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導きの賢者と七人の乙女  作者: 古城貴文
三章 王立学院編

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第42話 ザナック鍛冶工房<後編>



「次は銃を製造して頂きたい……」

「マスケット銃でしょうか?」

「いいえ、三百年先を行きます。銃身バレルにライフリングを施したライフル銃を作ります。しかも連射可能の……アサルトライフルです……」


「あなた様は、いったい……」

 少年の姿をしたノアから発せられた幻影に、店主は戦慄した。

「ライフリングの効力は聞いた事がありますが……。実用は難しいと聞いております」


「ぼくはライフリングを施す方法を知っています。もちろんやった事はありませんが。切削工具や旋盤から自作する事になるでしょうが、なんとかなるでしょう。こちらの工房の技術を期待させてください」

 

「あなた様はやはり戦争を始められるおつもりですか……」

 店主は冷や汗をぬぐいながら、ノアに問いかけた。

 ノアは少しだけ首を振った。


「ぼくはこれからこの世界の戦争を、少しでも減らして行こうと考えています。戦争を抑止するためには、相応の武力が必要です。ぼく自身は一人で一軍を相手にするだけの魔術を持っていますが、それでも身体は一つしかない。どうしても二方面、三方面を意識した武力を整えて行く必要があるのです」

 

 ノアは対面に座る三人の目を順番に見ながら、ゆっくりと語った。

「そのために、機動力にすぐれた少数精鋭の竜騎兵ドラグーン部隊を作ろうと考えています。千人のマスケット銃士を十人で抑える力を与えます」

 この構想をすぐに理解してもらう事は不可能だろう。


「ちょっとサンプルをお見せしましょうか。あの鎧、買い取りますんで、打っちゃってかまいませんか」

 ノアは室内の反対側に置かれた、安価そうな鉄製の鎧を指さした。

「はい……。構いませんが」

 店主は何が起こるか解らないようだが、了承した。


 ノアは立ち上がって左手を上げ、人差し指を鎧に向けた。

『バーン!』と拳銃をまねてやるポーズである。

「いいですか、これから三発連射します」

 ノアは一瞬で指先に小さく鋭い魔力圧縮弾を作り出し、すぐさま鎧に向けて発射した。その動作を素早く三回繰り返した。

 目標の鎧は小さく鈍い音を鳴らし、立て続けに三つの小さな穴が空いた。


「お見事です!」と言ってすぐに拍手したのはブレーデンだけだった。

他の五人はただ呆気に取られて、ノアと鎧を交互に眺めている。


「あなた様は今、何をされたのでしょうか……」

 

「今ぼくは、指先に魔素粒子エレメンタルを集めて圧縮し、弾丸の代わりを作って発射しました。それを三回繰り返しただけです」

「とても人間技とは思えません……。これが冒険者の頂点に立たれるお方のお力なのですか」

「まあ今の魔力弾は、出力的には微々たるものですけど」


「今ぼくが行った動作をそのままライフル銃に置き換えるんです。火薬は使わずに魔素粒子エレメンタル薬莢やっきょう内に封入しておきます。その弾丸を連続供給できる仕組みを作ります」

 ノアは何となく銃に弾丸が供給されていくジェスチャーをして見せた。


「いかがでしょうか。武器以外にも馬車の車軸関係や農機具など、開発製造して頂きたいモノが山ほどあるのです。ここまでで、ぼくが欲しがっているモノの傾向が、だいたいお解かり頂けたと思いますが」

