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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編

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第67話 バイエフェルト伯爵



「さあ、エジェリー。次は父上にご挨拶しなくては……」

 ノアは久しぶりに領地から出京してきたバイエフェルト伯爵に、初めて挨拶する約束を取り付けていた。

 ――こっちの方が国王陛下との謁見より、よほど緊張してしまうよ……。


 ノアとエジェリーは足取りも重く、王宮内厨房近くにあるバイエフェルト伯爵の執務室に向かっていく。

「大丈夫かしら……心配だわ。わたしの父はとても厳しい人だから……」

 並んで歩くエジェリーは不安な表情をノアに向けた。

「問題無いよ。『お嬢さんを嫁に下さい!』なんてお願いに行く訳では無いのだから」

「もう……冗談言わないで!」と言いつつも、瞳を上に向けているエジェリーは『それはいいかも……』なんて思っているのかもしれない。



 エジェリーが一瞬ためらった後、意を決して扉をノックすると「入りなさい」とシブい男性の声がした。

 エジェリーが丁寧に扉を開け、ノアは最も過酷な戦場へと足を踏み入れた。


 窓から差し込む明るい光を背に、如何にも上級貴族です! と表現したくなる紳士が、執務机の椅子から立ち上がった。

 そしてこちらにゆっくりと向かって来る。

 白いブラウスの上に金糸の刺繍が入った黒いベスト、タイトなパンツが細身の体形に似合い、さらに上品さを醸し出している。

 髪の色はエジェリーと異なりダークブロンドで、流行りの長髪でキメていた。

 そして彼の表情には、やはり笑顔は無かった……。


「お初にお目にかかります、バイエフェルト伯爵。ノア・アルヴェーンと申します。ご挨拶が遅くなり、誠に申し訳ありません」

 ノアは、それは一生懸命に頭を下げた。

 二度の人生で、最も真摯に頭を下げたかもしれない。

 

「エジェリーの父親・・、ブランフォード・バイエフェルトです」

 ――キター! いきなり父親・・を強調してきました。 

 ――ぼくには何もやましい事はございません! キスはしちゃったけど……。

 ノアはバイエフェルト伯爵から、豪華なソファーに座る様に右手で指示された。

 言われるままに着席したノアだが、エジェリーは肩が触れる程、思いのほかノアの近くに座った。

 それは彼女なりの意思表示なのだろうか……。

 バイエフェルト伯爵の眉がピクリと動いたように見えた……。



 しばらくの沈黙の後、バイエフェルト伯爵は重く口を開いた。

「賢者殿は……聞くところによると、娘にずいぶんと危ない事をさせているようですが……」

 ――まずい! いきなり最も恐れていた話題に振られてしまった!


「その件に関しましては、ぼくも大変悩んでおりまして……。やはり善処した方がよろしいでしょうか」

 ノアは恐る恐るバイエフェルト伯爵の表情をうかがった。


「いや、それはそれで娘には都合が悪かろう……」

 ノアは予想外の答えに困惑した。

 そんな表情を見てとったバイエフェルト伯爵は、少しだけ口角を上げた。

「私は賢者殿に対して、多少の予備知識がありましてね……」

 

「賢者殿はおいくつでいらっしゃいますかな」

「もうすぐ十三歳になります」


「賢者殿のご両親は?」

「ぼくが幼い頃に二人供盗賊団に殺されました」


「賢者殿は卓越した魔術と武術をお持ちの様ですが、その能力を何のためにお使いになられるおつもりですかな」

 ノアは少し考え、言葉を選んだ。

「ぼくはこの世界に暮らす人々が少しでも平穏に、そしてその営みがわずかでも長く続く様に力を使って行きます」

  

「賢者殿の持たれる能力の中で、もっとも強力な力はなんと心得ますかな」


「先を見通す目……でしょうか」

 ――実際は前世の記憶、だけど。


「ほう、力を誇示なさいませんか……」

 それだけ言うとバイエフェルト伯爵は目を閉じ、なにか考えている様子だ。

 緊迫した空気が緩む目途が立たない……。


「賢者殿は『食』についてどの様なお考えをお持ちですかな」

 ――おっと、質問の趣向が変わったな……。バイエフェルト伯爵は『食』に対しては専門家だ。ここは気が抜けないぞ!


