第50話 チーム対抗公開模擬戦4~絶対秘密兵器~
そのころアイリとリーフェは、それぞれ両翼から壁伝いにセンターラインを遙かに超え、敵陣奥深くに侵入していた。
この二人の動きに注目していた観客は、おそらく皆無だろう。
敵陣のフラッグを守る吟遊詩人のシルワイデは、相棒のタイラーの雄姿に熱狂しながら、リュートを奏で、即興の歌に没頭していた。
そんなシルワイデに右翼壁際のアイリは大声で話しかけた。
「すみません! ちょっとお聞きしたい事があるのですが!」
シルワイデはそんなアイリに気がついた様だ。
タイラーの剣撃は熾烈を極めた。
大盾から発せられる鈍い打撃音が連続する。
そして切っ先は隙あらば大盾をかわし、左右からフーガの身体を狙って来る。
フーガは両手で大盾を制御し、なんとかタイラーからの猛攻をしのぐ。
そして遂にタイラーの剣は、フーガの脇腹を捉えた。
「ピ・ピ―!」
「クリティカルブロー! 戦闘不能!」
客席からは、一斉に歓声が沸いた。
「すみません! ちょっとお聞きしたい事がありますので、こちらへ来て頂けますか!」
アイリはシルワイデに向かって更に手招きした。
シルワイデは勝負の行方に注視しながら、アイリの方へ歩みを進めた。
そしてアイリの元に近づくと、少し怪訝そうに用件を確かめた。
「どうしたの、お嬢さん。今いいところじゃないか……」
「わざわざ、ありがとうございます」
アイリはシルワイデに向かって、とても丁寧に頭を下げた。
「実は、この後の敗戦の感想をお聞きしたくて……」
その時、左翼のリーフェはフラッグに向けて、スタートダッシュをかけた!
「これでやっとタイマンが張れるな!」
タイラーがニヤリと笑みを浮かべながらノアに近づく。
そして右肩に乗せていた剣を両手で上段に構えた。
「残念ながら、それはかないませんよ!」
ノアはタイラーを見上げながら、不敵な笑顔で答えた。
「なに~!」
タイラーは顔を歪めて剣を振り下ろそうとしたその時!
「ピ――、ピ――!」と試合終了を知らせる長い笛が響き渡った!
タイラーは驚いて笛の出所に振り返った。
『青い稲妻』の陣地では、フラッグを取ったリーフェが大はしゃぎしていた。
タイラーはすぐには状況が飲み込めなかった様だ。
それは観客席も同様だった。
しばしざわついた後、やがて大ブーイングが沸き起こった。
「ぼく達の勝ちです!」
「卑怯だぞ! このペテン師め!」
「それは心外な言葉ですね。見事な戦術と褒めて頂けませんか」
手に取ったフラッグを上下させながら喜んでいたリーフェだったが、ブーイングの凄まじさに観客席を一周見渡した。
するとその場で大声を上げて泣き始めてしまった。
そしてリーフェは、その場にしゃがみ込んだ。
駆けつけるアイリ、少し遅れてエジェリーとレベッカ。
三人の乙女は、リーフェを囲むと勝利を喜ぶ間もなく、観客席を睨みつけた。
その姿に、段々とブーイングは和らいでいく。
やがてどこからか拍手が起こり、やがて観客席全体に伝播した。
エジェリーとレベッカがリーフェを優しく立たせた。
「大丈夫? リーフェちゃん……」
「大丈夫ですよ、演技です! こうなる事はノア様から聞いていましたから」
そういってリーフェはペロリと舌をだした。
レベッカがリーフェの頭を優しく撫でた。
「こんなのが認められるか! オレとの勝負はどうなるんだ!」
怒り心頭のタイラーに対して、ノアはヤレヤレといった仕草をした。
「わかりました。フーガさん、悪いのですが、審判さんを集めてもらえますか」
「かしこまりました」
フーガは大声と手招きで審判を集合させた。
「まず審判さんに確認したいのですが、ぼく達の優勝は間違いないですね!」
審判団は顔を見合わせ頷いた。
「チーム『黄昏の梟』の優勝は間違いありません」
審判長の一言に、ノアは満足そうに頷いた。
「ぼくは今、ペテン師呼ばわりされて困っているのですよ。そこで一つ提案があるのですが」
観客は何やら相談し始めたノアと審判団に注目し始めた。
「どうでしょう、ぼく一人対、希望者全員で勝負してもいいですよ。ルールは、挑戦者はセンターラインからスタート、十分間でぼくが守るフラッグを奪い取れば勝ち。十分間ぼくが守り切れば、ぼくの勝ち」
「よろしいのですか……不利を通り越していると思いますが」
「面白いじゃないか、さすがは賢者の後継者様だ。後で後悔してもしらね~ぞ」
タイラーは怒りの興奮を抑えてやっと納得したようだ。
「それではさっそく、そのように取り計らって頂けますか」
「かしこまりました」
審判団がノアに一礼して、フィールドの中央に向かった。
そして審判長が大声で観客席に呼び掛けた。
