第49話 チーム対抗公開模擬戦3~勇者パーティー~
準決勝の相手は予想通り『勇者パーティー』チームが名乗りを上げて来た。
自称勇者・攻撃魔術士・ガーディアン・治癒術士四人の構成だ。
「さてどうしましょうか。自称勇者さんにはエジェリー、かぼちゃパンツのお姉さんにはレベッカ、ガーディアンにはフーガさんが当たって下さい」
「わかったわ!」「心得た!」と三人が気合の入った返事をした。
「おそらく自称勇者さんとかぼちゃパンツのお姉さんが前に出てくるでしょう。その二人をエジェリーとレベッカで潰して下さい」
「二人が片付いたら、三人でフラッグを狙って下さい。フーガさんが敵のガーディアンを抑えれば簡単でしょう」
「アイリとリーフェは前の試合と同じ行動をとってくれ。午後になってゴミが増えているようだから、ゴミ袋を持って行くといい」
「わかりました!」「了解です!」二人は可愛らしく返事をした。
そこで試合開始の笛が鳴った。
すかさず飛び出すエジェリーとレベッカ。
黒いマントと赤いローブをひるがえしながら、颯爽と駆けていった。
フーガはゆっくりと後を追った。
陣地に一人残ったノアは、貴賓席に視線を移した。
「やっとお出ましか……」
明らかに実戦組と思われる出で立ちの騎士が四人、かなり身分が高いと思われる文官三名が席に着いたところだった。
一方敵方陣地から自称勇者とかぼちゃパンツのお姉さんが前へ出ると、大きな歓声が上がった。
市中ではそれなりに人気がある様だ。
自称勇者は大袈裟に手を振って声援に答えている。
両者が距離を詰め始めると、エジェリーとレベッカに向かって、連続でファイヤーボールが飛んできた。
まだ距離があるので、避けるのはたやすい。
「ファイヤーボールをワタシに放つなんて百年早いわ!」
レベッカは襲って来るファイヤーボールに照準を合わせ、さらに大きなファイヤーボールを放って迎撃した。
そのままカウンターとなって自称勇者とかぼちゃパンツのお姉さんをかすめていった。
驚いた二人はその場に立ち止まってしまった。
「危ないじゃない! 当たったらやけどするでしょ!」
かぼちゃパンツのお姉さんが叫んだ。
もっともな意見ではあるが……。
そして四人は相対した。
エジェリーが自称勇者に向かって剣を構えた。
レベッカはかぼちゃパンツのお姉さんにワンドを向ける。
「おや、勇ましいお嬢様方だ」
そう言って自称勇者は、背中に背負っていた大ぶりの両手剣を構えた。
もちろん木製の模擬戦用である。
「それじゃあ、行くわよ!」
レベッカは師匠にならって軽い圧縮空気弾を、かぼちゃパンツのお姉さんのスカートめがけて放った。
そしてスカートは見事にめくられたが……。
披露されたのは黒いフリルで埋め尽くされたショートパンツだった。
「残念だったわね。こんな日に白で来るはずないでしょう!」
「別にワタシはあんたのパンツなんてどうだっていいのよ……。ただ師匠の期待に応えただけよ」
レベッカは冷めた目をして、大きめの圧縮空気弾で彼女を後方へ吹き飛ばした。
「フレイヤ!」
エジェリーと間合いを測っていた自称勇者が叫んだ。
「あら、勇者様。よそ見をするなんていけませんよ」
エジェリーは一気に間合いをつめて自称勇者に突きかかった!