「食べるという行為は、生きるためにもっとも基本的な営みです。そのためにぼくが考える『食』を説明するには、あまりにも多岐に渡ってしまいます。おそらく一晩掛けても語り尽くせないでしょう」

 ノアは真剣な面持ちで語る。

「ぼく自身も『食』に関しては、この先最優先で取り組んでいかなければいけない課題であると考えています」


「さて、具体的には?」

 ここはバイエフェルト伯爵の興味を引いた様だ。

「最も大きな取り組みとして、近々に農場を整備し、品種改良や肥料の開発、土壌の研究などに取り組む計画があります。この成果により、農民の生活水準は上がり、国は豊かになるでしょう」


「ずいぶんと大きな風呂敷を広げましたな。夢のような話に聞こえますが」


「必ずや成し遂げてご覧にいれましょう」

 これは誰がなんと言おうと、やり遂げなければいけない問題だ。


「この世界には、せっかくこの世に生まれて来たのに……。飢えによって命を落とす子供が当たり前の様に大勢います。ぼくはこの理不尽な現実に目を背けてはいられません……」

 ここでバイエフェルト伯爵の表情が少し険しくなった。


「賢者殿は、今日は私に、説教でもしに来たのですかな」

 ノアの隣に座るエジェリーは二人の表情を確かめながら、とてもハラハラしている様子だ。

「ご不興を被ったのであれば、ご容赦願います。ここまでは大きなマクロ視点から見た食料事情の話でございました。ここからは料理の話を致しましょう!」


「それは面白い。賢者殿はこの私に、粗食でも勧めて下さるのですかな」

 相変わらずバイエフェルト伯爵の皮肉はキツイ……。

 ――そうか、エジェリーのエグる一言は父親譲りだったのね。

「とんでもございません! ぼくは美味しい料理を頂く事は、人生の喜びのひとつと思っています」


「それでは……賢者殿は宮廷料理の正体をどの様に見られますかな」

 バイエフェルト伯爵は、自身の疑問をノアに問うたのかもしれない。


「宮廷料理とは、飢えに苦しむ貧困者の食事と、正に対極に位置しています。しかし単純に料理の質や、生じるコストだけで対比するものではありません」

 ノアはここが正念場であるとばかりに、はっきりとゆっくり語った。

「宮廷料理には国家の壮大な戦略の一翼を担う、大切な使命が存在するのです」

 バイエフェルト伯爵は一瞬『八ツ!』とした表情を見せた後、ノアと視線を合わせた。


「国王陛下の御名によって振る舞われる華麗な宮廷料理は、国の威信そのもの。時として国の命運すら左右するでしょう」


「ぼくは思うのです。フォークはヤリより深く刺さり、ナイフは名刀より鋭く切れます!」


「…………」

 バイエフェルト伯爵は目を閉じ、腕を組んで沈黙してしまった。


「賢者殿……」

 そうつぶやいて険しい眼光をもってノアを射抜いた。 

「はい、バイエフェルト伯爵」

 ノアはゴクリと生唾を飲み込んだ。


「私はこの仕事に誇りを持っておりますが、これほどの賛辞を頂いた事はありませぬよ」

 明らかにバイエフェルト伯爵の声のトーンが変わった。


「まさに『わが意を得たり』とはこの事。貴方のお言葉は理にかない、そして魂を揺さぶる。国王陛下と王妃殿下が絶賛される訳が、一瞬で理解出来ました」

 バイエフェルト伯爵は何度も頷きながら言葉を続けた。

「とかく料理という仕事を軽んじる御仁も多いのですよ。これからは貴方から頂いた言葉を思い出せば、くだらぬ中傷にも腹が立たぬと言うものですな……」


「料理をないがしろにするとは! それはどこの野蛮人ですか!」

 ノアはあえて大袈裟な表情を作って言葉を返した。


「ワハハハハハ!」

「賢者殿はそんなやからを野蛮人と申されるか! これは実に愉快だ!」

