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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
一章 冒険者ギルド編
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第4話 フォレストゲート冒険者ギルド





 

 フォレストゲート冒険者ギルドの屋舎は、築百年を超える大きな木造建築である。

 その二階突き当たりの元物置部屋が、ノアとセシルの新たな世界となった。

 置かれているのは、古い木製のベッドと机があるのみ。

 天井は屋根の勾配に合わせて傾斜している。

 入り口側が高く、窓側が低い。

 西側には小さな出窓が二つ並んでいた。

 

 目を覚ましたセシルもベッドから降り、うれしそうにヨチヨチと歩き回っている。

 ノアは腰に手をあて、改めて部屋の中を見回してみた。

「さて、まずは徹底的に掃除をしよう!」

 薄汚れた部屋ではあったが、森の洞窟に比べれば、ここは天国の様に感じた。


 ――その前にまずはギルドの皆さんに挨拶をしなければ……。それから森の洞窟から必要なモノを持ってこなければいけないな。乳をもらっていたヤギも放してあげないと……。セシルのおむつの洗濯もしなくっちゃ!

 

 一番でギルド長に挨拶し、一階の受付事務所に顔を出すと、メアリーが他の職員に紹介してくれた。

 彼らは一様に驚きながらも、ノアとセシルを暖かく歓迎した。

「それからノアちゃん、はいこれ、ギルド組合員証!」

「ありがとうございます」

「ここにサインしてね。これでノアちゃんも正式なFランク冒険者よ!」

 ノアは組合員証を受け取ると、面と裏を眺め、大事そうに胸の内ポケットにしまった。 

 受付の方々に一礼してから、ノアはその足で奥の酒場に向かった。



「マスター、おはようございます」

 カウンター越しに厨房にいるマスターに声をかけた。

「ああ、おまえか。おはよう……。朝から顔を出すなんざ珍しいな」

「あの、夕べ、ジルザークさんのおかげで冒険者登録が出来ました。そして正式に『黄昏の梟』のパーティーに入れてもらえました」

「ほう、世の中には不思議な事がおこるものだ。まあ、それがおまえの実力なのだろう。それでおまえ、名前は?」

「ノア・アルヴェーンと言います。この娘は妹のセシルです」

「ノアとセシルか……。いい名前だ」


「それからギルド長のおかげで、二階の突き当たりの部屋に住まわせてもらう事になりました」

「驚いたな、フォルマ―の旦那にも目をかけてもらったか! ノア、おまえ大したものだよ」

「いいえ、ぼくは皆さんのご厚意に甘えさせて頂いているだけです。皆さんには感謝しても、しきれません」


「ノア、まあそこに座れ。朝食はまだなのだろう。わしもひと段落着いたところだ。一緒に食おう。もっとも黒パンとミルクとスープだけだが」

 マスターが一度厨房に戻り、朝食の準備をしてくれた。

 セシルが両手を伸ばして『はやく食べさせて!』と要求している。

 厨房から出て来たマスターはセシルの仕草を見ながらノアの隣に腰かけた。

「さあ、セシルに早く食べさせてあげてくれ」

 ノアは優しいマスターに感謝し、頷いた。


 しばらくノアとセシルを眺めていたマスターが語りはじめた。

「なあ、ノア。提案があるのだが……」

「なんでしょう、マスター」

「わしももう年でな。この頃少しきついのだ。忙しい時手伝ってくれんか。そうすれば毎度の食事は面倒を見てやる。もっとも賄い程度しか出せんが……」

「いいんですか、マスター!」

 ノアはセシルに食べさせる手を止め、マスターに視線を移した。

「ああ、そうしてくれると助かるよ。でもまあ『黄昏の梟』に入った以上、これからノアが金に困るとは思えんが」

「いいえ、マスター。喜んで手伝わせて頂きます」

 どちらが得をするといった話ではなかったが、マスターの申し出にノアは感謝した。



  *  * 



