第6話 キラーホーネット駆除騒動
ノアが現場に到着すると、予想通り、いや予想以上の惨状だった。
周囲は至る所で落ち葉が燃え、キラーホーネットの巨大な巣にも火が付いている。
さらに怒り狂って迎撃態勢に入っている数百匹のキラーホーネットが猛スピードで空中を舞い、その羽音は不気味で不快な重低音をまき散らしていた。
駆除の任に就いていたはずの十人程の冒険者は散り散りに、自分を襲う敵を払いのけるのに精一杯だった。
ノアはまず、辺りの消火を優先した。
ここ大樹海は落ち葉の季節、雨が少なく乾燥している。落ち葉で延焼する炎を何とかしないと、取り返しがつかない事は、自明の理だった。
ノアは風の精霊の力を借り、空気中の水分を魔力で抽出する。
周囲は急激に湿度が高まり霧の様に白く靄ってきた。次第に空間に無数の水玉が誕生し大きく成長していった。
さらに水の精霊の力を借りて、水玉を制御し、火元にぶつけていった。
ノアをもってしても、ほぼ消火するまでに三分ほど要してしまった。
手のひらから大量の水を放出するなど、物理的にあり得ない。
周囲は蒸発した水蒸気によって、白く煙った。
続いてノアはキラーホーネットの捕獲に取り掛かる。
両腕を駆使して風を制御し渦を作り、少しずつ、キラーホーネットをまとめ上げていく。
蜂に限らず、飛翔する昆虫は風の流れに敏感である。
おおよそ直径二メートルほどの風の渦に隔絶された球形に閉じ込め終えた頃、息せき切ったマリアとサーラが到着した。
「ノアちゃん、大丈夫⁉」
「見ての通りです! マリアさん、こいつら凍らせられますか!」
「やってみるわ!」
「ぼくの風に魔力を乗せて下さい! もう少し圧縮します」
マリアは右手に持つワンドから、ノアが作り上げている風の激流の中に、氷結の魔力を注ぎ込んだ。
徐々に圧縮された球形の空間の中に、氷の粒が姿を現しはじめ、キラキラと光を美しく反射しはじめた。
中では成長しはじめた氷片が高速で回転し、キラーホーネット達を切り刻んでいく。
やがて、ひと抱え程に圧縮された球体は見事に氷結した。
ノアが風の操作をやめると、巨大な氷塊がドスンと落下し地面を揺らした。。
ノアとマリアの見事な連携魔術は完成した。
二人は顔を見合わせ、やれやれとしりもちをついて安堵の表情で頷き合った。
「ノアちゃん! マリア! すごい、すごい!」
サーラがノアに抱き着いた。
廻りの冒険者も、見た事もない連携魔術の完成に、ただ唖然として呆けているだけだった。
マリアは立ち上がり、お尻を『パンパン』と叩いてから、改めて辺りを見渡した。
「おい、ザナック! おまえが付いていながら、この散々たる有様はどういう事!」
マリアが今回の依頼のリーダーにお叱りの言葉をいれた。
ザナックはCランクパーティー『ルーチェ・スパーダ』のリーダーだ。
今回新人二パーティーを率いて、この駆除の依頼を受けていたのだ。
「面目ない、マリアさん。いきなり蜂に襲われたミアンカがビビッて、炎弾まき散らしやがったんだ。後はこのザマよ……」
当のミアンカは腰が抜けた様にペタンと地面に座り、涙を流し震えながら「ごめんなさい」を繰り返していた。
「まったく……ノアちゃんが気付かなかったら、今頃どうなっていたか……」
「おい! ボルツ、どうした!!!」
いつもノアに辛く当たるクリスが叫んでいる。
となりのボルツが痙攣して仰向けに倒れたようだ。
何事か? と皆が廻りを取り囲んだ。
「あ~あ、あいつらに刺されたな。こんなショック症状が出ちまうとまず助からない。十分くらいで死んじまう」
ザナッツが経験則からあきらめの言葉を吐いた。
クリスが顔面蒼白で叫びながら、痙攣しているボルツを揺り動かしている。
「どいて」
ノアは邪魔でしかないクリスを少し強めに払いのけた。
――これは間違いなくアナフィラキシーショックだ。
――あれ、なんでぼくはこんな事を知っているのだろう?
そんな疑問が頭を過ったが、今はそれどころではない。
ボルツは右腕、ひじの近くを刺されていた。
ノアは針が残っていない事を確認すると、左手をかざし、魔術で患部周辺の血や水分を吸引した。
血が大量に噴き出てきた。
そしてたすき掛けしている革のバックの中から、アルコールの入った小瓶と清潔な布を取り出し、患部を綺麗に拭き取った。
続いてもう一つ小瓶を取り出し、中身の茶色い軟膏を患部に塗った。
「ノアちゃん、それは何?」
「ぼくが作った塗り薬です。虫刺されなどに良く効きます。ドクダミとヨモギが主成分です。魔力を込めて練り込んであります」
「あなた、毒消しの魔術を使えますか」
近くにいた、Cランクパーティー『ルーチェ・スパーダ』の女魔術士に尋ねた。
「ええ、使えるわ!」
「それでは、脇の下と肘のあたりに掛け続けて下さい」
「わかりました!」
――さてと、毒の治療はこれでいい。後はこのアナフィラキシーショックを止めなくてはいけない……。
ノアは奇妙な記憶をたどって解決策を模索した。
――たしか、この症状を緩和するのにアドレナリンを注射したはずだ。しかし今そんな薬剤はない。どうしたものか? 考えろ⁈
――そうだ、あった! 人間だれもが持っているではないか!
