第60話 Fランクパーティー『愚者の行進』
王立学院は長い夏休みに入り、ほとんどの寮生たちも故郷に戻ったため閑散としていた。
そして、いよいよエジェリー・レベッカ・ライナー・フーガの冒険者修行が始まる。
初日の朝、学院に集合したノアを含めた五人は、馬車で冒険者ギルドへ向かった。
「ここが冒険者ギルドなのね! なんかワクワクするわね!」
最初に馬車を降りたレベッカが興奮気味に辺りを見渡している。
ノアを先頭にギルド内に入ると、案の定大注目を浴びてしまった。
あまりにも場違いな少年少女が浮いて見えるのは、当然である。
特に黒と赤の衣装に身を包んだ美少女は、冒険者達の視線をくぎ付けにしていた。
「わたしたち……、目立ちゃっているわね……」
エジェリーは少し恥ずかしそうにしている。
「奥の酒場に行きましょうか」
朝の酒場は閑散としているので、窓際の大きな円卓を囲む事が出来た。
「みんな、パーティー名は考えてきたかい?」
「赤い流星!」
「ブラックファントム!」
「白薔薇の騎士!」
ノアはガクッと頭を下げて蟀谷を抑えた。
「ノア殿が賢者の名を頂くようになったからには、対義語の愚者を使って『愚者の行進』はどうだろうか」
「オオ――ッ!」
ノアはフーガがメンバーで良かった、と心から思った。
「それでは、パーティー名は、『愚者の行進』でよろしいですね」
「異議なし!」
「パーティーリーダーはタイラーさんにお願いします」
「おう、任されよう!」
「それでは、受付で仮登録してきて下さい。受付嬢のアンナさんに話は通してあります」
「了解だ。なんかオレもワクワクしてきたよ!」
タイラーはひとり受付に向かった。
「ぼくは先にギルド長に挨拶してきます。あとで呼ばれると思いますので、それまで待っていて下さい」
そう言って、次にノアが二階へ上がっていった。
「おい、君たち!」
突然声をかけられ振り返ると、そこには自称勇者パーティーのメンバーがいた。
「めずらしい所で会うものだ。ここは上級貴族様の来るような所ではないのだが」
そう言いながら自称勇者エルフィーンだけが歩み寄って来る。
他のメンバーは、先の模擬戦での敗戦によって、苦手意識を持っているらしい。
「ワタシ達、今日から冒険者の修行をするのよ!」
レベッカが満面の笑みを浮かべて答えた。
「ほう~、それでは俺達の方が先輩と言うわけだ。こう見えて俺達はすでにDランクに昇格しているのだよ。なんなら冒険者のイロハを手取り足取り教えてあげようか!」
メンタルの強さだけは勇者並みのエルフィーンである。
「あー、そう言うの、間に合っているから……」
レベッカはソッポを向いて手をヒラヒラと振った。
「お~い、仮登録終わったぞ」と言いながらタイラーが受付より戻って来た。
「なんだい、おまえらも狩りに出るのかい」
「そうかタイラーさん、あんたも賢者の軍門に下ったのだったな」
エルフィーンは呆れたようなポーズをとった。
そんな時、二階からギルド長の秘書であるミネリアがメンバーを呼びに来た。
「ギルド長がご挨拶されるそうです」
「うむ、俺達もだいぶ名前が売れたようだ!」
エルフィーンは勝手に誤解し、得意げにしている。
「それでは、二階の応接室へどうぞ、『愚者の行進』の皆様!」
エジェリーとレベッカは下を向いて、思わず失笑してしまう。
最後尾のレベッカが階段途中で振り向いて、お嬢様っぽくお辞儀をした。
「それでは皆様ごきげんよう。よい冒険を!」
「チィ、上級貴族だからって、ちやほやされやがって……」
エルフィーンの表情は醜く歪んでいた。
* * * *
二階の応接室のソファーに座り、ノアはギルド長や『月下の一角獣』のメンバーと雑談していた。
