第52話 国王との茶会<後編>
「むしろ私の魔術力は、貴国の戦力に勝る『抑止力』であるから、絶対に『私には手を出すな!』と、この場で強く、貴国に対して警告します!」
ノアから発せられたプレッシャーは、その場の大人たちを圧倒した。
「その抑止力とはいかなる概念か」
軍務尚書が目を閉じ、腕を組みながら質問した。
「国家対国家の安全保障上でのケースとして説明しましょう。仮に片方の国家が、一方的に他方の国家を軍事侵略する計画を立てているとします。その国家に対し『逆に耐え難いほどの報復を被る』と言う事をあらかじめ認識させ、計画を思いとどまらせる効力を発揮するのが、『抑止力』です。」
「この抑止力は三つの要件を満たして発動します。
一つは、侵略を企てる相手が、耐え難いほどの反撃能力を持っている事。
それは私の事です。すでに認知されていると思われます。
二つ目は、侵略を企てる相手に対して、報復する意思を明確に示すこと。
今、私はこの場をもってハッキリと貴国にお伝えしました。
三つ目は、相手が一つ目、および二つ目を理解していること。
以上をもって、『抑止力』は発動致します……」
「この場でテーブルをはさみ、なんとか茶会が成立しているのもすでに抑止力が働いている良き例でしょう」
「お互いの武力を警戒し、多大な報復を恐れ手出し出来なくなる……と言う概念だな」
軍務尚書は目を閉じたまま聞き入っていた。
「仰せのとおりにございます」
「忍耐のいる事であるな」
「はい、戦を司る方々には必須の心得であるといえるでしょう」
「さらにこの『抑止力』はもっと大きな使い方が出来ます」
「ほう、それは一体どんな魔法かね?」
軍務尚書は実に興味深そうにノアを見た。
「現段階では、申し上げるには至りません……」
「そうか、それは残念な事だな……」
いつの間にか前のめりになっていた軍務尚書は改めて深く座り直した。
「余からは、最後の問いである」
静かに聞き入っていた国王が口を開いた。
「卿はその思慮深き考えと絶大な力をもって全世界に君臨し、民を導こうとは思わないのかね」
その質問の重さにその場がざわついた。
いかにも国を治める者が抱く疑問だった。
その質問はノアが幾度となく、自問自答してきた問いそのものだった。
ここで謙遜して見せても全く無意味であると判断した。
「正直に申し上げましょう。その方法もたしかに選択肢のひとつと考えています。しかし過程から未来を推測すると、結果的に効率が悪いのです」
「私は権力というモノに全く興味はありません。むしろ権力に固執出来るならば、どれほど楽だろうか、と考えています。私は当面、この地上から少しでも戦争を減らす努力をしていきます。仮に私が世界の頂点に君臨し、ひと時でも戦争を無くしたと仮定しましょう。しかし私の権力が及ばなくなった時、世界は再び戦乱の渦に飲み込まれてしまいます」
「よかれと思って成し遂げた天下統一も、更なる戦争の火種となってしまうのであれば、その行為は余りに悲しく、偽善となってしまいます……」
ノアの言葉は重くのしかかり、その場はしばし沈黙した。
国王も腕を組んで目を閉じ、押し黙ったままだ。
再び口を開いたのは軍務尚書だった。
「私は個人的にも貴殿に興味があるのだよ。仮に一戦交えるとして、貴殿から見た場合、この国の軍事力はどう見える?」
後ろに控える騎士達の目の色が変わった。
ノアはそんな騎士団に視線をやった。
「申し上げてよろしいのでしょうか?」
「よい、申してみよ」
軍務尚書は期待を込めて頷いた。
「かなり時代遅れの観は否めません」
ノアは軽く左右に首を振った。
「近い未来に起こりうる国家間の紛争では、戦術の形態がガラリと変わる事は確定しています。これは既に西方の列強国群で予兆が出始めています。」
「ほう、どの様に?」
軍務尚書は非常に興味ありげに呟いた。
「まず伝統の騎馬対騎馬を想定した戦術は時代遅れとなり、今後の戦争ではあり得ません」
「貴様――! 王国騎士を愚弄する気か」
若い近衛騎士団副長が頭に血を登らせて喚いた。
ノアは無視を決め込み、一度紅茶を飲んで間を入れた。