 夕刻、ノアが酒場の床掃除をしていると、ジルザークがサーラがふらりと現れた。

「よお! ノア。掃除か、精が出るな」

 二人はそのままいつもの指定席に腰を落ち着けた。

「ノア、こっち来て、おまえも座れ」

 ジルザークが声をかけた。

 サーラも笑顔で手招きをしている。


「昨日のお礼に来たのよ。今日は私が奢るから、なんでも好きなモノ食べてちょうだい」

「お~い、マスター! エールと何でもいいから食い物どんどん頼むぜ」

「あれ? ジル。あなたは自腹よ!」

「うそ……」


「そうだノア、昨日の分け前だ。酔っぱらって忘れないうちに渡しておこう」

 ジルザークは皮の上着のポケットから巾着袋を取り出し、ノアの前のテーブルに置いた。

 ノアがさっそく中身を確認すると、大銀貨が七枚、小銀貨が三枚、大銅貨が六枚入っていた。

「こんなにたくさん……」

「シャドーウルフの毛皮が高値で売れた。依頼料も悪くなかった。結果的にはいい仕事だったよ。オレ達『黄昏の梟』は、売り上げは等分するのが決まりだ。遠慮はいらない、取っておけ」

 サーラも優しい目をして、頷いている。

「ましておまえの本来の仕事は、道案内や斥候だ。それ以上に昨日はサーラまで助けてもらった。おまえの魔術はオレ達の想像以上だ。おまえは本当に使い勝手がいい。オレ達はおまえを仲間に出来て、幸運だと思っている」


「ぼくの方こそ皆さんに拾って頂き、本当に感謝しています……」


 マスターがエールを二杯、ミルクを二杯、チーズや腸詰め肉、セシルに野菜スープや黒パンをテーブルに並べてくれた。

「さあ、ノア。セシルに食べさせてやってくれ、今夜はサーラの奢りだ。遠慮するなよ!」

 ジルはエールを一気に飲み干すと、すぐさまマスターにお替りを注文した。

 サーラはあきれながらも、あきらめたようだ。



「ジルザークさん!」

 少し酔ったジルザークが振り向くと、十五才くらいの少年が二人、少女が一人立っていた。

「ジルさん、新しいメンバー入れたって、本当ですか!」

 少年の大声が、酒場の注目が一気に集める事になった。


「おまえらか……。クリス、少しやかましいぞ」

「すみません。でもそのメンバー子供だって言うじゃありませんか。俺があれ程頼んでも入れてくれなかったのに、どうしてですか」

 クルスはジルに詰め寄った。


「実力だよ、実力」

「どこのどいつですか? 俺、この辺りでそんな奴知りませんけど」

「ほれ、おまえの目の前にいるだろう」

 ジルザークは顔を振って、あごでノアを示した。

 ノアは聞こえてはいるだろうが素知らぬ顔で、セシルにスープの具を食べさせている。

「まさか、この小さなガキですか⁉」

「そうだが、なんか文句あるかい」

「からかわないでください!」

 クリスがまた大声を出したので、セシルが口をへの字に結んで、泣き出してしまった。

 ノアはセシルをあやしながら眉間にしわを寄せ、クルスを斜め下から睨んだ。


「クリス、それくらいにしなさい。この子はこう見えて凄い魔術士で、私の命を助けてくれたのよ」

「なあクリス、おまえシャドーウルフのボスを遠くから一撃で仕留められるか?」

「そんな事、出来る訳ないじゃないですか」

「そうだ、おまえには絶対に出来ない。しかしこのノアは簡単に出来る。それだけの事だよ」

「…………」

「俺、そんな話、絶対信じませんからね」

 クリスは顔を下げ、両手をそれぞれ握りしめて憤慨しているようだ。


「いくぞ、おまえら……」

 クリスの後ろで心配そうにしていた少年と少女は、ジルザークに一礼してから彼の後を追っていった。


「ごめんね、ノアちゃん。あの子達、ジルと同じ村の出身なのよ。小さい頃からジルに憧れて、今年冒険者になれたの」

 サーラが三人の後ろ姿を眺めながらノアに謝った。

「まあ、今年のルーキーの中じゃ、一番なんだがな。さっきのクリスがリーダーで、パーティー名は『グローリー・ツヴァイ』と言うんだ。あいつは体格もいいし剣のセンスもいい。だけどまだ冒険者に必要なモノを何も持っちゃいない……」