「サーラさん! 身体強化系、いやもっと強力な狂戦士化するような魔術は出来ますか?」
「ええ、短時間だけどバーサーク状態にする、ベルセルクという魔術式を知っているわ。あまり良い魔術じゃないから、使った事無いけど」
「バッチリです、サーラさん! 時間がありません。責任はぼくが取ります。思いっ切りぶち込んで下さい!」
「よくわからないけど、ノアちゃんを信じるわ!」
「水の精霊ウンディーネに願う。我は汝を称え敬うもの也。彼の者の命脈を支配し、呪われし救われぬ戦士の力を与えたまえ……」
「ベルセルク!」
サーラが横たわるボルツの胸に添えた手のひらから、明らかに魔力が注ぎ込まれる波動が見てとれた。
しかし状況は変わらなかった。
「だめよ、ノアちゃん。私の魔力量では足りないみたい……」
「わかりました。魔力はぼくが供給します。サーラさんもう一度お願いします!」
ノアが両手で、マリアの両腕をつかんだ。
サーラは驚きの表情でノアを見た。大量の魔力が流れ込んでくる事を感じているようだ。
「さあ、もう一度! サーラさん!」
「行けそうよ!」
「……ベルセルク!」
今度は先ほどと比べ物にならない程の魔力が注入されるのが視覚でもわかった。淡い青白い光を放出した。
「みなさん、彼を思いっ切り抑えて下さい! かなり暴れますよ!」
ノアの言う通り、術が発動したボルツが痙攣しながらでたらめに暴れはじめた。常人では考えられないパワーである。
瞳孔は開き、口から泡を吹いている。
およそ三分経過しただろうか、ボルツはだんだんとおとなしくなってきた。
五分経過したころ、完全におとなしくなった。ノアは心音と呼吸を確認した。ほぼ正常に戻っている。まぶたは閉じられ、眠りについたようだ。
「なんとか終わったようです……」
ノアは大きく息をついて座り込んだ。
「ワーッ」と歓声が廻りから起こった。
「ノアちゃん、すごい! どういう事?」
「ちょっと説明は難しいので、勘弁して下さい。ただ、火事場のバカ力を利用しただけです」
ノアは人間が身に危険を感じた時、また異常に興奮した時に過剰にアドレナリンが分泌される事を知っていた。さらに身体強化系やバーサーク状態異常などは、魔力でアドレナリンを過剰分泌させるであろうと想像しての賭けだった。
タイミングを見計らった様にジルザークとカイルが草藪から現れた。
「ノア~、終わったか~」
セシルは意外にも、ジルザークに抱っこされて上機嫌だ。
「お――、なかなか凄い事になっているな」
重そうな革袋を背負いながら、カイルが辺りを見渡した。
* * * * *
「ノア、いやノアさん。あんたのおかげで助かった。ありがとう」
すでに支度を整え、帰ろうとしている『黄昏の梟』の後ろ姿にザナックは声をかけた。
「どういたしまして」
ノアは少しだけ振り返り、たった一言だけの返事をした。
「サーラさん、マリアさん、ご迷惑をおかけしました」
サーラとマリアは振り返らず、軽く手を上げ答えた。
「おまえらも早く帰れよ。暗くなると魔物に食われちまうぞ!」
最後にジルダークがそう言い残し、彼らは帰っていった。
「やっぱりAランクパーティーは凄いな……」
「でもあのノアって子、駆け出しのFランクよ」
「ああ知っているよ。だが、『黄昏の梟』でやっていけるって事が真実なんだろうよ……」
「そうね、確かにあれは普通じゃないわ……」
* * * * *
翌日、フォルマ―ギルド長によって、キラーホーネット駆除依頼の裁定が行われた。
メインのザナック率いるCランクパーティー『ルーチェ・スパーダ』は厳重注意の上、罰金十万マーベル。
騒ぎの中心だった、Eランクパーティー『グローリー・ツヴァイ』も制裁金が妥当だったが、支払えないのは明白だったため、二ランクダウンの処分が下された。
よって彼らは、冒険者登録を取り消され、冒険者見習いへと格下げされた。
今回の依頼達成は『黄昏の梟』が認定され、Cランク相当の依頼を達成した事が認められ、ノアは早くもCランク冒険者へと格上げされた。
ただしノアはこの報酬を辞退、サーラとマリアもこれに倣ったため、この報酬は近くの孤児院へ寄付された。
代わりにノアは『グローリー・ツヴァイ』のワンランクダウンへの酌量を願い出たため、これは受理され、彼らは辛くもFランクへの格下げに留まり、冒険者登録を取り消されずに済んだ。
最後に今回はパーティー編成にも問題ありとして、受付業務にもギルド長からカミナリが落ちたという……。
この物語は、ファンタジー・フィクションです。
医学的根拠はありません。