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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第44話 カールソン砦防衛戦1~対策会議~



 四月五日、春本番を思わせる頃、ついに事態は動き始めた。

 ノアは夕食後、再びブレーデンと共に、工房で作業をしていた時だった。

 そこにレベッカが突然やってきたのだ。


「ワタシの父が、『師匠と司書長に相談したい事があるので、至急お越し願えませんか』だって!」

 学院の玄関に馬車を待たせているそうである。

 ノアとブレーデンは顔を見合わせた。

 当然二人には、察しがついていた。

「わかった。すぐ支度するから、レベッカは僕の部屋にいるアイリに、事情を説明してきてくれ。終わったら馬車で待っていて」

「わかったわ!」

 レベッカはすぐにブレーデンの工房を後にした。



 スピルカ家の屋敷は王宮の南東側に位置し、アゼリア川が見渡せる高台にあった。

 さすが名門伯爵家とあって、市街の一等地に豪華な屋敷を構えていた。

 程なく馬車が玄関に寄せられると、ノアとブレーデンはそのまま応接室に案内された。

 応接室内も、その調度品は素晴らしい。当主の趣味も良いのだろう。

 すぐにこの屋敷の当主が、アリスと二人のメイドを従え入って来た。

 四十代半ばに見え、中肉中背、気品と精悍さを持ち合わせた人物だ。しかしどことなく精気が落ちている様な感じがする。


「お久しぶりにございます。ブレーデン婦人、いや姉弟子様」

 スピルカ卿は胸に手をあて、真摯に一礼した。

「あなたも息災で何よりです。スピルカ卿」

 ブレーデンはそっぽを向いて、素っ気なく答えた。


「あなた様が賢者リフェンサー様の後継者様ですね。お初にお目に掛かります、当主アルバート・スピルカと申します。この度は多大なご心配をお掛けした事を、深くお詫び申し上げます」

 スピルカ卿はノアに対しても、誠意ある挨拶を見せた。

「お初にお目に掛かります、スピルカ伯爵。ノア・アルヴェーンと申します」

 ノアもスピルカ卿を観察しながら、礼儀正しく頭を下げた。

「どうぞお座りください」

 テーブルを挟んで、ノアとブレーデン婦人が、反対にスピルカ卿の両脇にアリスとレベッカが座った。

 ノアとブレーデンが上座である。


 メイドによってお茶が準備されたのをきっかけにノアが口を開いた。

「それでは、時間が惜しいので早速始めましょう。まずは人払いをお願いします」

 ノアの一言にスピルカ卿は対応し、二人のメイドを下げさせた。


「……カールソン砦ですね」

「後継者様はどこからその情報を! この情報はまだ軍部トップの数人ほどしか知らないはずなのですが……」

 スピルカ卿とアリスは、驚きの表情を見せた。


「あくまで状況から判断した予想に過ぎません。ぼくはこの国に入る前に西側列強国を見聞し、カールソン砦を通って来たものですから」

 スピルカ卿は納得したような表情を見せ、大きく頷いた。


「あなたが、迅速にぼくとブレーデン婦人を呼んで下さった事は賢明な判断であり、好感が持てます。この国と魔術士のために一緒に対策を考えていきましょう」

「恐れ入ります」

 スピルカ卿は丁寧に頭を下げた。


「戦況はいかがですか?」

「はい、本日正午頃、カールソン辺境伯より早馬によって一報がもたらされました。三日前の四月二日午前、カールソン砦手前一キロメートル付近に続々兵が集結、前線基地を設営中とのことです。同時にカールソン砦守備隊長クロウデル子爵名で、王国府に対して増援要請が届いております」

 ノアはクロウデル守備隊長の賢明であり、迅速な判断を心の中で称賛した。

「それで王国府は、増援を決めましたか?」

「はい、午後の御前会議で増援を決定いたしました」

 ノアはその決断に満足した。


「スピルカ伯爵、あなたは今回の増援で、何をもって勝利と考えますか」

「……カールソン砦の防衛でしょうか……」

 ノアとブレーデン婦人は顔を見合わせ頷いた。


「あなたが正しき思考の持ち主である事に安心しました」

「スピルカ卿、もしあなたが、『敵の殲滅です』などと答えた時は、このお方はあなたを見限っていたかもしれませんよ……」

 ブレーデンも安心したのか、ティーカップを手に取り一息入れた。


「今回もっとも恐ろしいのは自軍内にそのような考え方をした軍人が必ずいる事です。初めての戦場に興奮し、功を焦って勇敢と愚行の区別がつかない輩が、残念ながら存在するのです。騎士がかってに突出して、自分の命を懸けるのならば構いませんが、たとえば魔術士団に無理な前進を強要するような事態は、絶対に避けなければなりません」