 ノアは再び椅子に腰かけると、三人の様子を伺った。

 そして少し身を乗り出して問いただした。


「ぼくがあなた方の工房に望む事は、ぼくの無理難題と思われる要求に対して理解を示し、一緒に試行錯誤を行いながら形にしてくれるか? と言う事です」


「私共工房はあなた様の代わりとなって金槌を振るう事をいといません。きっとあなた様には私達では計り知れないお考えをお持ちなのでしょう。しかし……」

 ノアは左手を突き出し、店主の言葉を遮った。


「解かっています。ぼくの欲しいモノを創るためには、新たな設備導入費や研究費が必要である事を。だからぼくはこの工房に投資しましょう」

 店主と先代は顔を見合って頷いた。

「ありがとうございます。お聞きにくい話ですが、いか程投資して頂けるのでしょうか?」

 ノアは目を閉じ、腕を組んで思案した。

「そうですね、手始めに一億マーベルお出ししましょう。使い道は自由です。当然返済も要りません」

「…………」

 ザナック三代は口を開けて呆けている。


 ノアはブレーデンに目をやり、無言で確認を取った。

 目を合わせたブレーデンはノアに優しく頷いた。 


「あなた様の本気はよく伝わって参りました。ザナック工房は、あなた様のご期待に答えられる様、全力を尽くす事をお約束します」

「まずは大砲ですね! 大樹海の支配者様。故郷の為にも腕を振るわせて頂きやす!」

「先代、期待していますよ。それからその通り名はやめて下さいね。ぼくの事はノアと呼んで下さい」




 帰りの車中、ノアは窓枠に肘をついて車窓を眺めていた。

 そんなノアを、エジェリーは気にしているようだ。


「ノア、なにか元気が無いわね……」

「うん、ちょっと気が重いんだよ」


「ノアって昔、冒険者やっていたの⁈」

「ああ、エジェリーには話していなかったね。ぼくはリフェンサー様と出会うまでは、シャレークで冒険者をやっていたんだ」

 ノアはそれ以上、冒険者については語らなかった。


「ねえ、ノアの頭の中って、一体どうなっているの?」

「べつに~。バラバラのぐちゃぐちゃだよ……」

 ノアの素っ気ない反応にエジェリーはホッペを膨らませた。気に入らない時の癖である。

「もう、今いったい何を考えているのよ?」


「そうだね~。今日もエジェリーのパンツは白だな~って」

「な、なんで知ってるの!」

 エジェリーは真っ赤な顔をして、思わずスカートを抑えてしまった。

 間の悪い事に対面に座るウエーバーは、本能的にその動作に注目してしまう。

『キッ!』とエジェリーはウエーバーを睨んだ。

「す、すみません……」

 ウエーバーが気の毒であった。


 仕方なさそうにノアは語り始めた。

「なんかさ~、自分でも思うんだよ。ずいぶん回りくどいやり方だな~って」


「いっそ世界征服でも目指した方が、よほど楽だよな~って」

「おお、世界征服ですか! 男のロマンですね! 僕はノア様にどこまでもついて行きますよ!」

 ウエーバーは救われたように、その話に喜々として食いついた。


「今日ぼくは武器開発に着手した。この事実によって明らかに未来は変わってしまうのさ。逆説的に言えば、ぼくがこの先も武器開発をやらなければ近い将来、たとえばレ―ヴァン王国は滅びて、略奪の限りを尽くされてしまうだろう」

 ノアは車窓を眺めながら、独り言のように語り続ける。


「それはそれで自然な歴史の流れとして、受け入れるべき結果であるとも思うんだ。でもそれも忍びないしね。残念ながら人類の歴史は戦争によって造られて行くんだよ。そしてそれは自らを滅ぼし、歴史を終わらせるまで続くんだ」


「ぼくは人間って、『本当にろくでもない生き物だな』って諦めている反面、もう少しなんとかなるんじゃないか、とも思っているんだ」


「ぼくはいつも考えるんだ。『戦争の無い人類史はあり得るのか?』って。そしてそれを成すための方法が、一つ見つかった」

「ノア様が、世界の皇帝になられる事ですね!」

 ノアは車窓に向けていた視線をウエーバーに移し、小さく頷いた。


「その通り。おそらく二十年もあれば達成できる計画と自信はある……。でもそれではダメなんだよ。きっと最悪の結果を招いていまうだろう」

「どうして? ノアが世界の皇帝になれば、きっとみんな幸せに暮らせる気がするわ!」

 隣に座るエジェリーは、ノアの近くにお尻を浮かせながらにじり寄った。


「ぼくが善政をけばそうなるだろう。別に悪政と見られて押さえつけてもいい。だけれど長い時間軸からみれば、それはぼくが生きている間の一瞬にしか過ぎない。ぼくが死んでしまえば、ぼくの後継者はその世界を維持していく事は不可能だろう。すると世界中は分裂し、ふたたび覇権をかけて戦争だらけになってしまう」


「歴史を大きな視点から見ると、ぼくは何もしなかった方が、よっぽど世界は平和でした……って事になる」

 ノアはエジェリーを見て、寂し気に少しだけ微笑んだ。


「だとすれば、『ぼくは何をすべきだろうか?』と考える訳さ。何もしないって選択肢もあるけどね」


「理想は『人間自体が少しでも争いを思い留まる様、精神的な昇華』を促す事だと思う。この考え方は当然宗教にも組み込まれている訳だけど、正直まったく上手く行っていない。ぼく自身だって、とても出来る気がしないしね……」


「だから当面出来る事からやってみようと思っているんだよ。いくら『戦争はよくないよ!』ってお題目を唱えたところで、戦争をやりたい人間の耳に届くわけがない。そんな武力の前にはそれ以上の武力で立ちはだかるのが最も効果的だと思うんだ」


「今日の商談はその記念すべき第一歩って訳さ。だからちょっと気が重いんだよ……」


「あなた様はすでに、神の視点をもって、お悩みになられているのですね」

 ブレーデンはとても穏やかな表情でノアを称えた。


「残念ながら、それがこの世界に生まれ落ちた、ぼくの理由なのですよ……」








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