レベッカは仰向けに倒れているフレイヤを見下ろし、ワンドを構えた。
「あんた、いったい何者なのよ!」
「あれ? 知らなかったの。ワタシの名前はレベッカ・スピルカ。この王国の魔術を司るスピルカ家の娘よ!」
フレイヤの顔は驚きに支配され、あっけなく戦意を喪失したようだ。
「……降参します」
「ピ・ピ―!」と審判の笛が鳴った。
「勇者様はいつもそんな大剣を振り回しているのですか⁈」
突きの手数を緩めることなくエジェリーが呟いた。
自称勇者は防戦一方である。
「そうか、イノシシを一撃で仕留めるには丁度良いのですね!」
エジェリー得意の挑発がつづく。
自称勇者の表情が怒りに歪んだ。
何とかそれなりにエジェリーの突きをかわす自称勇者。
しかし、次第にエジェリーの切っ先が腕や足を捉え始めた。
足をもつれさせて膝をつく自称勇者。
「くそう、聖剣エクスカリバーさえあれば……」
それを聞いたエジェリーは呆気に取られてしまった。
「勇者様は女の子相手に聖剣を使うのですか⁈ そもそもそんな宝剣をお持ちなのですか⁈」
「いや……まだ見つかっていない」
エジェリーはガクッと頭を垂れた。
「もういいです。さっさと勝負をつけましょう」
自称勇者は逆上して、見境なくエジェリーに突っ込む。
その時エジェリーは、わざと力の無い突きを放った。
自称勇者はとっさに剣を捨て、エジェリーの剣を掴んで身体ごと引き寄せた。
真剣ならば有り得ない反則技だ。
「フフフッ! やっと捕まえたよ、黒い子猫ちゃん!」
「それはどうかしら……」
その時自称勇者は、右脇腹に軽い痛みを感じた様だ。
ゆっくりとそこに視線を移す。
「ピ・ピ―!」審判の笛が鳴った。
「クリティカルブロー! 戦闘不能!」
自称勇者の右脇腹には、エジェリーの左手に握られたタガーが寸止めされていた。
茫然自失の自称勇者はそのまま尻もちをついた。
「終わりましたかな、エジェリー嬢、レベッカ嬢」
ゆっくりと歩いて来たフーガが二人に声をかけた。
エジェリーとレベッカはフーガに向かって、勝利のVサインを突き出した。
「それではフラッグを取りに行きましょうか」
程なく、フラッグはエジェリーの手中に収まった。
そして決勝戦の相手は、当然の如く『青い稲妻』チームだった。
チーム構成は大会最少の二人、アタッカーのタイラー・アールステッド、そしてディフェンダーのウェルラー・シルワイデだ。
「今回はぼくが挨拶に行って来ましょう」
ノアの登場に観客席は大いに沸いた。
そして敵陣のタイラーには、女性からの黄色い声援が飛ぶ。
二人がセンターラインまで歩いて行く途中、その歓声は次第に収まって行く。
ノアとタイラーがセンターラインを挟んで対峙すると、観客席は静寂に包まれた。
「大将自らお出ましとは……光栄の極み」
胸に手を添え、大袈裟な挨拶をするタイラー。
「タイラーさん。あなたには挨拶をしておきたかったものですから」
ノアはニッコリと微笑んだ。
「ただ勝敗がつくだけでは面白く無い。どうだ、負けたほうが相手の軍門に下るというのは!」
「いいのですか⁈ ぼくは人使いが荒いですよ」
一瞬意表を突かれた表情をしたタイラーだったが、すぐに余裕を取り戻した。
「クククッ、オレも可愛がってやるよ、坊や」
そう言ってタイラーは右手を差し出した。
ノアは握りつぶされると予想しながら握手に応じた。
一瞬の握手のあと、右手を振って痛がったのはタイラーだった。
ノアが瞬時に魔力を流し込んだのだ。
「それではタイラーさん、お待ちしていますよ」
それだけ言うと、ノアは踵を返して自陣へと引き上げた。
「さて決勝戦。相手は去年の覇者、タイラー・アールステッド! エジェリーとレベッカは全力で当たって出来るだけ時間を稼いでくれ。アイリとリーフェは作戦通りに頼むよ!」
「ハイ!」
四人の乙女が小気味の良い返事をした。
「ピーッ」と長い笛がひとつ鳴った。
いよいよ決勝戦の火蓋はきられた。
西からタイラー、東からエジェリーとレベッカが出ると、会場はいっきに大歓声に包まれた。
アイリとリーフェは指示通り、右翼をアイリが、左翼をリーフェが壁伝いを歩いて行った。
ある程度距離が詰まるとレベッカは立ち止まり、タイラーめがけて魔力圧縮弾を発射し始めた。
まだ距離があるので、タイラーはなんとか避け切る。
魔力圧縮弾の速度は、ファイアーボールとは比較にならない程の高速である。
外れた魔力圧縮弾は、競技場の壁に当たり乾いた炸裂音を残した。
エジェリーはそのまま黒いマントをひるがえし、タイラーとの距離を詰めていく。
そして二人は遭遇するとすぐさま剣を交えあった。
木剣を打ち合う乾いた連続音が響き渡たる。
この大会初めてのスピード感ある白熱した戦いに観客は熱狂した!