扉がノックされ、ミレニアが『愚者の行進』のメンバーを案内してきた。
ブルーキングギルド長が立ち上がって、メンバーを出迎えた。
「ほう、さすがに賢者殿が見込んだ方々ですな。佇まいがすでに違う。頼もしいかぎりですな。私がこのギルド代表のバーレント・ブルーキングと申します。どうぞお見知りおきを」
ギルド長は胸に手を当て、紳士の挨拶をした。
「どうぞ、おかけになって下さい」ギルド長が一同にソファー着席を勧めた。
エジェリーはノアの左隣りに、レベッカが右隣りに座った。ライナーとフーガは対面のソファーに座った。
「さて、全員揃いましたね。まずは自己紹介をお願いしましょうか」
「タイラー・アールステッドだ。よろしく頼む」
ちょっと偉そうな態度だが、そこがタイラーらしい。
「フーガ・ハルバートと申します。ご指導よろしくお願い致します」
体格似合わず、この謙虚な姿勢がフーガの長所の一つだ。
「エジェリー・バイエフェルトです。賢者様の案内係を務めています」
少しだけ首を傾げながら微笑んで挨拶をするエジェリー。
「レベッカ・スピルカよ。よろしく頼むわね! ワタシは賢者様の一番弟子よ!」
弾けそうな笑みを浮かべてピースサインを突き出すレベッカ。
「おいおい、まさかの上級貴族様のオンパレードだな。本来なら口をきく事もなかっただろうが、ノアの旦那の頼みとあっては歓迎するぜ。オレは『月下の一角獣』のリーダー、ウォルターだ。」
「私は治癒術士のステラです。皆様の指導係を仰せつかり光栄です」
「俺はガーディアンのアーロイス。まあ出来る限りの事はするつもりです。よろしく」
「攻撃魔術士のサーシャです。いっしょに頑張りましょう!」
「斥候改め先導者のルッツ!」
「ルッツ! おまえいつから先導者に変わったんだよ」
カッコつけるルッツにウォルターが突っ込みを入れた。
「だってノアの旦那の先導者の方がカッコイイだろう!」
少し照れるルッツをみんなで笑った。
「みなさんには、この夏休みの間、彼ら『月下の一角獣』の指導の元、狩場に入って実戦経験を積んでもらいます。ついでに取得しておくと何かと都合が良いので、冒険者登録をしてもらいます。よろしいですね」
『愚者の行進』のメンバーはそれぞれ返事をした。
そしてノアとアイコンタクトをとった秘書のミレニアが進み出た。
「それでは、ギルド認定冒険者登録についてご説明いたします」
ミレニアは一度お辞儀をしてから説明をはじめる。
「本日はすでに仮登録をすませていただきました。正式登録の方法はいくつかございますが、今回は『月下の一角獣』が指導係を務める手筈になっておりますので、一度依頼をこなして頂き、依頼達成の後、『月下の一角獣』の推薦をもって正規組合員登録となります」
「それでは次に組織およびランクについてご説明させて頂きます」
「冒険者ギルドは各国に存在していますが、それぞれ独立した組織です。しかし協定が結ばれており、ランクや待遇については共通させるシステムを取っております。組合員登録証は各国において身分証の機能も果たします」
「次にランクの解説をさせていただきます。正式ギルド組合員はFランクからのスタートとなります。諸条件をクリアすると、Eランクに昇格する事が出来ます。この繰り返しにより、最高位はAランクとなります。ランクはパーティー全体と個人所有と別れていますが、ほぼ同等であると思ってよいでしょう」
「ちなみに指導係を務めます『月下の一角獣』はAランクパーティーであって、全員がAランクを所有しております」
「ここまでで何かご質問はございますか?」
『愚者の行進』のメンバーは首を横に振った。
