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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編

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第61話 堕ちる勇者<前編>



 湖畔の夜が明けると、ノアはウォルターとタイラーに剣の稽古をつけていた。

 朝焼けに空と湖面が染まる中、剣が交わる金属音が響き渡る。


「どうして、ノアの旦那は……魔術士なのに、剣技も……そんなにイケるんだよ?」

座り込んで荒い息をしているウォルターが、ノアを見上げて問いただした。


「なんだよ、剣でも全然かなわないじゃないか……。おまえ反則だろ、それ!」

 汗をびっしょり掻いてへたり込むタイラーが、涼しい顔をしているノアに文句をつける。


「ぼくは剣技に関しては、二人の偉大な師匠にみっちり鍛えられましたからね。一人は当然ジルザークさんです。もう一人はザルベルトさんと言う、芸術家さんです」

「その芸術家さんはよく知らんが、そうか、ジルザークさんに教わったのか……。納得だな」

 ウォルターは清々しい朝の空を見上げながら呟いた。


「それで、ノアの旦那から見て、ジルザークさんと芸術家さんはどっちが強いんだい?」

 その道の一番に憧れるウォルターにとっては、当然の疑問である。

「二人はタイプが全く違いましたからね。冒険者として魔獣を相手にするなら当然ジルザークさんですけれども、対人戦ではザルベルトさんですね」

「じゃあ、もしその二人が戦ったとすれば、芸術家さんが勝つのかい?」

「たぶんそうなるでしょう」

「ジルザークさんが負けるなんて、信じられないな……」


「ザルベルトさんは人間の身体や動き方を熟知しているのです。そして軽い片手剣のレイピアを得意としています。いとも簡単に相手の急所を切り刻んで行くのですよ」


「なるほど、ノアの旦那の剣は、その辺の影響を受けているわけだ……」


「冒険者のアタッカーはどうしても魔獣に深手を負わせるために、重い剣に頼りがちなのです。特にウォルターさんはその傾向が強い。でもそれではダメなんです。解りますか?」


「ああ、ノアの旦那と稽古をつけると良く解るよ……」


「ウォルターさんには今回のお礼も兼ねて、細身の軽い両手剣をプレゼントしましょう。ちょうど宝物庫にいい剣があったので、それをリメイクしましょうか!」

「いいのかい⁈ ノアの旦那!」

 ウォルターは少年のような喜びの表情をノアに向けた。

「ノア! オレにはないのか!」

 タイラーが羨ましさを隠さなかった。

「わかりました。タイラーさんにも用意しますよ」

 タイラーは小さくガッツポーズをとった。

「でもそうすると、ぼくの流技になってしまいますけど、二人供それでよろしいですか?」

「ああ構わない。オレの剣は賢者を守る剣だ。きっとそれが相応しい……」

 タイラーの明快な答えに、ウォルターも頷いた。


「わかりました。それでは、水浴びして身体冷やして、朝食にしましょうか!」

「そうしよう!」

 タイラーとウォルターは重い腰を上げ、ノアのあとに続いた。



 キャンプに戻ると、すでに女性達が朝食の支度を始めていた。

 少し煙が上がる焚火の番をしているのはレベッカだ……。

「済まないな、淑女の皆様方!」

 ウォルターが調子良さそうに声をかけた。

「あら、気にしないで。貸しが一つ増えただけだから!」

 サーシャがさらりと切り返した。


 朝食は肉と山菜を煮込んだスープ。そしてノアが差し入れた白い上等なパンだった。

 冒険者のキャンプ朝食で、白いパンを食べるなど、普通はあり得ない。

 二つのパーティーは朝食を取りながら、今日の目標や注意点など、ミーティングを行う。


「オレ達も明日は一度帰ろうと思っている。休みも必要だからな」

 最後にウォルターがノアの確認を取った。

「それがいいでしょう」

 ノアは納得し、その判断に満足した。


「それじゃあ、ぼくは色々とやる事があるので、先に帰ります。皆さん今日も頑張って下さいね!」

 ノアは深緑色のローブを纏い、皮のバッグをたすきがけすると、みんなに手を振りながら、緑の森の中へ消えていった。




 帰り道、急ぎ足で歩を進めるノアは、突然極端な精霊のざわめきを感じ取った。

 すぐさま近くの高木こうぼくに登ってみる。

 ――あっちだ! そんなに遠くない!

