第69話 サンドウィッチとグローブ
宮廷料理人ハーロルトを迎え、新しいコースメニュー作りに着手してから五日目の八月二十七日、早くも次の国王夫妻との茶会の日を迎えてしまう。
前回は王妃殿下にショートケーキを献上し好評だったので、今回は国王陛下を喜ばせなければいけないだろう。
我ながら厄介な仕事を増やしてしまったものだ……とまた少し反省するノアだった。
しかし美味しいモノを一緒に食べると、話が上手く通るのもまた事実。
ノアはこれも戦術の一つ! と心に言い聞かせるのであった。
今回は時間がないので、簡単なもので済ませたい。
候補に上げたのは、ハンバーガーとサンドウィッチだった。
さて問題なのはソースだ。
ウスターソース系はすでにこの世界に存在していたので問題ない。
マヨネーズは存在していないが、酢も卵もオイルもあるので簡単に作れる。
問題はケチャップであった。
トマトはあるが、まだ食用として認知されていないのだ。
毒リンゴと呼ばれるほど評判が悪い。
これではトマトソースも作れない……。
同じ事がジャガイモにも当てはまった。
両者とも、毒の知識が正しくないだけの話なのだが……。
自分自身の食生活を豊にするためにも、今後農場を開設した折には、トマトとジャガイモの品種改良は優先して行う事にしよう!
ジュビリーに先行して勉強させておくのが良いだろう。
そんな諸事情により、今回の献上品はサンドウィッチに決定!
素朴な田舎パンを薄くスライスして、焼いた鹿肉や鶏肉を挟むと、それだけで実に美味しかった。
ハーロルトが簡単に作る、この時代のこってりとしたソースとの相性も素晴らしい。
さらに今回の目玉は『カツサンド』だ。
前世日本のトンカツを忠実に再現する事は難しく無かった。
そして少しだけ甘めのトンカツソースを作ってもらい、マスタードを添え、上等な白パンの耳を落として挟み込めば……。
美味しくて、懐かしくて涙が出た……。
秋葉原に寄るとよく行っていた、万世橋の店を思い出した……。
これらのサンドウィッチは、試食した仲間達からも絶賛された事は言うまでもない。
さらにアーロイスが上手いビールを見つけたとの情報を提供してくれた。
さすがAランク冒険者である。
さっそく樽で手に入れてもらった。
試飲してみると? 下面発酵の上等なラガービールだった。
こいつをグラス共々魔術でキンキンに冷やして、晩夏の昼下がりに飲めば……。
しかもお供は極上のサンドウィッチ。
『クゥ――ッ! 今回も勝った! 自分が飲めないのは実に残念だが……』
* *
午前中早くから王宮に入り、厨房でハーロルトと共に仕込みに入る。
今回は昼食を提供する便宜上、ノアが一つの広間を借り切り、『国王夫妻を招待する』スタイルを取った。
手際よくサンドウィッチを仕上げて行くハーロルト。
調理がすべて終わると、広間に移動しテーブルの上に美しく盛り付けた。
「皆様が食事中、ハーロルトさんも広間にいて手伝って下さいね!」
それを聞いたハーロルトはとても驚き、緊張してしまった様だ。
そして今回は話題の性格上、給仕係はアイリではなく、リーフェを選んだ。
「国王陛下並びに王妃殿下、御成にございます!」
衛士によって扉が左右に開かれ、先導の若い近衛騎士が畏まってノアに告げた。
ノアとエジェリーが来客を出迎える。
「国王陛下、王妃殿下、宰相閣下、軍務尚書閣下、こんにちは。今日も良い天気ですね!」
ノアは敢えて畏まった挨拶を省略し、来客を出迎えた。
王家の面々も特に気にする事も無く、気さくに挨拶を返してくれた。
「本日は簡単な昼食をご用意致しました。お楽しみ頂ければ幸いです」
ノアが王妃殿下を、エジェリーが国王陛下を、リーフェが宰相を、ハーロルトが軍務尚書をサポートして、それぞれ席につかせた。
「ほう、ずいぶんと目新しい物を美しく並べているな!」
国王がテーブル上を見まわし、物珍しそうに期待感を現した。
リーフェが早速、良く冷やしたおしぼりを提供していく。
「おや、今日はアイリではないのかね? ずいぶん可愛らしいお嬢さんではないか」