 ノアは今回の増援における危険な要素を鋭く指摘した。

 スピルカ卿も真剣に聞き入り、大きく頷いた。


「今回の増援の指揮官はもうお決まりですか」

「いえ、まだ決まっておりません」

「作戦会議での人選に注意して頂きたい」

「かしこまりました」

「魔術士団の指揮系統の独立性は勝ち取れますか」

「最大限の努力をお約束します」


「次の脅威は敵軍の大砲です。何門出てきていますか?」

「四門と報告されています。後継者様は大砲が出て来る事まで予想されていたのですか」

 この問いに答えたのは、ブレーデンだった。

「スピルカ卿。ノア様は私と出会った時からすでに、大砲の脅威を危惧なされていました。雪解けを待ってこの時期に攻撃を仕掛けて来る事も、予想されていたのですよ」


 そしてブレーデンはゆっくりと語り始めた。

「冬休みのあの日から……アリス嬢を図書館に呼んで話を聞き、私を支援系の魔術士と見破り、スピルカ家を疑い、この国の魔術の退化に気づいてしまわれたのです」


「このままではカールソン砦は突破され、王国領に侵攻を許す事態を読み切っていたのです。やがて侵略は周辺国を巻き込み激化し、他国の魔術士団との力の差が露呈し、スピルカ家に非難が集中して断罪されるであろうとまで……」

 そしてブレーデンはアリスに鋭い視線を送った。

「さらにスピルカ家自体がその罪にさいなまれる事を特に気にしておられました。アリス・スピルカ、だからあの時ノア様はきつく言われたのですよ」

 アリスはようやく、ブレーデンの話を素直に聞ける様には進歩していた。


「ぼくは思うのです。先祖の罪を今の世代のあなた方が背負う必要は無いと。しかし何の因果か、今回の砦の防衛に失敗すれば、あなた達に害が及んでしまう可能性が高い。ならばどうすればよいか。取り敢えず今は、砦の防衛に成功すれば良い。ここで問題なのは、砦自体また魔術士が大砲の攻撃には、ほぼ無力であると言う事です。今回の防衛戦は想像以上に厳しいですよ」

 ノアも一度、紅茶で喉を潤した。


「しかしぼくは、この防衛戦を勝利に導くのは、魔術士以外には出来ないと考えています。これからみんなで具体的な対策案を考えて行きましょう」


「スピルカ卿、今回の増援に魔術士団へは何人の出兵要請が来ていますか」

「二個中隊三十二名です」

「その他の部隊は?」

「王家直属騎士が三十二騎、弓兵が百二十名、守備兵が二百名です」

 ノアが妥当な人数に頷いた。

「次に敵方ですが、銃士隊はどれほどで、構成されていますか」

「六十名ほど確認したそうです。」

「護衛のパイク兵の人数は?」

「百人ほどだそうです」

「歩兵の数は?」

「まだ後方にあって、総数は確認出来ないそうです。おおよそ八百から千程度かと」


「なるほど、だいたい解りました。敵は定石通りに攻めて来ていますね」

 スピルカ卿は『定石通り』と言ったノアの発言に違和感を覚えたようだ。

「失礼ながら後継者様はなぜこんなに戦場にお詳しいのですか? まるで布陣が見えているようです」

「スピルカ卿、このお方はすべてお見通しですよ」

 ブレーデンはちょっと得意気な表情を見せた。

「今回の侵攻は本格的なものでは無く、テスト的なものであると考えます。本気で砦の占領・突破を狙うには、少々数が少ない。今後の大規模侵攻のテストと言ったところでしょう」


「まあ、その真相は後ろに控えるラデリア帝国の余興、と言ったところでしょうが」


「敵は戦術的に大砲による砲撃と、歩兵による砦の攻略を間断なく繰り返してくるでしょう。よって砦の守備兵は、その場から避難するわけにはいかないのが最大の問題点です……」


「そこで、ぼくとブレーデン婦人で、三つの対抗策を準備しました」

 ブレーデンはノアの言葉に同調し、頷く。

「一つ目は、支援魔術で、可能な限り肉体の防御力を上昇させます。術式はすでにブレーデン夫人よりアリス先生に伝授済です。先生は速やかに選抜した魔術士に伝授して下さい」

アリスが真剣なまなざしで首を縦に振った。


「二つ目は、魔術師団の方々に、物理的な衝撃を飛躍的に緩和するローブを製作しました」

 ブレーデンがサンプルの一着をテーブルに広げた。

「なんと素晴らしいローブでしょう。只ならぬ魔力の充実を感じます」

 スピルカ卿は感嘆した。しかし一番驚いているのはアリスだった。

「姉貴がふてくされている間に、師匠と司書長はずっと作り続けていたのよ!」

 レベッカが姉のアリスにチクリと言った。

「なんとか四十着用意しましたので、魔術師団長の名において出征魔術士に支給して下さい」

「それでは後継者様のご苦労が報われません!」

 スピルカ卿は身を乗り出して遠慮した。

「ぼくは別に自分の為にこんな事をやっているのではありません。この国に縁が出来、レベッカ嬢やアリス先生と知り合いになり、スピルカ家の力になりたいと思っただけです。今回は全てぼくの存在は伏せて下さい。それが最も効率が良く、効果的です」

