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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第45話 カールソン砦防衛戦2~出征準備~



 私はアリス・スピルカ。

 サンクリッド王立学院で魔術の講師をしている。


 私が講師になって初めて王立魔術師団に送り出した教え子の中から、優秀な六名が今回のカールソン砦への増援軍に選抜されてしまった。

 今まではどこか他人事の様に感じていた王国魔術師団の危うさは、この戦争によって、はっきりと私に突き付けられた。

「もしあの子達が戦場で死んでしまったら……」

 わたしは言い知れぬ恐怖に支配された。

 そして思った。『いままでの私は一体なんだったのだろう』と。


 私は王国の魔術の講師でありながら、戦場の姿をあまりにも理解していなかった。

 戦場とは、騎士団が颯爽と馬を駆って敵陣に切り込み、後方から魔術士団が敵陣に炎弾ファイヤーボールの雨を降らせる構図ではないのだろうか。


 私はそんな疑問を抱き、あの方に教えを請うた。

「それは既に過去の戦場の姿なのですよ」

 あの方はゆっくりと首を振った。そして後を続けた。

「今回は砦の防衛戦です。今までは堅牢で高さのある砦にたてこもる方が圧倒的に有利だったのです。簡単に言えば接近してくる敵兵や、石垣をよじ登ってくる敵兵を、砦の上から迎撃するだけでよかったのですから」


「弓兵の弓矢や魔術士の炎弾ファイヤーボールがとても有効だったのです。しかし……」

 あの方の表情が引き締まった。

「しかし敵軍が大砲を持ち込むだけで、攻撃・防御の有利さが大逆転してしまうのですよ」


「アリス先生、弓兵の弓矢や、魔術士の炎弾ファイヤーボールはどのくらいの飛距離が出せますか?」

「だいたい百メートル前後でしょうか」


「敵は五百メートル前方から砲弾を飛ばしてくるのですよ。攻撃のレンジの違いはわかりますよね。そして容赦なく鉄の砲弾は砦を破壊し、その破片は砦の守備兵の肉体を引き裂いていきます」

「それでは砦に立てこもる兵士は、なぶり殺しに遭うだけではないですか!」

 私は込み上げて来た怒りをあの方にぶつけてしまった。

 あの方は悲し気な顔をしながら頷いた。

 そして私はようやく気付いたのだ。

 こんな事も理解出来ていなかった私自身が、一番の愚か者であると言う事を。

 あの方は何ヶ月も前からこの状況を予見し、出征する魔術士のために特別なローブまで準備していたというのに。


「これからあなたに大切な事をいくつか教えます。しっかりと役立てて下さいね」

 あの方は真剣な眼差しを私に向けてくれた。

「まず、絶対に砦から出て、敵陣に攻撃を仕掛けてはいけませんよ」


「大砲の脅威を取り除きたい! 誰もが思う事ですよね。恐らく王家の騎士団は突撃を掛けるでしょう。しかし待ち受けているのは、敵のマスケット銃士隊です。横に並んで一斉に銃弾を撃ってきます。ほとんどの騎士は銃弾に倒れるでしょう。運よく当たらずに敵陣に迫っても、今度は大勢のパイク兵の槍に、くし刺しにされるだけです」


「よって魔術師団が自分の射程距離まで敵陣に迫ろうとすれば、同じ惨劇を繰り返す事になります。こんな自殺行為は絶対にやらせてはいけません」


「そしてもう一つ警戒しなくてはいけない事は夜襲です。砦の兵士が疲労した頃を見計らってかならず仕掛けてきます。戦場が荒れてくると、敵は隠れやすくなり、こちらは発見しづらくなります。砦の攻防戦は、砦内に侵入を許せば負けですからね」


「だからぼくはあなたに索敵魔術を教えたのですよ。夜襲を未然に防ぐためには非常に有効です」


「そしてあなたはブレーデン司書長から防御力強化魔術も教わった。今回の防衛戦はただひたすら耐え抜く事、生き残る事こそが勝利です」


「ここからはあなたの仕事ですよ。二つの魔術を役立てて下さいね」

 

 私はあの方によって今回の防衛戦の戦場を理解した。そしてすでに最も重要と思われる魔術も託されていた。

 私はすぐに魔術師団長である父にこの事を話し、対策を練った。

 最も若い私の教え子六人が、この任務に最適だろうという結論に達した。

 

 私はさっそく六人を呼び寄せた。

 出征まであと五日しかない。


 私はあの方が父にしていた質問を、そのまま教え子達に投げかけてみた。

「あなたたち、この出兵でもっとも大切な事はなに?」

「敵を殲滅し、王国魔術師団の勇名を大陸中に知らしめる事です!」

 私はその答えに驚愕した。

 このセリフには聞き覚えがある。

 もしあの人との出会いがなかったら私も、『その通りです。誇り高き王国魔術士として、存分に戦って来なさい』などと激励したのかもしれない。

 そしてその先は、どんな未来へと続いていたのだろうか。

 

