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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編

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第65話 聖獣の呪い3~白髪の魔女~



 ノアは寝室を出て居間のソファーに身体を投げ出し、大きくため息ついた。

 辺りを見渡すと寝室程ではないにしろ、ガラスは割れ、装飾品は飛び散り、凄惨な風景が広がっている。

 ――こいつはアイリとエジェリーに怒られそうだ……。

 ノアにはアイリとエジェリーの驚く顔が、頭の中に浮かんでいた。


 忙しく動き回るリーフェが、合間をみてグラスに注いだ水を持って来てくれた。

 ノアは一気に飲み干してしまった。

 リーフェはそうなる事が解っていた様に、すぐにぬるいハーブティーを入れてくれた。

 ノアはさほど時間を要さず、ハーブティーも飲み切ってしまう。

 するとリーフェは熱い紅茶に砂糖をたっぷり、そして柑橘の香油を添えて、ノアのテーブルの前にカップを静かに置いた。

 ノアは驚いてリーフェを見上げた。

 リーフェはお盆を胸に、少し首を傾げて愛らしい笑顔で答えてくれた。


 ――これは驚きだ。リーフェは石田三成の『三献の茶』の逸話は知らないだろうに、同じ事をするとは! この娘はやっぱり大したモノだ……。



 ノアがリーフェに感心しながら紅茶で癒されていると、ラッセルが冒険者ギルドの職員を連れて帰って来た。

 

「賢者様、只今戻りました!」

 そう言いつつ、ラッセルは室内の様子を驚きの表情で見渡した。

 冒険者ギルドの職員も同様である。

「賢者様、フレイヤは……」

「大丈夫、呪いは解けた。今は着替えさせている所だと思う」

「……ありがとうございます。賢者様」

 ラッセルは全身の緊張が解けたように肩を下げ、安堵して目頭を押さえた。


「先日お目にかかりました、事務室長のバージルと申します。ギルド長より最大限の助力をせよ、と申し使って来ました」

 ギルド職員が見計らってノアに挨拶をした。

「わざわざお呼びだてして申し訳ありません。どうぞお座り下さい」


 ノアは事の顛末をバージルに説明した。

「それでアレッサ方面に出かける冒険者に、エルフィーンと白い牡鹿の聖獣の捜索をお願いしたいのです」

 バージルはノアの話を真剣に聞いている。

「それともう一つ。『月下の一角獣』の馬車を乗ってきてしまったので、明日朝一番で誰かに回送させて下さい。帰りはぼくの馬を預けてありますから、それに乗って帰って来るよう指示を出して下さい」