「まったくあなた様というお方は……」

 スピルカ卿は再びソファーに深く腰掛け目を閉じ、首を小さく振った。

「師匠~。やっぱり師匠は師匠だわ!」

 レベッカは単純に感動している。

「…………」

 アリスは未だ困惑した表情をしている。


「このローブは簡単に言えば、ブレーデン婦人が器を作り、ぼくが魔力を注ぎ込みました」

 ノアは片手をかざし、魔力を注ぐような恰好を見せた。

「あなた方も魔術士の端くれならば、このローブの素晴らしさが解るでしょう。市場に出せば、いったいいくらの値が付く事やら……。ちなみにわたくしも一着試しに魔力を込めてみましたが、五時間かかりましたよ……」


「ぼくは、慣れましたから一時間かかりませんでした」

 ノアは大丈夫ですよ! といった仕草をした。

「後継者様、姉弟子様、なんとお礼を申してよいかわかりません……」


「わたくしはただ、ノア様のご意思に従っただけです。本来ならスピルカ家には、関わりたくなかったのですけれど。あなた方の世代はよく知らないでしょうが、先代当主にはリフェンサー様がどれだけ困らせられた事か。思い出すだけで……ああ、腹が立つ!」

 ブレーデンは壁に飾られている先代当主の肖像画を、怪訝そうに眺めながら言い放った。

「まったく先代は、王侯貴族を絵に描いたような御仁でしたからね、もちろん悪い意味で!」

 スピルカ卿が頭をかきながら苦笑いした。



「さて、増援軍の出征はいつ頃になりそうですか」

「概ね急いで五日、六日後といたところでしょうか」

「わかりました。情報が更新され次第、ぼくに教えて頂けますか。あと三つ目の対抗策は完成次第お知らせ致します。その時また相談しましょう」

 そう言ってノアは立ち上がった。

「後継者様、お呼びだてに応じて頂き、誠にありがとうございました。スピルカ家の当主として、いずれこの御恩にむくいらせて頂きます」

「スピルカ伯爵、そんな堅い事言わないで下さい。これから力を合わせてこの国の魔術を立て直していく! それでいいじゃないですか」

「ありがたきお言葉……」

 スピルカ卿は目頭を押さえた。



 帰りの馬車の中、ノアはブレーデンから、昔あったスピルカ家とのいさかいについて聞かされていた。

 なるほどと思わされるエピソードから、どうでもいい話まで、暇つぶしには丁度よかったかもしれない。

「ブレーデンさん、今日は遅くまで付き合って頂き、ありがとうございました」

「とんでもございません、ノア様。こんな引退間際のおばさんでよければ、魔力が枯渇するまで、使って下さいませ」

「いえいえ、まだまだお若いですよ。これでは当分無理をお願いしてしまいそうです!」

「あらまあ、うれしい事をおっしゃって下さるのね」

「さて、明日から、ますます忙しくなりそうですね」

 ブレーデンはノアを頼もしそうに眺めながら、ゆっくりと頷いた。



  *  *  *  *  *



「アリス、レベッカ。あの方は、私の想像を遙かに上回っておられたよ……」

 父の一言に、アリスとレベッカは頷いた。

「しかしあのお方は、あれほどの智慧ちえと力を持ちながら、野心はお持ちではないのだろうか。その気になればこのレ―ヴァン王国など、たやすく手の内に納められるであろうに……」


「それはね、お父様。ワタシはエジェリーから話を聞いて納得したわ」


「師匠はね、二十年もあれば世界の覇者になれるそうよ。そうすれば世界中から戦争を無くす事が出来るって。でも師匠が生きているうちはいいけど、死んでしまったら再び大きな戦争が始まってしまうんだって。だからその道には進まないそうよ」

 スピルカ卿は目を閉じて娘の言葉に聞き入っていた。


「師匠はいつも言っているわ。『戦争は無くならないけど、少しでも減らす努力をしたい』って。師匠は神様の視点でこの世界を見ているの。師匠にとっては、一国の王様になるなんて、取るに足らない事なのよ」

 ノアを語るレベッカはとても幸せそうだった。

「ワタシはそんな師匠をとっても尊敬しているの!」


「我々スピルカ家は、神が遣わされたあの方の、偉業の第一歩で生まれる恩恵を頂戴するのだな……」


「師匠も言っていたわ。『まずは出来る事からやっていく』って!」


 レベッカに遅れて、アリスが身に染みてノアを理解するのは、終戦後になるのであった。

 




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