その話を聞き取ろうと、観客席は静まり返った。
「ただいま、当学院のノア・アルヴェーン講師より提案がありました…………出場を希望する選手は速やかにお集まりください!」
その変則マッチに観客席は大いに盛り上がった。
そしてノアの元に約五十名の選手が集合した。
「それでは皆さん、今一度ルールを確認します。試合時間は十分間、みなさんはセンターラインからスタートして、ぼくのフラッグを奪えば勝ちです。十分間ぼくが守り切れば、ぼくの勝ち。いいですね!」
「もし皆さんが勝ったら全員になにかプレゼントしましょうか。特にフラッグを取った選手の望みはなんでもひとつ叶えて差し上げますよ!」
その美味しい餌に挑戦者は大いに沸いた。
「それでは始めましょうか。ぼくはここから一歩も動きませんからね!」
そう言ってノアは挑戦者達に手を振って送り出した。
「あれ、君達は行かないの?」
少し離れた壁際に佇む、エジェリーやレベッカにノアは声をかけた。
二人は片手をすばやく振って否定した。
「無理無理! 逆立ちしたって師匠にはかなわないから!」
「あの人達には同情するわ……。どうせノアは初めからこれがやりたかったのでしょう!」
そう言いながらエジェリーは肩をすくめた。
そんな二人にノアは微笑みを返した。
* * * * *
「いいかおまえら! 全員で攻撃すれば、いくらあいつとて対処できないだろう。まず射程内に入ったら、魔術士が一斉にファイヤーボールを飛ばせ! それを合図に剣士は突撃だ!」
一団をまとめるタイラーの檄に、挑戦者たちは気合を込めた返事をした。
センターラインを越え、所定の位置についた挑戦者たち。
観客席からは大声援が送られた。
審判長が懐中時計で時刻を確認しながら……。
試合開始の笛が吹かれた。
一斉に広がりを見せて飛び出す選手たち!
ノアはフラッグ前に立ち、右手で『レーヴァテイン』を支え仁王立ちして待ち構える。
ノアからおよそ三十メートル手前で、挑戦者達は横に広がり停止した。
十人の攻撃系魔術士がロッドやタクトを構えた。
そして魔術詠唱が始まった。
ちなみに『黄昏の梟』が二回戦で打ち破った『カラーウイッチィーズ』はこのメンバーには入っていない。すでに魔力を使い果たし、参加不能であった。
「撃て!」
タイラーが号令を発した!
一斉にロッドやタクト先から炎を吹き出す魔術士たち。
魔術士全員から悲鳴が上がった。
当然ノアは索敵魔術に、術式を一部破壊する効果を乗せていたのだ。
魔術士たちは魔力が枯渇するまで炎を吹き出し、そして力尽きた。
残った剣士達は、その光景をただ唖然と眺めていた。
我に返ったタイラーは「行くぞ!」と叫んで駆け始めた。
残った剣士たちが後に続く。
* * * * *
ノアは重厚な杖『レーヴァテイン』をドン! と突いて重力操作魔術をフィールド上に放った。
ノアに押し寄せようと迫って来た挑戦者たちは、全員が前のめりに派手に転び、両手をついた。
タイラーとて例外ではない。
観客席は何が起きたか解からず、大きくどよめいた。
さらにノアは一段プレッシャーを強めた。
挑戦者たちは自分の身体を支えるのが精一杯で、苦悶の表情をしている。
そしてノアは周囲から膨大な量の魔素粒子を吸収し始めた。
大気が干渉し、ノアの周りに風が巻いた。
白いローブが翻り、ノアの髪を揺らした。
ノアは杖を地面に突く。
そこから大量の魔素粒子を作用させ大地を揺り動かした。
さらにノアが杖で地面を突くと、そのたびにフィールドは大きく揺れた。
揺れの振幅はどんどん大きくなっていく。
ノアは揺れ戻しに合わせて杖を突き、局地的な地震を発生させたのだ。
挑戦者たちは重力操作魔術で拘束され、さらに地震の揺れの恐怖を叩き込まれた。
その揺れは観客席にも伝わり、観客からも悲鳴が上がった。
ノアは杖を突くのを止めた。二つの魔術を解除した。
揺れはピタリと収まり、挑戦者たちは重力の拘束からも解放された。
ほとんどの挑戦者は仰向けに寝転び、荒い息をしていた。
彼らは、その戦意を刈り取られたのだ。
ただ一人タイラーだけは、立ち上がってノアに向かった。
額からは滴り落ちるほどの汗をかいている。
なにか叫びながらタイラーはノアに迫る。
ノアは左手のひらをタイラーに向け、容赦なく圧縮空気弾を放った。
後方に吹き飛ばされるタイラー。
仰向けに倒されたタイラーはしばらく動かなかった。
息を整えると立ち上がり、再び突進を開始する。
タイラーはノアにあと五メートルほどまで迫るも、再び吹き飛ばされる。
もう一度同じ動作を繰り返すが、結果も同じだった。
しかし今度は吹き飛ばされた後すぐに体制を立て直し、渾身の力を振り絞りノアに向かって剣を投げつけた!
