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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編

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第68話 オートキュイジーヌ<前編>


 

 国王陛下と王妃殿下との茶会、そしてバイエフェルト伯爵と初めての対面を果たした翌日、ノアはエジェリーを供に、再び王宮を訪れていた。

 来年一月に執り行われる、王子殿下を王太子として正式に定める成聖式後の晩餐会に、新しいアイディアを盛り込むためである。


 我ながら面倒な提案をしたものだ……と多少の後悔もあったが、バイエフェルト伯爵に助力するため、さらに今後の自分自身の計画のためにも、ここは頑張ってみるべきだろう。

 現代日本からの転生者にとって、前世の料理の知識はチートスキルのひとつと言って、間違いない。

 これをこの時代にフィードバックしない手は無いでしょう。

 それに転生前の世界で食べていた料理が懐かしいしね。


 すでにノアの方向性は定まっていた。

 この世界、この時代の宮廷料理は、豪華な食材を大皿で『バーン!』とテーブルに並べるスタイルだ。 そこを根本から変えて、お客様の度肝を抜こうと!

 そう、前世のコース料理、古典的な『オートキュイジーヌ』をそのままこの世界の事情に合わせて再現すればいい!


 

 そして午前中に再びバイエフェルト伯爵の執務室を訪ねた。


「まず、バイエフェルト伯爵にお願いがあるのですが……」

「ほう、なんでしょう」

「実は、昨日の国王夫妻とのお茶会が、定例化する事に決まりました。毎回軽食やデザートを献上する流れになってしまいまして……」

 ノアは頭をぽりぽりとかきながら打ち明けた。

「それは、名誉な事であり、難儀な事でありますな」

 バイエフェルト伯爵も同情を込めた苦笑いを返した。

「おっしゃる通りです。そこでバイエフェルト伯爵には、食材調達や調理場の便宜を図って頂けると、たいへん助かります。むろん調理したすべてのレシピを提供いたします」

「お安いご用です。後程担当者を紹介しましょう。ご自由にお使いください」

「ご協力、感謝致します」

 ノアはほっと胸をなでおろし、頭を下げた。

「それから今度の試食会を含めて、若手の腕の良い料理人を、しばらくぼくに預けて頂けないでしょうか」

 バイエフェルト伯爵は顎を手で撫でながら、しばしノアからの申し出を思案している様だ。


「エジェリー、ハーロルトを呼んできてくれないか」

「かしこまりました、お父様」

 エジェリーはなるほどと頷き、直ぐに立ち上がり厨房に向かい部屋を出た。


 ほどなく白衣を着た二十歳過ぎの誠実そうな青年が、白い帽子を手に取り不安そうな面持ちで現れた。

「伯爵様、お呼びでございましょうか……」


「賢者殿、彼が若手一番の才能を持ったハーロルトです」

 その若き料理人は、いきなりあるじから褒められた事に加えて、賢者と呼ばれたノアの存在に驚いた様だ。


「ハーロルト、少し話がある。椅子を持って来て、そこに座りなさい」

 そしてバイエフェルト伯爵は概要をハーロルトに説明した。

 ハーロルトは突然涌いて来た突拍子もない話に困惑しているようだ。

 ノアはそんな彼をじっくりと観察した。


「ぼくは多少の知識とアイディアはありますが、料理人ではありません。ぼくの代わりに実際に調理してくれる腕の良い料理人が不可欠なのです」

 ノアはハーロルトに熱い視線を送った。

 そして彼を落とすべく、論を展開する。


「そもそも料理とは何なのでしょうか? ぼくはそこから考える必要があると思うのです。これって単純は問ですが、答えるのは難しいと思いませんか」

 バイエフェルト伯爵は『なるほど』と大きく頷いた。

「さすがは賢者と称えられるお方だ。物事を捉える入り口が違う。ハーロルト、これは勉強になるぞ!」

 ノアはさらにたたみ込む。

「ハーロルトさん、あなたは料理人として、何を考えながら仕事をしていますか?」

 ハーロルトは少し思案した後、自信がなさそうに答えた。

「お客様に美味しく召し上がって頂く……事でしょうか」

「合格です。その心構えが料理人に最も重要な理念だと、ぼくも思います」

 そしてノアはさらに熱意を込めて語る。

「食材の組み合わせも、食材を切る大きさも、合わせる調味料も、そして調理方法も。そのすべては美味しく食べて頂くための最善の選択の積み重ねです。それこそが料理ではないでしょうか」

