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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
四章 王都躍動編

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第53話 亜麻色の髪の乙女誘拐事件

 


 ノアが国王陛下と初の私的謁見が行われたその日の夜、王宮の近衛騎士団長の執務室には、近衛騎士団の幹部が集合していた。

 珍しく王都サンクリッド上空は厚い雨雲に覆われ、雷鳴が轟いていた。


 大きな窓を背に、過度に豪華な執務机を前に座る近衛騎士団長。

 がっしりとした体躯に蓄えた顎鬚あごひげ、堂々とした風格である。

対して副団長、第一隊隊長及び副長、第二隊隊長及び副長と、幹部六人が会していた。


「あの小僧だけは決して許さん!」

「国王陛下の御前で、よくあれだけホラがふけるものよ!」

「あの小僧は、この王国に災いをもたらす魔人である事は間違いない。今のうちに排除すべきでしょう」

「我ら誉れ高き近衛騎士団を侮辱する数々のげん、死をもって償わせるしかありますまい!」

 近衛騎士団幹部から発せられるセリフは、ノアに対する悪罵あくばの数々だった。

 

「あの様な罪人に対し、我ら近衛騎士団幹部には、三名の同意を持って即時刑の執行が、法律によって認められている。今こそ、その権限を行使すべきであろう!」

 近衛騎士団長の意のままに、次ぐ地位にある副団長エンリケ・アンブロッシュがこの場を仕切っていた。


「同意する者は剣を掲げてもらおう」

 本人を含め、四本の剣が掲げられた。

「なぜおまえだけ意を共にせんのだ、スペンサー!」

 この場で一人だけ剣を掲げなかったのは第二隊副長のモレット・スペンサーだった。


「思うところはいろいろありまして……。申せば皆さまのご不興をこうむる事は目に見えていますので控えさせて頂きます。しかしあの少年、私は実際にこの目でみましたが、常識では考えられない強大な魔術士ですぞ」

「ふん! 前からそうは思っていたが、やはりおまえは腰抜けだったか」

 副団長アンブロッシュが吐き捨てるように言った。


「まあよい、貴様などあてにはしておらん。この裁判で、近衛騎士幹部四名の同意があった。よってあの小僧を『王家不敬罪』による惨殺刑と処する。これは王家の守護者たる我々に課せられた崇高なる使命である!」

 スペンサー以外の騎士は、ねじ曲がった士気を存分に高めた。


「さて、どの様に刑を執行すべきか……」

 副団長アンブロッシュは、顎を撫でながら思案した。

「これを使うがよい」

 トゥライゼン近衛騎士団長は鋳鉄製の手枷てかせを、自らの机の上に『ドン!』と乱暴に置いた。

 かなりの重量があるようである。

「これは、魔術士拘束用の特別な手枷よ。魔術発動を阻害する効果がある。この国で最も強力と言われている近衛騎士団代々の秘蔵の一品だ。いにしえのスピルカ家が造らせた物と言い伝えられておるぞ」


「それは素晴らしい! これで拘束すれば、あの魔人もただの小僧。後は我々の思うがままですな」

 副団長アンブロッシュは、下卑た笑いを放った。

 ひとしきり笑ったあと、冷たい視線をスペンサーに向けた。 

「スペンサーよ。おまえがいるだけで不愉快だ。さっさと出て行くがよい!」


「仰せのままに……」

 スペンサーはわざと深く一礼してから足早に退室した。



 薄暗い廊下を一人歩くスペンサー。

 雷鳴が轟く直前は、長く連なった廊下の窓は、昼間の様に明るくなった。

 ――まったく聞くに堪えないものだ。ここまで外道であったとは……。しかしあの少年、この危機をどうやって乗り切るものやら。まあ、ここで命を落とす様であれば、それだけの人物であったと言う事だが……。