 ノアの木々の枝を飛び移り、只ならぬ異変の場を急ぎ目指した。



  *  *  *  *  *



「おい、みんな。あいつは見たこともない大物だぞ!」

 太い倒木の影に隠れているのは、自称勇者が率いるパーティーだった。

 彼らの遠い視線の先には、全身が白い巨大な牡鹿が低木の新芽を食べている様子が映っている。

 立派に広がった角は、銀色に輝きを放っていた。


「あいつを狩れば、Cランク間違いなしだぞ! それに毛皮も角も、高く売れそうだ」

 エルフィーンは口許を歪ませながら呟いた。

「でもなんか、雰囲気ヤバくないですか……」

 回復系術士のシャルロットがとても不安そうな表情をしていた。


「フレイヤ、ここからヤツの足を氷弾アイスバレットで撃ち抜けるか? 動きが鈍ったところを俺が斬る」

 全身黒コーデの魔術士フレイヤも不安を感じているようだ。

 かぼちゃパンツのお姉さんである。

「イケると思うけど……。わたしも気が進まないわ……」

「ヤレるならやれ! これは命令だ」

 フレイヤが不安気な眼差しをエルフィーンに向けた。


「俺は少し位置を変える。おまえが撃った瞬間に俺が飛び出す。いいな……」

 それだけ言い捨てると、エルフィーンは気配を殺しながら茂みの中を移動していった。


「もう……どうなっても知らないからね」

 フレイヤがロッドを両手で持って尖端で狙いを付ける。

「フレイヤ、やめておいた方がいい!」

 額に汗を浮かべたガーディアンのラッセルが、フレイヤを心配した。

「やらないと、またあいつの機嫌が悪くなるわ……」

 フレイヤが目標を凝視しながら苦い顔をした。

「そろそろ……いいかしら!」

 フレイヤが音も発せずロッドの尖端から、一発の氷弾アイスバレットを放った!


 氷弾アイスバレットは一直線の軌跡を描き、白い牡鹿の左腿に命中した。

 白い毛に覆われた弾痕から、少しの血が飛び散った。

 それよりも目を疑う様な、大量の黒い瘴気を噴き出した。

 噴出した瘴気は収束すると、攻撃された氷弾アイスバレットの軌跡をトレースしてフレイヤに向かって来る。

 白い牡鹿も甲高い雄叫びを上げて、瘴気の先を目指した。

 瘴気は音もなくフレイヤのロッドに到達すると、影の様にフレイヤを包み込んだ。

 そしてフレイヤに溶け込むように消えてしまった。


 ガーディアンのラッセルは無駄だと解っていても、倒木の影から飛び出し、二人の魔術士の盾となる。

 その時、左側面から、エルフィーンが絶妙なタイミングで飛び出した。

「ウオ――――ッ!」

 気合十分に両手で剣を振りかぶり、一太刀を浴びせようとした瞬間……。

 エルフィーンは後方に、大きく吹き飛ばされた。


 その直後、まるで森の一部が飛び出してきた様に、緑の影が突進してくる白い牡鹿に立ちふさがった。

 深緑色のローブを翻した、ノア・アルヴェーンの姿が、風の様にその場に出現した。

 

 ノアは荒れ狂う牡鹿の両角を、それぞれ両手で受け止めると、全力の加重力魔術グラヴィトンを牡鹿と自らに発動する。


 ノアはそのまま二ヒロ程、押し込まれてしまうが、ラッセルの直前で停止する事に成功した。


 白い牡鹿は首を上下左右に振ろうとするが、ノアに抑え込まれて動けない。

 ノアは赤く輝く牡鹿の目に、自分の鋭い眼光を突き刺した。


 次第に白い牡鹿はおとなしくなっていった。


「汚いぞ! 小僧! 俺の獲物を横取りする気か!」

 吹き飛ばされた先で立ち上がったエルフィーンは、逆上してノアに怒声を浴びせた。

「あなた達は魔獣と聖獣の区別もつかないのですか!」

 ノアも劣らぬ怒声を返した。


 しばらくエルフィーンとノアは睨み合った。

 その時……。

「どうしたの、フレイヤちゃん!」

 シャルロットの悲鳴の様な声が響いた。


 ノアが振り返ると、フレイヤが辛そうにうずくまっていた。

「大丈夫よ……。ちょっと眩暈がしただけ……」

 そう言ってフレイヤは立ち上がったが、明らかに精気が無い。

 再びよろけるフレイヤ。

「フレイヤ! おまえ何かおかしいぞ!」

 ラッセルが慌てて駆け寄り、フレイヤを支えた。


「呪い……かもしれません。聖獣に危害を加えると、こんな様子になると聞いた事があります……」

 ノアは聖獣の角から手を離し、頬を優しく撫でながら呟いた。


 聖獣は落ち着きを取り戻し、ノアの元を離れた。

 そして片足を引きずりながら森の茂みの中へ帰っていった。


「くそう、逃げてしまう!」

 エルフィーンはとても残念そうに聖獣の後ろ姿を目で追っている。


「さあ、行くぞ、おまえ達。ぐずぐずしていると見失ってしまう」

「追ってはいけません……」

 ラッセンとシャルロットは、ノアとエルフィーンを交互に見比べた。

「エルフィーン、お願いだ。もう帰ろう! フレイヤが辛そうだ!」

 ラッセンはエルフィーンに懇願した。


「使えない奴らだ! もういい、おまえ達は足手まといだ。パーティーは解散する……」

 そう毒気づいて、勇者は一人森の中へ消えていった。


 その時、ノアは森の奥の一点に視線を向けた。

 ――誰かに見られている? 今まで感じた事のないイヤな気配だ。


 ――消えた……。気のせいか?


「とにかく彼女が心配です。早くアレッサ村に戻りましょう!」

 ノアの言葉にラッセンとシャルロットはすがるような眼差しを向け、頷いた。






最近の勇者様って、ザマァばかりされて可哀そうです……。

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