「知識と経験ですね」

 ノアはセシルにスープで浸した黒パンを食べさせながら、興味なさげに呟いた。

 ジルザークとサーラは大人びた正解に、顔を見合わせた。

「ノアちゃんって、ほんとに不思議な子供よね。まるでどこかの賢者様と話しているみたい」


 ジルザークは酒場の冒険者たちが、聞き耳を立てている事に気が付いた。

「おう、おまえら、ついでだ。オレ達『黄昏の梟』の新しいメンバーを紹介するぜ。昨日正式にギルドから認められた」

 酒場中が大きくどよめいた。


「おい、ノア挨拶しとけ」

 ノアはセシルを抱いたまま立ち上がり、酒場の大勢の方へ向き直った。

「ノア・アルヴェーンと言います。この子は妹のセシルです。昨日ジルザークさんのおかげで正式に冒険者登録が出来ました。それからギルド長のおかげで二階の奥に部屋をもらい住み始めました。皆さん気軽にノアと呼んで下さい。どうぞよろしくお願いします」

 そう言い終わるとノアは深く長く頭を下げた。


 酒場はしばしの静寂のあと、拍手に包まれた。

「ねえ、ジルさん。これは冗談じゃないんですよね」

 近くのひとりの冒険者が質問した。

「そうだ、真面目に話している。こいつはな、オレ達の常識が通用しないとんでもない魔術士だ。見掛けに惑わされるな。恐らくこのギルドでこいつにかなう奴はいないよ」

「またまた~、いくらなんでもそれは大袈裟でしょう」

 ジルザークはゆっくりと大きく首を振った。


「昨日な、オレ達は例のシャドーウルフの群れを狩りに行ったんだよ。全部倒したと思って油断していた。たまたま最後尾になったサーラを狙って、隠れていたボスが襲い掛かって来た。オレ達は誰も間に合わなかった。『やられた!』と思ったよ」


「次の瞬間、ボス犬はサーラの目の前で崩れ落ちた。偵察のこいつが、五メートルくらいの木の上から飛び降りながら、マリアそっくりの魔力弾で頭を打ち抜きやがった」


「サーラさん、本当なんですか?」

「ええ、本当よ。ノアちゃんが助けてくれなかったら、私は間違いなく喰いちぎられて神に召されていたわ」

 酒場中が静まり返った。

「まあ、そう言う事だ。みんな仲良くしてやってくれ。ただし、こいつが『黄昏の梟』のパーティーメンバーである事を忘れるなよ」

 最後に睨みを効かせ、ジルザークが締めくくった。



「そう言えばノア、紫の魔力結晶石の採掘依頼があるのだが、おまえ心当たりはあるか?」

 ノアはしばし目を閉じ記憶を辿った。

「心当たりは……あります。ただし……」

「ただし?」

「森の奥にある大きな円形湖の崖をロープで降りなければいけません。」

「って事は⁈」

「ロープで降りている間、崖の横穴に住む吸血蝙蝠ヴァンパイヤやロックスワローの攻撃を受けます」

「私、血吸われるのイヤよ!」

 サーラが自分の肩を抱いて、気味悪がっている。


「ノア、採掘は出来そうか? 冬に入る前に稼いでおきたい」

 ノアは少し考えている。

「ぼくひとりでは無理でしたが、パーティーで役割分担すれば行けると思います」

 ジルザークは満足気に頷いた。

「よし、決まりだ。明後日の朝出発しよう。サーラ、みんなに伝えておいてくれ」

「わかったわ」


 こうして『黄昏の梟』の次の仕事は決定した。





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