「皆様初めまして。リーフェ・ライマーと申します。どうぞお見知りおきを」
リーフェはスカートの裾を少し持ち上げ、落ち着いて可愛らしく挨拶をした。
――さすがリーフェ。怖いもの知らずというか、堂々とした振る舞いだね。
「彼女はアイリと共に、私の侍女として面倒を見てくれているのですよ。父親は陛下の版図で貿易商を営んでおります」
「ほう、あのライマー貿易のお嬢さんかね。賢者殿はすでに財界とも繋がりを持っていると言う事だな」
宰相はいたく感心しているようだ。
「さて、本日召し上がって頂くのは、サンドウィッチと申します。どうぞ、そのおしぼりでお手をお拭きになって、両手で掴んでガブリとお召し上がり下さい」
「どれ、さっそく頂いてみようか!」
先陣を切って食するのは、もちろん国王陛下である。
彼が手をつけなければ、誰も手をつけられないのは当然であった。
「これはうまいな!」
国王が最初に口に運んだのは、照り焼き風味チキンのサンドウィッチだった。
「香ばしくやいた鶏肉に複雑に絡み合った二色のソースが実に良い!」
食事の始まりを合図に、ハーロルトが四つのグラスに注いだ飲み物をトレンチ(丸いお盆)に乗せてノアの元に運んでくる。
ノアは両手を添えて、氷結の魔術を凍る寸前まで流し込んだ。
次第にグラスは汗をかき始め、外見からも良く冷えているのが見て取れた。
ハーロルトは緊張しながらも、お客様の右側にそっとグラスを置いていく。
「どうぞ、キンキンに冷やしてあります。 グッ! と行っちゃって下さい」
一連の動作を興味深げに眺めていた四人は、すぐにグラスを取って喉に流し込んだ。
「冷たい! そして美味いぞ! これは、エールではなくビールだな!」
「軍務尚書閣下、正解にございます。知り合いの冒険者が教えてくれまして、本日お出しする事が出来ました」
「ほう、ノア殿は冒険者とも交流があるのかね」
「そしてこのビールと共に是非食して頂きたいのは、こちらのカツサンドです。どうぞお試し下さい」
ノアはお皿の上に綺麗に切り揃えているカツサンドを指し示した。
言われるがままに客人達はカツサンドをガブリ。
しばらくモグモグと咀嚼しのみ込んだ後、一様にビールをゴクゴクと流し込んだ。
「なるほど、これはたまらんね! これは豚の肉かな⁈ ソースとマスタードが良い仕事をしておる」
国王が何度も頷きながら、感想を述べた。
「はい、その通りでございます。柔らかい豚のフィレ肉にパン粉を絡め、揚げたモノでございます」
「しかしノア殿。そなたはその若さでビールの味わい方を熟知している様に見えるが、なんとも不思議な事よ」
宰相が好奇な目でノアを覗き込んだ。
「その件に関しましては、いずれ時を見て種明かしを致しましょう」
ノアは、そう言って頭をかいて誤魔化した。
――それはね、前世では冷たいビールで一杯やるのが楽しみで、一日働いていた様なモノですからね……。
そして和やかに昼食の時間は流れて行く……。
「皆様、お口汚しで申し訳ありませんでした」
「いやいや、実に目新しく、どれも美味であった!」
「わたくしは潰した卵を白いソースで和えたサンドウィッチがとても気に入りましたわ!」
ノアは国王と王妃の賛辞に満足した。
「さて、本日のお話に先駆けて、まずは皆様にお見せしたきモノがございます。どうぞこちらへお移りになって頂けますか」
ノアは昼食の円卓の横に準備しておいた別の円卓に、四人を誘った。
方々の着席が終わるとリーフェがすかさず、アイスピーチティーを提供していく。
「これはなんと華やかな香りなの! 桃が入っているのね。しかも氷がたくさん入っているわ」
「ああ、美味しい! 紅茶にこんな飲み方があるのね。この暑い季節になんと贅沢なのでしょう……」
王妃殿下の絶賛が止まらない。とても気に入った様だ。
ノアはテーブルの上に準備しておいた物体に掛けられている、青い絹のサテンを取り除いた。
現れたのはバスケットボールほどの地球儀だった。
ザナック工房に造らせていたものである。
