極星の角度を測る事によって、この地球の大きさを計算する事が可能となります」

「どの様な算術を使うのかは分らぬが……。賢者殿にはすでに見えているのだろう。なるほど、それでこの大地の大きさが解るのだな」

 宰相の言葉に、ノアは深く頷いて答えた。


「二つ目のご提案は私が現在もっとも危惧している問題を含んでいます」

 ノアは真剣な眼差しで四人を見た。

「ここレ―ヴァン王国は大陸の西側列強諸国より、明らかに海洋進出が遅れています。これからは『海を制する国が世界を制する』時代なのです」

 ノアは地球儀グローブの広大な海の部分を指し示した。


「これまで人類は大陸を移動して歴史を重ねて来ました。レ―ヴァン王朝の源流もまた、大陸騎馬民族の気質を強く持っていたと推測します。ここサンクリッドの地に王都を起こした事は当時としては必然だったのでしょう」

 国王と宰相は大きく頷いた。


「しかし時は流れ現在に至っては、王都サンクリッドは地政学的に重大な欠点を抱えていると言えます! すでにお気付きと思いますが、海から余りに遠いのです。他国の首都と比べてみても群を抜いて内陸に位置しています」


「なるほどのう……」 

 難しい空気が漂った。

「しかしこればかりは……」

 そんな雰囲気にノアはあえて痛烈な一言を浴びせる。


「対策として……最善の一手は……遷都です」

 等しく目を丸くした王家は、慌てる様にお互いを見合った。

 ノアは両手を前に出して、『まあまあ』と抑えるポーズを見せた。

「私もさすがに遷都は最善策であると言っても難しいと考えます。それならばどうすればよいか……。一つ策がございます」

 

「勿体ぶらずに早く聞かせてくれ、賢者殿!」

 ノアのたくみな誘導が冴える。

「ここ王都サンクリッドとメドーリア湾最大の港湾都市ポルトアートとの距離を縮めてしまいましょう!」

 今度は差し出した両手を胸の前で圧縮する仕草を見せた。

「どういう事かな?」

「現在この二つの都市を結ぶ街道は、大河アゼリア川に沿いながら大きな蛇行を繰り返して通じております。その距離概ね八百キロほどでしょうか。ですから王都サンクリッドとポルトアート間を出来るだけ直線で結ぶ、新街道を建設すれば良いのです!」


「概ね道のりは六百キロ程に短縮出来るでしょう。そして肝心なのは、この新街道は王国が建設し有料王国道として運用する事です」

「しかし金にうるさい商人たちが、わざわざ通行料を払ってまで利用するだろうか」

 宰相が顎を撫でながらノアに問うた。


「仮に新有料王国道の通行料が一日分の経費に相当するとしましょう。道路は真っすぐに伸び、道は平らで馬や馬車にも負荷が少ない。そして沿線警備により襲撃を受ける心配もない。何より十日掛っていた道中が半分の五日で走破出来る。商人達がどちらの街道を選ぶかは火を見るよりも明らかです」


「うむ、もっともな理屈であるな」


「建設費用は国庫からの捻出となりますが、十年程で回収出来ると試算しています。その後は王国府の優良な財源となりましょう。さらに物流は膨らみ、版図は豊になり、税収も上がって参ります」

 ノアの提案に聞き入っている四人は納得するように頷いた。


「そして三つ目のご提案ですが、王国府主導で単位の統一を実施致しましょう」


「現在王国内では、長さ・面積・体積・質量など、単位の統一がみられておりません。物流の更なる効率化を実現するために、早急に実施すべきと進言致します。草案は後程ご提出いたします」

「その件に関しては、我々も考えていたところよ。賢者殿の草案を是非参考にさせて頂こう」



 話がひと段落したところを見計らって、リーフェが冷えたピーチティーの新しいグラスお出ししていく。

「余りにも話に夢中になり過ぎて、気が付けばとても喉がとても渇いておる。この娘は良い気配りが出来る様だ」

 宰相はいたく感心してリーフェを見た。


「今回三つの提案をいたしましたが、それぞれ独立した物では無く、すべて関係性があり、相乗効果を発揮する事はお解かり頂けると思います」

 ノアは冷たいピーチティーで、一度喉を潤した。


「さらにこの提案が実行に移されると、必然的のポルトアートの重要性が浮き彫りになって来るでしょう。さらに彼の地は、東側で隣接するグラブフォルム王国との国境警備や、メドーリア湾の海上警備の拠点としての立地条件を満たしています」


「私は基本的に国家の内政には干渉しない事を良しとしております。ですからここから先は私の独り言ですが、先日お話した抑止力を行使しうる軍隊を、早急にポルトアートに整えるがよろしい……とお耳汚しをしておきましょう」

 この話に大きく反応したのは、やはり軍務尚書だった。


「陛下、宰相閣下、お聞きになられましたか! 将官は軍務尚書として賢者殿の進言に感銘を受け、いちいち同意致しますぞ。どうも軍部は騎士連中の思惑が重用される悪しき伝統がある。これはきっと天命でありましょう。思い切って舵を切るべき時と愚考いたします」

 

「人間が国家を形成する以上、自国を守る軍隊を手放す事は未来永劫不可能でしょう。人間とは根本的に、非常に好戦的で残念な種族なのです。しかしその事実を認めつつ可能な限り努力を積み重ねて行けば、未来の姿は変わっていくと私は信じています」