「あなた達は戦場をまったく理解していない……」

 私はこんこんと今回の防衛戦の恐ろしさを言って聞かせた。

 今の私の口から出てくる言葉は、すべてあの方が言っていた事ではないか。


「そしてあなた達は魔術師団長の権限において、特務班に抜擢されました。これから教える魔術による任務は全てに優先します。」


「あなた達を二つのグループに分けます。Aグループには身体強化魔術を、Bグループには索敵魔術を教えます。よいですね!」

「はい!」と六人は元気よく返事をした。



 四月十一日午前八時。王宮前広場に集結した増援軍兵士達は馬車に乗り込み、王家直属騎士団に先導され、カールソン砦に向けて出征して行った。

 見送った私は、ただあの子達、魔術師団、そして出征する兵士全員の無事を祈る事しか出来なかった。



  *  *  *  *  *



 大砲の開発もいよいよ最終段階に入っていた。

 開発開始から二月あまり、すでに三門の口径十二センチの大砲は完成していたが、最後に発射時の反動の吸収に苦心していた。

 この大砲の開発にはウエーバーとザナック工房が、寝る間を惜しんで作業を続けてくれた。


 いよいよ試射の段階に入ると、フーガ率いる筋肉愛好会に運搬の協力を得た。

 初めから分解・組み立ての思想を盛り込んで設計していたが、それでも部品単体がとても重いのである。

 試射場は賢者リフェンサー様に相談し、これを機にもらい受けた広大な森林に造られた。


 平行して威嚇専用の砲弾の開発・製造も進められていた。

砲弾の内部には着弾の衝撃で信管が作動、炸薬が発火して爆発する仕組みを仕込んだ。

 さらに赤唐辛子レッドペッパーの粉末を容量一杯充填した。

 大砲は殺傷能力に優れるだけでなく、敵軍に与える心理的ダメージは絶大である。

 敵陣地で炸裂した刺激溢れる赤い煙は、さぞや敵を震え上がらせることだろう!


 砲弾の製作はブレーデン指導の元、レベッカとジュビリー、そしてエジェリー・アイリ・リーフェが交代で作業してくれた。

 みんな身体中がピリピリすると嘆いていたが……。


 ノアの前世の記憶を基に設計された駐退後座機能の完成により、砲身の反動吸収問題も解決し、次弾発射までの所要時間も短縮された。

 


 そして増援軍が送られた三日後の四月十四日午前、スピルカ魔術師団長とアリスを招いて大砲の最終試射が行われた。

 製造に携わったすべての人が見守る中、発射の轟音は響き渡り、森を震わせた。

 最長飛距離は千二百メートルを記録し、砲身の冷却を考慮しなければ、五十秒で次弾発射が可能だった。

 ノアの構想を百パーセント以上満たした性能だった。

 ノアはザナック工房の面々、そしてウエーバーと硬い握手を交わした。


「あなた様はこのような武器まで開発されていたのですか……」

 スピルカ卿はただ信じがたいといった表情で、ノアに問いかけた。

「これが先日お話した第三の方策です。出来るだけ早く、敵に撤退を決断させるための決定的な一手です」


「これをスピルカ伯爵、あなたに委ねたい。あなたのお力でこの大砲を早急にカールソン砦に届け、運用して頂きたいのです」

「わかりました。さっそく軍務尚書と相談いたしましょう」

「くれぐれもぼくの存在は伏せてくださいね。兵器開発というシビアな問題です。あらぬ疑いを掛けられたくありませんので」

「心得ております。今後の運用は全てわたくしにお任せ下さいませ」

「頼りにしていますよ、スピルカ伯爵」

 ノアとスピルカ卿も両手を握り合った。


 それからノアはザナック工房の三代を呼び寄せた。


「先代……」

「解っておりますとも……ノア様」

「あなたは職人、民間人です。それでも行ってくれますか……」

「ノア様、いまさら水臭い事をおっしゃらないで下さい。事態は一刻を争います。こちらで王家の工兵さんに指導している暇はありません。あっしが現地で組み立て見本をみせて、記念すべき一発目を派手にぶちかましてやりますぞ!」

 先代は右腕を叩いて職人の腕を誇示した。


「たとえあっしが現地で名誉の戦死を遂げたとしても、ザナック工房は息子と孫で立派にやっていける。あっしの魂も故郷に帰るだけでさあ」

 ノアは涙を浮かべ、小さく首を振った。

「ノア様、そんな顔をしないで下さいまし。あなた様は正しく、最高の人選をされただけですよ」

「父さん……頼むよ」

「じいちゃん……カッコいいぞ」

 ノアは無言でザナック三代に深く、長く頭を下げた。



「さて、みなさん。明日には出発できるよう準備を整えましょう。もうひと頑張りですよ!」

「かしこまりました!」

 全員が深く頭を下げ、頼もしく返事をしてくれた。

 




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