  *  *  *  *  *



 国王から茶会の誘いを受けた九日後、ノアが危惧していた事が現実となってしまった。

 日暮れ前、ノアとエジェリーが特別棟の自室に戻ると、当番であるはずのアイリの姿が見えなかった。

 部屋の扉の内側には、二つ折りの紙切れが落ちていた。

 どうやら扉の下から差し込まれた様だ。


 紙切れに記されていた内容は――。

『娘を預かっている。軍練兵場に一人で引き取りに来い』

ノアは両手を広げて、その文章に呆れかえった。

「エジェリー、これは全く酷い文章だよ。迎えに行けば、ただで返してくれるのだろうか。姑息さが滲み出ているね」

 そう言ってノアは脅迫状をエジェリーに見せた。

「ひどい、いったい誰がこんなことを……」

「エジェリーも想像がつくだろう!」

「近衛……騎士団⁈」

「正解! しかしこんな低レベルの手を打ってくるとは……。まったく残念な限りだよ」


「アイリが心配だ。ぼくはこれからアイリを引き取り・・・・に行って来るよ」

「気をつけてね……」

「ぼくがあんな奴らに負けると思うかい?」

 エジェリーは首をゆっくり左右に振ってから「おもわない」といった。


「ノア、杖は持っていく?」

 ノアは首を小さく振った。

「学院の馬に乗って行くし、たぶん対人戦だ。杖はいらない」


 エジェリーはノアの前に立って、そっとまぶたを閉じた。

 ノアは誰もいない自室であるが、辺りを見渡してから「チュ!」と少しだけ唇をつけた。


「いってらっしゃい、無事に帰って来てね……」

 エジェリーは少し頬を赤く染めて、ノアを送り出した。



 *  *  *  *  *



 しばらく口づけの余韻に浸っていたエジェリーだが。


「さて、わたしも出来る事を、精一杯やろう……」

 エジェリーは、自らの頬を両手のひらで叩いた。

 急ぎ屋敷に戻ると、すぐに馬車の容易をさせた。

 まずは誰に助けを求めるか……真っ先に浮かんだのは、やはりレベッカだった。

「スピルカ家に急いで!」

 お嬢様の普通ではない様子を理解した御者は、人通りの途切れた夜の市街を急いで馬車を走らせた。 


 スピルカ家の屋敷の門は当然の如く、固く閉ざされている。

 エジェリーは迷う事無くレンガ積みの外構に登り、邸内に入った。

 飛び降りる時に、上部の鉄柵にスカートの裾が引っ掛かって、少し破いてしまった。

「もう、こんな時に!」

 エジェリーは少しだけ憤ったが、直ぐに正玄関に向けて走った。

 到着するや否や、重厚な木製の扉を何度も力強く叩いた。


 何事か! と二人のメイドが恐る恐る扉を開けた。

「まあ、エジェリーお嬢様! こんな時間に如何されました」

 応対したのは、昔から知った顔のメイド長だった。

「一大事なの! すぐにレベッカに会わせて!」

 メイド長はエジェリーの尋常ならざる様子にすぐに対応した。

 エジェリーはそのまま応接室に通された。時刻は午後八時を廻っていた。


「エジェリー、どうしたの! こんな時間に」

 エジェリーを先頭に、スピルカ卿とアリスも応接室に入って来た。 

「アイリちゃんが、近衛騎士団に誘拐されたわ!」

「なんですって!」

 さすがにレベッカのみならず、スピルカ卿そしてアリスも驚愕の表情を見せた。


「エジェリーちゃん、そこに座って。話を聞かせなさい」

 スピルカ卿はエジェリーに着席を促し、四人はソファーで向かい合った。


 エジェリーは先日の茶会での出来事や、先ほどの脅迫状の内容を出来るだけ詳しく説明した。

「なるほど、さっそく近衛と対立するとは……。あの方らしいと言えばそれまでだが、なんと熾烈なことよ……」

 スピルカ卿はこめかみを抑えながら、事態の深刻さを理解したようだ。


「それで今あの人は、一人で軍練兵場にアイリを取り戻しに行っています。わたしが付いて行っても足手まといになるだけだし……」


「きっとあの人はアイリを連れて無事に帰って来るでしょう。わたしはそう信じています。でも、問題はその後なの!」


「わたしには確信があるの! 恐らくあの人は明日、報復するために王宮に乗り込むわ!」

 エジェリーの正確な洞察だった。

「その時は、わたしはいっしょについて行く。レベッカ、あなたにもいっしょに来て欲しいの!」

 その言葉に一番初めに反応したのはアリスだった。

「最高ね! ノア様と王宮に乗り込むなんて! レベッカ、あなたが行かないのなら、私が喜んで変わるわよ」

 アリスがレベッカの背中を押した。レベッカは父親の反応を伺った。

 スピルカ卿は何も口にしなかったが、レベッカに答え、小さく頷いた。

「もちろん行くわよ! ワタシは師匠の一番弟子よ、行かないはずがないでしょ!」

 レベッカらしい元気な返答に、エジェリーは救われた想いがした。


「それでエジェリー、ワタシはこれから何をすればいい?」

「わたしはこれからフーガさんを頼りにいくわ。レベッカはタイラーさんを頼りに行ってくれるかしら!」

「わかったわ! さっそく支度してくる。お父様、馬車を出してもいい?」

「そうしなさい、レベッカ」

「ありがとうございます!」

 そう言いながらレベッカは応接室を出て行った。


「すみません、おじ様、アリス姉様。レベッカを巻き込んでしまって」

 エジェリーは深く頭を下げた。

「なに、気にする事はない。私も君の判断は正しいと思うよ。これからはあの方が活躍する時代なのだろう。君達にはそんな彼を支える運命がある」

 スピルカ卿のその言葉にエジェリーは、今一度深く頭を下げた。

「それでは、わたしは行きます!」

 立ち上がったエジェリーは軽くお辞儀をしてから、颯爽とした足取りで応接室から出て行った。



  *  *  *  *  *



 静けさを取り戻した応接室には、スピルカ卿とアリスが残っていた。

「アリスよ……」

「なあに、お父様」

「あの二人の結末は、どうなってしまうのだろうか……」


「それは私も心配しているわ……」

「やがてどちらかに、辛い現実が突きつけられるのだろうな」

「そうかもしれないわね」


「まさかアリス! おまえまで……ではないだろうな」

 アリスは優しい表情をしながら首を左右に振った。

「心配しないで、お父様。私はあの方を今は心から尊敬しているわ。でも歳が離れすぎているから恋愛は対象外よ。レベッカには悪いけど、私はそれが幸運だったと思っているの」


「あの子は幼い頃に母親を亡くしたからな……。私は気がかりなのだよ」

「大丈夫よ、お父様。きっとお母様も天国から、あの子を見守っているはずよ……」







 

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