 バージルは詳細をメモに取ると、「委細お任せください」と言って帰っていった。



「さてラッセル。フレイヤの様子を見に行きましょうか」

 ノアが膝を叩いて立ち上がると、ラッセルは頷き、後に従った。


「どうですか、フレイヤの容態は」

 ノアは静かに眠るフレイヤを見下ろした。

 ラッセルも心配そうにノアの後ろからフレイヤを覗き込んでいる。

「はい、今はとても落ち着いています」

 枕元横の椅子に座るアリスが、ノアに向かって微笑んだ。

 ブレーデンも回復魔術を続けながら頷いてくれた。


 安堵したノアは次にしなければいけない事を考えねばならなかった。

「リーフェ、寮の食堂に行って、みんなが軽く食べられるモノを届けてくれるよう頼んで来てくれるかい」

「ノア様。先ほど手が空いた時に頼んで来ました!」

「さすがリーフェ! 気が利くね。それから隣の四号室にフレイヤを移したいのだけど……」

「はい、明かりも灯してベッドの準備もしてあります。いつでも移して頂けます!」

 ノアはもはや何も言わずにリーフェの頭を優しく撫でた。


「よし、さっそくフレイヤを移そうか! ここの片付けは明日やろう」

 ノアはフレイヤを軽々と抱き上げた。

 フレイヤはよく眠っている。

 ノアはリーフェが灯すランプに先導され、廊下に出て隣の四号室に入った。

 そして寝室のベッドに優しくフレイヤを横たえて、白くなった髪の毛をそっと直した。


「今夜は交代で看病をしよう。ブレーデンさん、アリス先生。申し訳ありませんが今夜一晩面倒を見て頂けるでしょうか」

「もちろんそのつもりでございますよ、ノア様」

「ノア様は、もうお休みになって下さい」

 アリスにそう言われたノアは、今までにない疲労感を急に感じてしまった。

 ――このままぼくが無理して起きていても、たいして役にたたないか……。

「リーフェ、君達の部屋で少し寝かせてくれるかい⁈」

「わたしは構いませんけど……」

 リーフェはちょっと複雑な表情をした。


 ノアはリーフェに案内され、侍女部屋に初めて入った。

 クローゼットと二段ベッドだけの狭い部屋である。

「リーフェはいつもどっちで寝ているの?」

「わたしはいつも上段で寝ています」

「じゃあ、アイリには悪いけど下で寝かせてもらおうか」

 ノアは服を脱ぎ捨てベッドに飛び込んだ。

「なにかあったら何時でも起こしてくれ」

 それだけ言い残すと、ノアはあっと言う間にいびきをかいて爆睡してしまった……。

 リーフェはその早業に少々呆れつつも、ノアの衣服をたたみ、「お休みなさいませ」と小声で言ってから、静かに扉を閉めた。



  *  *



「キャ――――ッ!」

 翌朝リーフェと交代するために出勤してきたアイリの絶叫が響いた。

「どうしたのこれ⁈ リーフェちゃん!」

 アイリはノアの傍にいるリーフェのところへ駆け寄ってきた。

「昨晩は大変だったんですよ!」

 リーフェは眠そうな目をしながらアイリに言った。

「アイリ、まあ座って。これから経緯を話すよ」

 ノアは昨日の出来事をアイリに詳しく話して聞かせた。

 そして最後にこう付け加えた。

「アイリ、ゴメン……。片付け、お願い出来るかな」

 アイリはメイド服の腕をまくると『フン!』と気合を入れた。

「おまかせ下さい! ノア様」

「リーフェはご苦労様でした。大活躍だったね。君のおかげでどれだけ助かった事か……。それから帰りがけお父上に、部屋の修理の手筈を取ってもらうようお願いしてくれるかな」

「かしこまりましたノア様!」

「それじゃあ、ぼくは隣の様子を見て来るよ」

 そう言ってノアは部屋を出て行った。


 掃除を始めたアイリにリーフェはニヤニヤしながら近づき、そっと耳打ちした。

「あのねえ、昨夜ノア様は、アイリ姉のベッドで寝たのよ!」

「キャ――――ッ!」

 アイリの二度目の絶叫が響き渡った。



  *  *



「ブレーデンさん、アリス先生、徹夜になってしまい、申し訳ありませんでした」

 さすがにブレーデンは疲れた様子を見せていた。

「もう心配ないでしょう。わたくしも帰って休ませて頂きましょう」

「ノア様、私は少しでもお役に立てた事を喜んでいるのですよ!」

 そんなブレーデンとアリスにノアは精一杯のお辞儀をした。

「アリス先生、帰りがけに医者と看護師の手配をして頂けると助かります」

「かしこまりました。スピルカ家のかかりつけを手配致します」


 ノアはブレーデンとアリスを見送ると、フレイヤが寝ているベッドの横に腰かけた。

 ラッセルとシャルトットは壁にもたれて寝ていた……。


 

  *  *



「キャ――――ッ!」

 夕刻、本日三度目の絶叫はエジェリーだった。

『遇者の行進』のメンバーがアレッサから帰って来たのだ。

「おおー! なんか凄い事になっているな」

 タイラーが部屋を見渡しながら呆れている。

 ノアは四人をソファーに座らせると、事の顛末を報告した。

「大変だったのね……」

「レベッカ、アリス先生には、夜通し世話になったんだ。帰ったらお礼を言っておいてね」

「わかったわ!」

 そう返事をしたレベッカは、まじまじとノアを見つめた。

「師匠、ちょっと雰囲気が変わった……と言うか、急に大人っぽくなった感じがする」

 エジェリーも頷きながらノアを見つめた。

「ぼくにはそんな自覚はないけどね。でも極端に集中して魔力を使ったら、ちょっとコツを掴んだというか、変化があったんだ。そのせいかもしれない」

「みんなも疲れただろう。今日は早く帰って休むといい……」



  *  *



 三日後。

 ノアはエジェリーとレベッカを連れて四号室のフレイヤを見舞った。

 フレイヤはベッドの上で上体を起こせるほどに、回復していた。

 病棟となった四号室には、ブレーデンとシャルロット、そしてラッセルが看病にあたっていた。


「具合はどうだい? フレイヤ」

 フレイヤはベッドの上で姿勢を正そうとするが、ノアは「そのままでいい」と優しく声をかけた。

「賢者様……。このたびはこんな私の命を救って頂き、ありがとうございました。……この御恩は一生忘れません」


「髪の色は、戻らないかもしれないね」

「私、この白い髪、気に入っているんです。本当に生まれ変わった気がして……」

「ちょっと君の魔力量見せてくれるかい。おでこを触るよ」

 ノアはそっとフレイヤの額に手のひらで触れると目を閉じ集中した。

 手を離すと、ノアは何も言わなかったが、大きく頷いた。



「さて、君達三人とこれからの話がしたいんだ」

 ノアはフレイヤとラッセルとシャルロトを順番に見た。

「ぼくはズルいんだよ。決して恩にきせる為に助けた訳じゃないけど、君達三人はこの先ぼくの為に働いてくれると確信しているんだ。まったく強制するつもりは無いんだけど……」