 ハーロルトはノアを食い入る様に見ていた。

「さらにハーロルトさん、あなたは自分で造られた料理は、どこで完成を見ると思いますか?」


「お皿に美しく盛り付けたところだと思います」

 ノアは予想通りの答えに満足し、大きく頷いてみせた。

「その通りだとぼくも思います。しかし、大人数に提供される宮廷料理は、大皿にダイナミックに盛られる事が多い。それはそれで一つのスタイルとしてあるべき姿だとも思いますが、今回ぼくは、更にその先を追求したい!」

 そう言ってノアはニヤリと口元を緩ませた。


「大皿に盛りつけられた料理は、結局切り分けたり、取り分けたりして個人に提供されることになります。そこには残念ながら不公平も生じてしまいます。さらに女性のお客様など、遠慮される方も多い」

 バイエフェルト伯爵とハーロルトは、真剣な面持ちでノアの言葉をかみしめている。


「今回ぼくが提案するスタイルは、全ての料理をそれぞれ一枚のお皿の上に美しく盛り付け完成させ、それを全てのお客様の目の前に直接提供していくシステムです」

 バイエフェルト伯爵とハーロルトは目を丸くして驚いた。

「賢者殿……。そのような事が可能なのでしょうか」

 思わず前に乗り出して、バイエフェルト伯爵はノアに問うた。

「可能ですとも! やがてその手法は世界のスタンダードとなって行くでしょう」

 バイエフェルト伯爵はソファーにもたれ直し、ハーロルトに視線を移した。

「どうだハーロルト、やってみないかね。私はおまえがとても貴重な体験と知識を得ると思うのだが?」

「は、はい、伯爵様。是非私にやらせてください! 賢者様、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」


「問題は日程が厳しいのです。ぼくは学院の講師もやっていますので、新学期が始まる前にメニュー構成の完成を観たい」

 概ね二十日程で結果を出さなければならなかった。

 ノアは立ち上がり、ハーロルトの傍によって握手を求めた。

「ちょっと忙しくなりますが、お互い頑張りましょう。期待していますよ、ハーロルトさん」

 ノアから差し出された右手を、ハーロルトは両手で受け取り、しっかりと握りしめた。



 賢者ノア・アルヴェーンの料理番と知られ、やがて王都最高の名シェフと讃えられるラージュ・ハーロルトに転機が訪れたその時だった。

 彼が不動の名声を手に入れるは、そう先の話ではない……。



「それでは厨房へご案内しましょう」

 バイエフェルト伯爵に案内され、ノアは王宮の厨房へと足を踏み入れた。

 さすが名宮と誉れ高いノイエ・ブルクハルト宮の厨房である。

 その床面積は広大で、壁際にはズラリと窯やオーブンが並んでいた。

 内側には多数の調理台や、調理道具や食材を並べた棚が、整然と配置されている。

 今は宮廷内で公務を司る官吏かんりの昼食を準備しているのだろうか、十名程のコックと多数の給仕係が忙しそうに動きまわっていた。

 肉を焼く、食欲を誘う匂いも漂ってくるではないか。

  

「ハーロルト、料理長と副料理長、それから給仕長と、食材担当者を呼んで来てくれないか」

「かしこまりました、伯爵様」

 そう言って一礼したハーロルトは厨房の奥へ向かって行った。


 ノアはバイエフェルト伯爵から厨房の概要を聞きながら、興味深く辺りを見渡していると、「まったく! この忙しい時に……」そんな不平を漏らしながら、呼ばれた四人がハーロルトに連れられてやって来た。