「すでに先のカールソン砦の防衛戦では、方々は……痛い目に遭われたはずですが……」
ノアはさほど関心がなさそうに呟いた。
「貴様、なぜその事を知っているのだ……」
近衛副団長は驚愕の表情でたじろいだ。
「そうか、やはり貴殿の仕業だったか……」
軍務尚書はノアを真剣に見つめ、何度か頷いた。
その言葉に対してノアは、特に返答はしなかった。
「これからの戦争は初期の段階では、傭兵で構成された銃士隊と砲兵隊が主力となるでしょう」
ノアは転生前の世界で、騎士が没落していく歴史を知っていた。当然この世界でも同様の未来が訪れる事は容易に想像がつく。
「どのような戦場が、貴殿には見えている」
「両陣営、数千の兵士による激突が予想されます。戦いがエスカレートすれば数万かと。勝敗を決めるのは銃や砲の火器や魔術士の優劣でしょう」
「何をくだらぬ絵空事を!」
「この大法螺吹きめ!」
騎士たちは怒りに身を震わせながら、激昂し、わめき散らした。
ノアには騎士連中の怒りも、十分に理解は出来た。
彼らは、自分たちが全く理解出来ない戦場の姿を生理的に、尚且つ瞬時に否定したのだ。戦場とは騎馬に乗った騎士が堂々と名乗りを上げ、相手にとって不足の無い敵方の騎士と槍を交えるものである、と信じて疑わないからだ。
時代遅れのロマンチスト達である。
ふとノアはテーブル下で差し出された、エジェリーの左手に気づいた。
ノアはその手を右手で、しっかりと指をからめて握りしめた。
「その先はどうなる?」
「この盛者必衰の理を理解出来ない国家は戦いに敗れ滅亡します。この国も例外ではありません。生き残った国家はやがて強力な常備軍を持つに至るでしょう。国家の形態すら、急激な変化を求められます」
「この国王陛下を惑わすペテン師め、即刻処刑すべきである!」
「そうだ、そうだ!」
「不吉な事を言う薄気味悪い魔術士よ。こやつはきっと王国に害をもたらす魔王になるぞ!」
国王は手を振って戒めた。
「どうかね?」
国王が軍務尚書に感想を求めた。
「目から鱗が落ちた思いです。今すぐ軍務尚書を譲っても良いでしょう。」
騎士達は小僧の戯言を肯定するような軍務尚書の発言に憮然とし、憤った。
「ハイ、ハイ! そこまでにしましょう」
パンパンと手を叩いて王妃アンネマリーが割ってはいった。
かなり不機嫌である。
「いい加減にしなさい。偉そうに剣をかざした大人が、寄ってたかってひとりの少年を虐めて! 彼女を見なさい。可哀そうに、あんなに怯えて涙をこぼして!」
王妃は振り返り、騎士連中をきつく叱った。
「わたくしには悟りを開いた賢者様に、痩せた野良犬の群れが遠くから吠え散らかしている様にしか見えませんことよ! 恥を知りなさい!」
激昂している騎士達は、忠誠を捧げる王妃からの叱りの言葉に、黙らざる得なくなった。
視線をノアに戻した王妃アンネマリーは、ノアに対して優しく微笑んだ。
「アルヴェーン様、バイエフェルト嬢。今日はもう下がって良いですよ」
ノアは立ち上がり、エジェリーを傍らに抱き寄せた。
「本日はお招き頂き、ありがとうございました。またの機会を頂ければ幸いです」
ノアは深く、長く頭を下げた。
そして踵を返し、エジェリーの肩を抱きながら、出口へと向かった。
帰りの馬車の中、エジェリーはまだ嗚咽が止まらなかった。
――エジェリーには可哀そうな事をしてしまった。
「ごめん、エジェリー。君には怖い思いをさせてしまった。ぼくにはこうなる事は、初めから分かっていたんだ」
エジェリーは赤くはらした目でノアを見つめた。
「でも君がいたから、ぼくは冷静さを保てたのかもしれない」
「わたし……怖くなったの。あなたはこんな風に、これからずっと戦い続けるんじゃないかって……」
エジェリーはこの時、ノアの運命の本質を見抜いたのかもしれない。
ノアは馬車の対面に座る、若い近衛騎士をチラリと見た。
彼は眉を上げて合図を送ると、そのまま車窓へ視線を移した。
ノアはエジェリーの頬に両手を添え、そっと唇を重ねた。
エジェリーの辛い記憶は、ノアの魔法によって上書きされてしまった。
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