「さらに特殊な例もございまして、たとえば国家などから超難関な依頼が出る事もございます。それが達成された時、Sランク、文字通りのスペシャルランクの称号が与えられる事例が存在します」
「現在、現役のSランクパーティーは世界中でシャレーク国のひとつのパーティーしか存在しません。シャレーク国は冒険者ギルド発祥の地でもあり、ランク認定がもっとも厳格である事でも知られています。ゆえにそのパーティーは必然的に世界の頂点のパーティーと言えるでしょう」
「そのパーティー名は『黄昏の梟』……。五人のSランク冒険者で構成されています。その中のおひとり、『大樹海の支配者』の二つ名を持つ方こそ、ここにいらっしゃるノア・アルヴェーン様なのです」
「さすがはワタシの師匠! カッコよすぎて涙がでるわ――!」
レベッカが素直に歓喜の声をあげる。
「うん、オレ様が仕える主に相応しいぞ!」
タイラーも満足気に頷く。
「只者ではないとは思っていたが、すでに冒険者を極められていたとは!」
フーガも納得しながら頷いた。
エジェリーは既に知る事実なので、嬉しそうに微笑んでいた。
「そういえばノアの旦那、どうやってSランクに上がったんだい?」
ルッツの問いにノアは困ってギルド長を見た。
「賢者殿、今後の事もある……。私から話しましょう」
「この方は当時八歳、シャレークにいた頃、略奪・殺人に明け暮れる傭兵崩れの巨大盗賊団をひとりで殲滅されたのです。問答無用で皆殺しだったと言う」
応接室内の空気が緊張した。
「ワタシ、その話図書館で聞いた」とレベッカが真顔で呟いた。
「冒険者とは時として命のやり取りがある。ましてあなた方は賢者殿の側近でいらっしゃる。踏み込んで言えば、今後賢者殿の成すべき事のために、敵を殺さなければいけない……。今回の冒険者修行は、そのための覚悟や技術を持って頂く……と言う事ですよ」
「あんたたち、怖くないのかい?」
ウォルターが不思議に思ったようだ。
「そのあたりは問題ない。王宮に攻め込んだ時、すでに十二分に思い知らされたよ!」
タイラーがその時を思い出してか、しみじみと呟いた。
「オレ達は名の通った家柄だ。あの時はみんな全てを失う覚悟を決めたんだぜ……」
「なるほど、すでに肝は据わっているわけだ……。納得した」
ウォルターは見直したように四人を眺めた。
「それではギルド認定冒険者登録についてご説明は以上でございます。なにかご質問はございますでしょうか」
そう言ってミレニアは新人冒険者達を見渡した。
質問が無い事を確認すると、深くお辞儀をしてから後ろに下がった。
「よし、それじゃあ、さっそく出発しようか!」
ウォルターが両膝を叩いて立ち上がった。
「馬車が裏に停めてある。ついて来てくれ」
アーロイスが声をかけてみんなを先導して行った。
「これに乗るの⁈ なんか臭いし粗末な荷馬車ね……」
レベッカが腰に両手を当て、不平を垂らした。
「まったくレベッカ嬢ちゃんは、言いたい事をハッキリ言うね……」
ルッツが荷物を積みながらぼやいた。
「それでは『月下の一角獣』皆さん、後はよろしくお願いします。みんなもしっかり学んで来て下さい。ぼくも二・三日したら様子を見に行きますから!」
ノアは馬車の後ろから一生懸命手を振っている『遇者の行進』のメンバーを、ひとり見送った。
* * * *
三日後、狩場近くのアレッサ村で馬を預けたノアは、ひとり森の中へ入って行った。
――さてと、どこにいるのかな? ウォルターさんの話じゃ、西の方角の小さな湖の畔にキャンプを張ると言っていたけれど……。
ノアは要所で高木に上がり、索敵魔術を展開する。
そんな動作を何度か繰り返し、森の中を西へと進んだ。
――見つけた!