「ウーム、誠の賢者の智慧ちえとはかくも深く恐ろしいものなのか……」

 そう言った宰相は深くため息をついた。

 王妃は頼もしそうに目を細め、ノアを眺めていた。


「それに新街道が完成すれば、とても良い事があるのですよ!」

「ほう、まだなにか良い事があるのかね」


「まだまだ改善の余地は大きいですが、美味しい海の幸を食べられる様になります!」

「賢者殿はそれが目的ではないのかね⁈」

「もちろんそれは否定しません!」

 テーブルは和やかな雰囲気に包まれた。


「どうだろう叔父上。賢者殿が考え、ここまで熱心に提案してくれたのだ。我々が躊躇ちゅうちょする理由は無いと思うのだが」

「陛下、わたくしも同感です。早速関係各省と協議に入りましょう」

 ノアはその結論に満足し、立ち上がって胸に手を添え深くお辞儀をした。


「それではこの計画を王子殿下が王太子殿下となられる祝事の記念事業となされるのは、いかがでしょうか」

 その一言に四人は、一様にノアに注目した。

「ノア殿、その話、どこから耳に入った!」

 国王が眉をひそめノアに問うた。


「申し訳ありません。実はバイエフェルト伯爵から内々に相談を頂きまして……」

 エジェリーが申し訳なさそうに下を向いた。

「むう、先を越されてしまったか……。まあ良い、なんとなく想像出来るというものよ。どうせ賢者殿は、バイエフェルト伯と結託して、なにか悪巧みをしているのであろうよ」

 呆れた様な表情を見せた国王は苦笑いを見せた。

「御明察、恐れ入ります」

 ノアは上目遣いでニヤリと口許を緩ませた。

「もう賢者殿の手のひらで踊らされるのは慣れましたぞ」

 宰相も呆れ顔で笑った。



「時にノア殿。ひとつ考えていた事があってな……。その王子の、教師をお願い出来ないだろうか」

 国王は少し申し訳なさそうにノアを覗き込んだ。

 王妃は意外な表情を浮かべて国王を見た。

 突然の申し出だがその件に関しては、ノアは特に驚く事は無かった。

 ある程度予想していたし、王子と交流を持つ事は必要な事だと考えていたからだ。

 

「すでに王子様には優秀な教師の方々がついていらっしゃるでしょうから……。私は王子様にこの世界の出来事を、いろいろとお話しをして差し上げましょうか」

「それでよい。それを望んでおるのだ!」

「ああノア様。何卒宜しくお願い致します。王子にとってかけがえの無い時間となりましょう」

 国王と王妃はノアに深く頭を下げた。


「陛下、王妃殿下、お顔をお上げになって下さい。それでは次回よりこの茶会の後、夕刻まで王子殿下と過ごす事に致しましょう」

 国王と王妃はとても嬉しそうな表情を浮かべてお互いを見合った。

 ノアの仕事がまた増えてしまった……。



「それではこの辺で失礼しようか。賢者殿、本日は美味しい昼食を頂き、良き話を聞かされ、実に有意義であった。礼を言うぞ」

 そう言って国王は席を立った。

「もったいなきお言葉」

 ノアも呼応して席を立ち、深く頭を下げた。


 退室の途中、王妃が畏まって見送るハーロルトに声をかけた。

「あなた、お名前は?」

 突然の王妃からの言葉にハーロルトはかなり狼狽している様だ。

「ラ、ラージュ・ハーロルトと申します」

「ハーロルト、とても美味しかったわ。賢者様の元で励むのですよ」

 思いがけず声をかけられたハーロルトは、驚きのあまり返事を口にする事が出来なかった。ただひたすら姿勢を低くするだけだった。

 高貴な微笑みと華やかな香りを残し、王妃は国王に続いて広間を後にした。 

 

 しばらく呆けながら立ち尽くすハーロルト。

「け、賢者様……。あ、あなたのおかげで、王妃様よりお言葉を頂いてしまいました……」

 ノアはそんなハーロルトに優しく頷いた。


「さて、サンドウィッチがまだまだ沢山残っていますね。みんなで食べてしまいましょう!」

「わたし、皆様が食べるのを見ていて、自分のお腹がならないか心配していたんですよ!」

 リーフェの一言にみんなが笑った。


「そこの衛士さん、ちょっと手伝ってくれますか!」

 ノアは扉の左右で姿勢正しく控えている若い衛士二人に声をかけ、手招きした。

 二人は急ぎ足でノアの元へやってきた。

「お呼びでございましょうか、賢者様」

「残り物で申し訳ないのですが、一緒に食べて片付けるのを手伝ってくれませんか」

 二人の衛士は驚いて顔を見合わせた。

「いけません、賢者様。そのような事は……」

「いいのですよ。もうここには誰も来ませんし、あなた達はぼくの手伝いをするだけですから」


「さあ、ここに座って。 リーフェ飲み物を用意してあげて」

「かしこまりました、ノア様!」

 ノアは遠慮する衛士をなんとか座らせた。


 そしてノア達のフードロスに対する抵抗が始まった。

 

「賢者様……。このような美味しい食べ物は初めて口にしました。ありがとうございます」

「それはよかった」

 ノアは感動しながらサンドウィッチを食べている衛士に優しく答えた。



「リーフェ、今日の話題はどうだった? 君ならば全て理解出来たはずだ」

「はいノア様!『やっぱりノア様は凄いな~』って感動しながら聞いていました」

 ノアはリーフェを見ながら満足そうに頷いた。


「エジェリーはどうだった?」

「……わたしにはノアが凄いって事ぐらい……初めから解っているわよ!」

 ノアは苦笑いした。


「リーフェ、やがて君はこういった計画の中で、とても重要な役割を果たす時が来るだろう。しっかりと勉強するんだよ」

 リーフェは少し小首を傾げたが、「頑張ります!」と可愛らしい返事をした。







 

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