ノアは避けるそぶりも見せず、突き出している左手でそのまま魔力障壁を薄く張った。
剣は魔力障壁に突き刺ささった。
魔力を見る事が出来ない者には、剣が空中で静止したように見えた事だろう。
ノアが魔力障壁を解くと、剣はそのまま垂直に落下した。
タイラーはどかりと尻をつき、フィールド上であぐらをかいて、空を見上げた。
やがて静まり返った競技場内に、十分が経過した笛が鳴り響いた。
観客席は歓声が沸き起こり、やがて大きな拍手へと変わって行った。
ゲーム終了後、挑戦者たちはノアの前に集まり、タイラーの様にあぐらをかいて座った。
「どうでしたか、みなさん?」
「死ぬかと思いました……」
ノアは、その答えに満足気に頷いた。
「強大な魔術士は、この様に一軍を相手にする事が出来るのです。魔術士を外見で舐めてはいけませんよ」
その場にいる全員が頷いた。
「みなさんから何か質問はありますか?」
ひとりの生徒が手を上げた。
「アルヴェーン先生は雷撃系の魔術も使えたりするんですか!」
「まあ使えますけど、見たかったですか?」
質問の生徒が頷いた。
「それやると、雷自体は制御出来ないんで、みんな死んじゃうんですよ……」
「うげ~ッ」とみんな下を向いてしまった。
「先生の魔術は、どうしてそんなに強力なのですか?」
「ぼくは自然界から魔素粒子を取り込んで魔術を発動しているのです。これから学院でもその講義を始めますからね。みなさんもしっかり学んで下さい」
「はい!」と魔術士達は元気に返事をした。
ノアはしばらく質疑応答を行った後、その場をお開きとした。
残ったのは『黄昏の梟』のメンバーとタイラーだった。
「みんな、お疲れ様でした。アイリ、リーフェ、良くやったね。嫌な想いをさせてごめんね」
「大丈夫ですよ、ノア様。リーフェはとても楽しかったです!」
「ハラハラドキドキだったのですよ、ノア様!」
リーフェとアイリは彼女達なりにゲームを楽しんだようだ。
「さて、帰ってみんなで祝勝パーティーをしようか!」
「賛成!」
そんな時、タイラーがノアの前に立った。
「良く解ったよ……。オレ如きでは、あんたに触れる事すら出来ないんだな……」
「そのあたりは剣士と魔術士の間合いの違いですよ。タイラーさんの剣術も闘志もなかなかのものでしたよ!」
タイラーは少しだけ口許を緩めた。
「なあ、一つ聞かせてくれないか……」
「なんでしょう、タイラーさん」
「あんたの傍にいれば、この先楽しい事が起こるのかい?」
「楽しいかどうかは分かりませんが……。世界を駆け巡る事にはなりますよ!」
タイラーは目を閉じ、ノアの言葉をかみしめているようだ。
そしてタイラーはノアの前に片膝を着いた。
「ケジメはつけさせてもらう……」
そんなタイラーを見て、フーガは彼の肩を一つ叩いてから横に並んで片膝をついた。
「これより私はあなたの剣となり、あなたの前を切り開きましょう」
そう言ってタイラーはノアに深く頭を下げた。
「これより私はあなたの盾となり、この身に変えてあなたを守りましょう」
フーガもタイラーに習って誓いを立てた。
やがて賢者ノア・アルヴェーンの双璧と称えられる、剣のタイラー、盾のフーガ誕生の瞬間だった。
「二人供そんな畏まらないで下さい。ぼくもあなた達のような仲間を得て、とても頼もしく思います」
タイラーとフーガは立ち上がった。
「それでエジェリーちゃん、この人はそんなに人使いが荒いのかい?」
「ええ、とっても!」
あたりは笑いに包まれた。
「ところでシルワイデさんはどこにいるの?」
不思議に思ったレベッカがタイラーに問いかけた。
「おおかたオレにどやされるのが嫌で、先に逃げちまったんだろう!」
アイリが申し訳なさそうな表情をした。
「さあ、みんなでノアの部屋に戻りましょう! タイラーさん、あなたもいらして」
「いいのかい……」
「いいのいいの! どうせイルムヒルデ様も乱入してくるんだから!」
その時ノアは貴賓席を立ち去ろうとしている、軍部の高官達の姿を追っていた。
――これで王宮もぼくには興味が沸いただろう……。
あとはどの様なアプローチを仕掛けてくるか? だな……。
三章 サンクリッド王立学院編 <完>
次話より、四章 王都躍動編に入ります!