「ヘーッ! エジェリーちゃん、ずいぶん強くなったね」
「あなたに褒められるとは思わなかったわ」
タイラーの得物は意外に細身の両手剣だった。
刀身の長さと重量のバランスにとても優れていた。
エジェリーの片手剣では、圧倒的に剣に乗った重みが不足している。
エジェリーは次第に大きく剣を払われ、バランスを崩していく。
ついにエジェリーは足を乱し、尻もちをついてしまう。
タイラーはエジェリーに剣を突き付けた。
その時タイラーは左腕に痛みを感じた。
レベッカが狙撃で、瞬間を狙っていたのだ。
タイラーには運よく、左腕をかすめただけで済んだ。
「レベッカちゃん、危ないじゃないか! 今行くから待っていてよ」
そう言った後タイラーは、エジェリーの眼前で剣を振るった。
「ピ・ピ―!」とエジェリーにクリティカルブローが宣告された。
「ごめんね、エジェリーちゃん。こんど埋め合わせはするから!」
タイラーはエジェリーにウインクしてからレベッカへと向かった。
会場からは一つの結末に大きな歓声が上がった。
そして突然タイラーは、レベッカに向けて突進をかけた!
両腕と剣で全面をガードし、変則な動きでレベッカへ突っ込む。
対するレベッカも覚悟を決めて両足で踏ん張り、ワンドを両腕で固定しタイラーに狙いを定めた。
タイラーが届くか、レベッカが打ち抜くかの勝負になった!
二発タイラーの腕と足をかすめたが、まださほど連射の効かないレベッカでは致命傷を与えるには至らなかった。
軍配はタイラーに上がった。
タイラーはレベッカの腕をつかむと後ろに回って羽交い絞めにした。
「おお、レベッカちゃん。ずいぶん育ったもんだ。いい女になって来たじゃないか!」
「フーン、あなたに言われると、そんなに悪い気はしないのね……」
そこで審判の笛がなり、レベッカに戦闘不能が宣告された。
「そろそろ離して頂けるかしら」
「あ、ああ。もう少しこうしていたかったよ……」
「それじゃあ、オレ様が優勝したら祝杯をあげようか!」
そう言ってタイラーはノアの守るフラッグに向かって歩き始めた。
「残念ながらそれはないわよ」
タイラーは一度立ち止まったが、振り返らずにそのまま行ってしまった。
そしてついにタイラーは、チーム『黄昏の梟』のフラッグに肉薄した。
チーム『黄昏の梟』が自軍陣地前に敵の侵入を許したのは、この大会初めての事だった。
フラッグは木製の雛壇の上に立てられている。
その前をノアが、右手で握った杖を立てて守っている。
さらに雛壇の下には、大盾のフーガが仁王立ちしていた。
「やあ、フーガ。珍しいところで会うものだ。オレ様が勝ったら、おまえにも舎弟になってもらうからな!」
「タイラーよ。もうすぐ君は、世界の大きさを思い知る事になるだろう」
その言葉を合図に、タイラーは猛然とフーガの大盾に剣を叩きつけた!