 エジェリーは楽しそうに笑う父親を、それは意外そうに眺めている。


「これからは我がバイエフェルト家も、スピルカ家に後れを取らぬよう最大限のご支援をお約束いたしましょう」

 ノアとエジェリーは顔を見合わせた。


「いやなに、先日スピルカ卿に食事に誘われましてな。彼は幼馴染なのですよ」

 バイエフェルト伯爵の眼光の鋭さは消え、穏やかな表情に変わった。

「彼より貴方の事をいろいろ聞かされまして。それで貴方に対して予備知識があったのですよ」

 ――そうか。スピルカ伯爵が、事前に援護射撃を入れてくれていたのか! 感謝感激雨あられ。 


 会話がひと段落すると、バイエフェルト伯爵は何やら考え込んでいるようだ。


「まだ公に告知されていないので、内密に願いたいのですが……」

 そう言って少し前に乗り出し、小声で続ける。

「来年一月の王子殿下のお誕生日に合わせて、王太子として正式に定める成聖式が予定されております。その晩餐会が催されるのですが、なにか新しいアイディアがないモノか……と思案しておりまして」

 ノアは目を閉じて、脳細胞をフル回転させ作戦を構築する。

「アイディアは……あります……。大胆に変えちゃいますか!」


「まずは『百聞は一見に如かず』です。ぼくが一度作ってみますので、試食なさいますか?」


「これは面白い! 賢者殿は料理にも造詣が深いとお見受けします。先ほど頂いた極上のケーキといい……。是非勉強をさせて頂きましょう」

「ただし、かなりの準備期間と、厨房の協力をお願いしたいのですが、よろしいでしょうか」

「もちろん出来る限りのお力添えは惜しみませんぞ」

 ノアとバイエフェルト伯爵は、視線を合わせて頷き合った。


「ところで娘は……。賢者殿のお役に立っているのでしょうか」

「ぼくがこの国に入って何不自由なく過ごせるのは、すべてエジェリーさんのおかげです。彼女は、ぼくが最も頼りにしている女性です」

「お父様、ノア……様はわたしがお支えしているですよ!」

 エジェリーは得意気に言ったが、バイエフェルト伯爵の眉がピクリと動いた。

 ――やめて~エジェリー! ぼくの今までの努力を踏みにじらないで~。



「それでは明日また詳細を詰めにお伺い致します。本日は貴重なお時間を頂きありがとうございました」

 そう言ってノアは深々と一礼し、部屋を後にしようとした。


「賢者殿……」

 バイエフェルト伯爵はノアの後ろ姿に声をかけた。


「はい、バイエフェルト伯爵」

 ノアは立ち止まり、今一度バイエフェルト伯爵へ向き直った。


「いや、失礼した。なんでもありませぬ……」

 バイエフェルト伯爵は床に視線を落とし、小さく首を左右に振った。

 ノアにはバイエフェルト伯爵が何を言いたかったか、なんとなく解かった。

 ――父親が年頃の娘を想う気持ちって……複雑なんだろうな。


 ノアは無言で再度一礼すると、バイエフェルト伯爵の執務室を後にした。


 扉を閉め終わったところで、二人は大きくため息をついた。

 そしてしばらく無言で廊下を歩いた。

 ――ああ、ぼく達はもうすぐ大人になる……。その時ぼくは彼女達にどう接して、そしてどう責任を取ればいいのだろう……。

 ノアはそんな事を考えながら、隣を歩くエジェリーの横顔を見てみる。


「エジェリー……、疲れた……。帰ろうか」

「わたしもよ、ノア」

 エジェリーも同じ様な事を考えているのかもしれない……と思った。


「でもノアって、わたしの父をあんなに愉快そうに笑わせるなんて……ほんとに凄い魔術士だわ!」










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