――おっ! レベッカもぼくが来たのを感じ取ったな。
* * * *
初夏の夕暮れ時、『月下の一角獣』と『愚者の行進』のメンバーは、湛えた水が美しい小さな湖の畔で、キャンプの設営を手分けして進めていた。
そんな時レベッカが、突然大声を上げた。
「師匠が来た!」
レベッカはすぐさま目印としてファイヤーボールを上空に打ち上げ、花火のように弾けさせた。
「レベッカちゃん、どうして解かるの?」
サーシャが不思議そうに質問した。
「師匠に教えてもらったの。索敵魔術と魔力感知を組み合わせると、師匠は魔力が半端ないからすぐ解かるのよ!」
「へ~ッ! 凄いわね。あとで私達にも教えて!」
ステラも興味津々(きょうみしんしん)のようだ。
「いいわよ! ここはその練習にはもってこいよ。きっとビックリするわよ」
エジェリーは意外そうな表情で、楽しそうに語るレベッカを見ていた。
「ほら、来た!」
レベッカが森の一角を指し示した。
そこには茂みから出てきたノアの姿があった。
「やあ、皆さん。調子はどうですか!」
ノアが手を振りながら近づいて来る。
「レベッカ、なかなか早かったね。大したもんだ!」
「わーい! 師匠に褒められちゃった!」
レベッカはエジェリーをチラリと見た。
「ウォルターさん、アーロイスさんご苦労様です。どうですか、修行の方は⁈」
「ああ、順調だ。まったく大した奴らだよ!」
「大貴族の坊ちゃん嬢ちゃんって言う事で、どうなる事かと思っていたが、聞く耳は持っているし、割と素直なんだよ。ちょっと生意気だけど」
「ルッツさんは?」
「ああ、今辺りを一周見回りに行ってもらっているよ」
ノアは教えた事を忠実に行動するルッツに満足した。
「サーシャさん、ステラさん。差し入れ持ってきましたよ!」
「まあうれしい! ノア様、ありがとうございます」
「葡萄酒にチーズ、今朝焼いた白パンに、アイリお手製の焼き菓子です!」
ノアは背負ってきた革袋をポンポンと叩いた。
「ヤッター! 今夜はご馳走ね! おまけにスイーツ付き」
夕闇が迫るころ、焚火を囲んで賑やかなキャンプ飯が始まった。
メインの肉料理は、食用に獲った鹿肉だ。
二パーティー、総勢十名の夕食はとても賑やかだった。
男達は葡萄酒に酔い、女達は焼き菓子を別腹に入れる。
十分に食事を楽しみ終わった頃、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。
しかし満天の星空と、それを鏡の様に写す湖面によって、幻想的な明るさを見る事が出来た。
レベッカはサーシャとステラを連れて湖畔沿いを歩いていった。
索敵魔術と魔力感知を教えに行ったのだろう。
ノアは一人焚火を眺めながら疲れた様子を見せる、エジェリーの隣に場所を移した。
「どうだいエジェリー、辛くないかい?」
エジェリーはノアを見つめて、ホッとしたような表情を見せた。
「正直いって、たとえ魔物でも命を奪うのは嫌なものね……。血が一杯出るし……」
「人間誰もが、向き、不向きがあるからね。君が冒険者に向かない事は、ぼくも解かっているよ……」
ノアとエジェリーは見つめ合った。
「わたしだって解かっているのよ。これからあなたの傍にいるためには、こんな経験が必要だって事くらい……」
「無理して戦闘に参加する必要はないからね。君は全体の動きを掌握すればいい。いずれ君は、ぼくの代理を務めなければいけない時も来るだろう。そんな時に活かせる経験を積んでほしいんだ」
「あなたはいつも遠い先を見ているのね……。わたしも頑張るから心配しないで。みんなに置いて行かれたくないし……」
ノアはそんなエジェリーの髪を優しく撫でた。
「じゃあ、ぼくはちょっと三人の魔女さんの様子を見て来るよ」
エジェリーは何か言いたそうにしたが、微笑んでノアを送り出した。
エジェリーはため息を一つ、視線を煌めく星空へと移した。