 ラッセルとシャルロットは顔を見合った。


「それは……俺たちが賢者様にお仕え出来る……って事ですか?」

 ラッセルの言葉にノアは大きく頷いた。


「シャルロットはどう?」

「お、お願いします。わ、わたしトロいですけど、なんでもやります!」


「フレイヤは?」

「私は賢者様に助けて頂いたこの命、今後全てを掛けて賢者様のお役にたとうと思っています。それ以外は考えられません……」

 ノアは安堵した様に、大きく頷いた。


「それでは一人ずつ整理しよう。まずラッセル。ぼくは今後、牧場まきばを持って馬や馬車を可能な限り増やして行かなければならない。その仕事を頼みたい。とりあえず君をフーガさんに預ける。彼の元で勉強しながら、ぼくに合わせて計画を進めて欲しい」

 ラッセルは真剣な表情で頷いた。


「シャルロットはブレーデン司書長の元で勉強してもらう」

「わたくしは弟子などとらない主義でしたが、ノア様の意向とあらば仕方ありません。あなたの師匠はどなた?」

 ブレーデンはいつもの如く優しくない。

「下町の五番街で薬屋をやっているクレア先生です」

「あのむすめか……」

 ブレーデンは苦い顔をした。

「それであなたは聖獣様と魔獣の区別も教わらなかったの⁈」


「申し訳ありません……あの森の奥には『深淵の森の魔女』が出るから、彼女だけには絶対逆らうな! とは教わりました……」

 ブレーデンはガクッと頭を垂れた。

「まったく……余計な事ばかり教えて……」

 そんな様子を見ていたノアはピン! ときた。

「もしかして『深淵の森の魔女』って……」

 ノアはニヤニヤしながらブレーデンを見た。


「若かった頃の話です!」

 ブレーデンはツーンと横を向いてしまった。

 そんな仕草を見てみんなは笑ったが、シャルロットだけは青い顔をして震えていた。



「さてフレイヤ、君には君にしか出来ない重要な仕事を頼みたい」

「なんなりと仰って下さい」

 フレイヤの雰囲気も、明らかに変化していた。

「ぼくは今、戦争を抑えるための戦争の準備をしている。その切り札的計画が竜騎兵ドラグーン部隊なんだ。君にその創設と指揮を頼みたい」


「かしこまりました。『白髪の魔女』と恐れられる存在になりましょう」

 この簡単なやり取りを不審に思ったのはレベッカだった。

「ねえねえ、フレイヤ。どうしてそんな簡単に納得できるの?」

 フレイヤはゆっくりとレベッカの問に答えた。

「不思議なのですけど、今私は賢者様と言葉以上の情報のやり取りが頭の中で出来るのです」

 それを聞いたノアは、大きく頷いた。

「師匠、どういう事?」

「話すのは難しいのだけど、フレイヤの呪いを解く為に、ぼくは大量の魔力を彼女に流し込んだ。その結果彼女の魔力回路は作り替えられた様に、極端にぼくに同調してしまった様だ」


「そして聖獣は一本の細い魔力の糸をフレイヤに繋いでいた。これは距離という概念を超えていたんだよ。試しのぼくは模倣してフレイヤと魔力の糸を繋いでみた」


「今後練習すれば、ぼくとフレイヤはどんなに離れていても会話が出来る様になるだろう」


「なんか良く解らないけど凄いわね……。それでもって超羨ましい……」


「今回の騒動で期せずしてフレイヤは、ぼくが考える最も危険な戦力の理想像になってしまったんだ」


「ぼくはいつか未来に命令するかもしれない。『戦争の最前線に行って、人を殺してこい』……って。そして君自身が戦場で死んでしまうかもしれない。その覚悟を持って欲しいんだ」

 そんなノアの言葉を、フレイヤはとても穏やかな表情で聞いていた。

「私は賢者様に生涯忠誠を誓います。この命、なんなりとお使い下さいませ」

 ノアとフレイヤは不思議な信頼関係を構築していた。

「フレイヤ、ぼくは絶対君の命を粗末には扱わない。だからよろしく頼む……」

 ノアは自身の両手で、フレイヤの両手を優しく包んだ。

 ノアとフレイヤは、しばらく声を出さず、そのまま会話をしている様にも見えた。


 そんな二人を、エジェリーとレベッカは複雑な想いを抱きながら眺めていた。



 賢者ノア・アルヴェーンが飛槍、竜騎兵ドラグーン部隊はこうして産声をあげた。

 後に幾多の戦場で『白髪の魔女』が戦果を上げるのは、まだ少し先の話である。





この物語で登場する竜騎兵とは、ドラゴンやワイバーンに乗って飛行するドラゴンライダーでは無く、本来の意味の『火器で武装した騎兵』を指します。

ザナック工房で開発中の魔弾アサルトライフルを装備して、やがて彼女達は活躍する事でしょう。


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