「ほう、それはこの大地の姿をかたどったものであるな!」
軍務尚書が興味深そうに声をあげた。
「わたくしには未だに大地が毬の様に丸いなどとは信じられませんわ! 下に行けば落ちてしまうではないですか!」
王妃がこの時代の誰もが抱くであろう疑問を、当然の如く口にした。
「王家の版図はここでございますよ」
ノアは国王らが良く見える様に、ピンで目印を付けている地球儀の一部を指し示した。
「やはり、こんなに小さいのかね!」
国王は驚きの声を上げる。
「陛下、エレンシア大陸自体がこれほどに小さいのです。その中では陛下の版図は一番大きいのですよ!」
「そしてエレンシア大陸自体がさらに広大なユーラルレシア大陸の一部にしか過ぎないのです。私は便宜上この丸い大地を『地球』と呼ぶ事に致します。そしてこの地球の表面はこの様に広大な海で覆われているのです」
「それでは、この大地がなぜ丸いと言えるのか。ひとつ証明してご覧にいれましょう」
「申し訳ありませんが、厚手のカーテンをしめて、部屋を少し暗くして頂けませんか!」
ノアの目配せで、部屋に控える衛士たちが指示通りカーテンを閉めた。
ノアは席を立つと、広間の中央に向かった。
「これから小さな太陽を作ります」
ノアは部屋の中央辺りに魔素粒子を圧縮して光球を作り出し、空間に固定した。
薄暗かった部屋が、まるで日向の様に明るくなった。
「なんと、さすが賢者殿、実に奇怪な魔術だ」
軍務尚書が驚きの声を上げる。
「みなさん、その地球儀をご覧下さい。あの明るい太陽の光を浴びている半面が昼。対して暗い反対側が夜となります」
夢中で聞き入っている四人は一様に頷いた。
ノアは部屋の中央に浮かべている光球をゆっくりと右回りに動かした。
それに伴い、地球儀の昼面と夜面が移動する。
「恐らく皆様は、このように太陽が移動して『一日が過ぎていく』と思われている事でしょう。しかしそれは真実ではありません」
四人は同様に驚きの表情を浮かべ、ノアに食い入る様に注目した。
ノアは光球を元の中央に移した。
「実はこの太陽は動かずに、地球が回転する事で一日が生まれるのです」
そう言いながらノアは地球儀のあるテーブルまで戻った。
そして地球儀をゆっくりと時計と反対廻りに動かした。
「皆様は今このピンが打ってあるレ―ヴァン王国の大地に立っていると想像して下さい。進行方向は常に東、反対は西ですね」
ノアは夜明け前の場所にピンを合わせスタートさせた。
そしてちょうど昼と夜の境目で停止させた。
「ここで日の出を迎えます。東から太陽が見え始めるのがイメージ出来ますか?」
さらにノアは地球儀をゆっくりと左に回していく。
「こうして太陽はだんだんと高く登って行くように見えます。そして正午を迎えます。さらに地球が回転すると太陽は西の空を段々と下って行くように見えます」
「そしてここで日没を迎え、この後夜が訪れるのです。この様に地球が正確に回転する事により、一日を重ねていくのです」
ノアは最後に地球儀を勢いよく回転させた。
「これを見れば、この国の天文学者たちは腰を抜かすのだろうな」
「近々、太陽と地球と月の関係については、学院で講義を行おうと考えております。その時は是非、学者の皆様とは議論を交わしたいものです!」
宰相は興味深げに頷いた。
「実に有意義であるな。面白い! 私が手配しておこう」
「賢者殿、それではこの大地はいったい、どの位の大きさをしているのだろうか……」
ノアは宰相からのその問いに大きく頷いた。
この疑問を抱いて欲しかったのである。
「私にはおおよその見当は付いているのですが、実測してみなければ確定出来ません。私は測定する方法を知っていますし、やらなければいけないと考えています」
ノアは魔術を解いて、小さな太陽を消した。
居間の中が再び薄暗くなった。
そして厚手のカーテンを開けてくれるようお願いした。
眩しい光が差し込み、爽やかな風が通り抜けた。
「さて、ここからが本題でございます。本日私は、この国を司る皆様に三つの提案を用意して参りました」