 バイエフェルト伯爵の前に出ると、それぞれ帽子をとって畏まった。

「お呼びでございましょうか、伯爵様」

「忙しい時にすまぬな。ちょっと話があるのだ」


「まずこの方を紹介しよう。先日国王陛下より賢者と称えられた、ノア・アルヴェーン殿である」

 紹介された四人は驚きを持ってノアを見た。

「賢者様の事はお達しで存じております。しかし本当にまだ少年なのですね」

 料理長は少し怪訝そうにノアを見ている。


「私は次の晩餐会に向けて、いろいろと思案しているところなのだが、賢者殿にご助力を頂ける事になってな。おまえ達にも協力して欲しいのだ」

 バイエフェルト伯爵はそう切り出して概要を説明した。

 当然の如く、現場の四人は良い顔はしなかった。

「まあ、伯爵様のお言いつけとあれば仕方ない。精々我々の仕事の邪魔をしたり、調理場を汚したりしないで下さいよ」

 料理長の機嫌は良くない。

「ご迷惑をかけるお詫びと言ってはなんですが、試食会に皆さんをご招待しましょう。そこで忌憚きたんのないご意見を頂ければ幸いですが」

 ノアはわざと少し挑戦的な態度をとった。

「これは面白い……。賢者様はよほどの自信家でいらっしゃるようだ。料理で我々に挑んでくるとは。楽しみにしておきましょう」

 そう言い残して料理長は持ち場に戻って行った。


「賢者殿、申し訳ない。口は悪いが仕事には誠実な人間なのです」

「気にしていませんよ。職人は誰だって自分の聖域に、見ず知らずの者が入り込むのは嫌なものですから」


「それではさっそくハーロルトさんをお預かりしてよろしいでしょうか」

 バイエフェルト伯爵は頷いた。

「ハーロルトよ。しばらく賢者殿の元で勉強してきなさい。頑張るのだぞ」

 そしてバイエフェルト伯爵とは厨房を出たところで別れた。


「さてハーロルトさん。これから学院のぼくの部屋に来て頂けますか。ぼくの計画を説明します。そして内容を詰めて行きましょう」

 ハーロルトは緊張している様子だが、「かしこまりました」と返事をした。

「さっそく明日から仕事に取り掛かりましょう。エジェリーは朝学院に来るときに、ハーロルトさんを連れて来てくれ」

「わかったわ。それで具体的にどうするの?」

「明日から自分達の食事は、すべて自分達で作って食べよう。学院の学生寮の厨房を使わせてもらおうか。そしてみんなで沢山話をしよう」

 ノアにとっては、いかに自分のイメージを協力者に反映できるかが、大きなポイントだった。



  *  *



 八月二十二日。

 いよいよノアの前世の知識を惜しみなく反映した、コース料理の創作に着手した。

 この日からエジェリーをはじめ、レベッカ・アイリ・リーフェもフル動員である。

 さらにノアはAランクパーティー『月下の一角獣』を呼び寄せた。

 彼らはジビエ料理の素材の調達や、葡萄酒の試飲など、思いの外活躍を見せるのであった。

 当の彼らも、極上の料理と葡萄酒が食べ放題、飲み放題とあって至極喜んでいた。


 さらに今回のコース料理を完成させるためには、もう一つ重要な要素があった。

『ギャルソン』と呼ばれていた職種、まあ給仕係の育成である。

 あまり堅苦しくする必要はないが、せめてお皿の運び方や置き方、料理の知識など、最低限は教育しておく必要があった。

 ノアはその重要なポジションに自分をはじめ、アイリとリーフェ、そしてお酒の関係からもサーシャとステラを抜擢した。

 まあ今回は自分以外は全て女性なので、『セルヴーズ』と呼ばなくてはいけないな……。

 

 かくして大勢の協力を得て、ノア監修による試食用のオートキュイジーヌは完成を見た。


 そしていよいよ九月十日、試食会が開催される。








オートキュイジーヌとは、宮廷料理に起源を持つ伝統的な高級料理の名称です。複雑な味付けと手の込んだ飾り付けが特徴です。

フランスの宮廷料理は17世紀あたりから変化が見られ、後のオートキュイジーヌとして成立していきます。ルイ14世の宮廷料理人であり作家でもあったフランソワ・ピエール・ラ・ヴァレンヌ(1615年 - 1678年)が料理法の変化がおきていることを記しています。


引用:『ウィキペディア(Wikipedia)』




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